滑り出た本音

「……という事がありました」


 宿に戻り夕飯を食べながら店での出来事を報告する。オスカーは「とんでもない店だな」と怒りを露わにした。


「で、実際の所その壊れた魔道具はどうなんだ?」

「うーん、直してみないとなんとも言えませんが……」


 リーシャは机の上に購入した魔道具を並べる。


「この大きさであの値段なら仮に不良品でも他に使い道がありそうなので良いかなと」

「なるほど」

「派手に壊れていますし正直あまり期待はしていません。最悪修復素材として使えるので。店主としても長い間不良在庫になっていた物を売りつけようとしていたみたいですし、半値でもある程度旨味があると思いますよ」

「俺が想像しているよりは良い取引だった……のか?」

「まぁ、くじ引きみたいな物ですね」


 修復してみて使えればラッキー、使えなくても別に気にしないという感じらしい。それには訳があった。


「実はそのお隣のお店で良い物を見つけまして」


 リーシャはニヤリと笑うと収納鞄から別の魔道具を取り出して見せた。


「これは?」


 正四角形にカットされた水晶の中に同じく四角くカットされた四色の石が収められている。水晶の縁は金色の金属で補強されており、側面にも細かい透かし細工が施されていた。


「パズルみたいで面白いでしょう。水晶の中に四種類の水晶を納めた変わり種です」

「これが全て水晶なのか。同じ石でも多種多様なんだな」

「ほら、以前ルビーとサファイアについてお話したでしょう?」

「ああ」


 「冠の国」でリーシャが作った発動機用の魔工宝石、それが確かルビーとサファイアを用いた物だった。その際にルビーとサファイアは「コランダム」という同じ種類の鉱物であり、含有する成分が異なっているため色が違うのだと教えられたのだ。


「水晶も同じように様々な色味があって……例えばこの魔道具に使われているのは五種類。外殻は普通の水晶。中に収められている紫色の物がアメシスト、黄色いものはシトリン、ピンク色の物はローズクォーツ、黒い物はスモーキークォーツです。一見別々の石に見えますがどれも水晶の仲間で、もっと言えばこの子も水晶の仲間なんですよ」


 リーシャはツンツンと壊れているオニキスの魔道具を突いた。


「見かけでは分からないな」

「宝石は奥深いでしょう?」

「ああ。知れば知るほど興味深い」


 リーシャと出会うまで、オスカーに興味が無かった。宮殿に承認を呼んで母や姉が宝石のついた装身具を買っているのを見て「何が良いのか分からん」と思っていたが、リーシャの話を聞いているうちにだんだんと興味を持つようになったのだ。


 宝石の良し悪しは良く分からないが鉱物としての性質や特性は知れば知るほど面白い。リーシャの講義を聞いているとまるで少年の頃に戻ったように好奇心をくすぐられるし、どの宝石を見てもすらすらと解説出来るリーシャの知識量には感心しっぱなしだ。


「折角色々買ったので今度試してみましょう。野営用の風呂釜も買わないと」

「風呂釜? そんな大きい物を買って持ち運べるのか?」

「多分オスカーが思い浮かべているのとは違う物ですよ。旅人用に作られた折り畳み式の簡易風呂があるんです。野営で鉱石湯に入れるなんて最高だと思いませんか?」


 乾燥地帯でない限り水なら水魔法で何とかなる。リーシャが購入した水晶の魔道具には温熱魔法が備わっているので湯船に水を張って魔道具を入れればいつでもどこでも温かい風呂に入れるのだ。長旅をするリーシャにとってまさに「夢の魔道具」だった。


「お風呂に入るのと入らないのとでは疲労の取れ方が違いますからね。オスカーと旅をするなら必須だなと思っていたんです」

「何故だ?」

「私は『お守り』があるので正直あまり疲労を感じることが無いんですけど、オスカーは違うでしょう? オスカーの身体のことを考えると少しでも負担や疲労を減らしたいなと思っていたんです」


 超回復が出来る「お守り」があるリーシャは体に不具合が生じればすぐに魔法が発動して回復することが出来る。それは「疲労」に関しても同じで、リーシャが鉱石湯を好むのは嗜好的な意味合いが強い。


 しかし「普通の人間」であるオスカーは長く旅をすれば疲労も溜まるし病気も患う。共に旅をするのであればリーシャに合わせるのではなくオスカーに合わせて環境を整えるべきだとリーシャは考えていた。


「俺のことをそんなに考えてくれていたとは。嬉しいな」

「……わ、私の趣味でもありますから!」


 目を輝かせるオスカーにリーシャは耳まで真っ赤な顔をしながら言い訳をする。


「疲労が溜まらないとはいえやっぱりお風呂に浸かるのは気持ちが良いので前から購入したいと思っていたんです。汚れを落としてさっぱりすると気分が良いですし」

「そうだな。俺も湯めぐりをしてその気持ちが良く分かったよ」


 鉱石湯にすっかりハマったオスカーは湯めぐりに忙しい一日を送っていた。リーシャが買い物をしている間に切符を使って様々な日帰り温泉を渡り歩き鉱石温泉を満喫していたのだ。


「今までで一番水がある土地が羨ましいと思ったぞ」

「お気に召したようでなによりです」

「リーシャの可愛らしい館内着姿も拝めたことだし」

「……は?」


 口を滑らせて「しまった」とオスカーは固まる。旅館の料理が美味しくてつい酒が進んでしまったのである。


「……オスカーはこういう服が好みなんですか?」


 むっとした顔でリーシャが尋ねる。宿泊している旅館には館内着があり、宿泊客は館内着を着たまま外出して湯めぐりをしていいことになっている。それ故にどこの旅館に泊まっているのか一目で分かるようになっており、それぞれ趣向を凝らしたデザインをしているのだ。


 リーシャ達が泊っている保養所は「宝石修復師組合」らしい宝石の絵をあしらった布を使っており、ゆったりとしたローブに美しいサテン生地の腰紐が着いている。見た目の可愛らしさから女性の修復師に人気で、わざわざ館内着を着たくてやって来る女性修復師も居る位である。


 普段動きやすさと地味さを重視しているリーシャが可愛らしい館内着を着ている上に、いつもは纏めている髪を下ろしてゆったりとした三つ編みをしている姿はオスカーをノックアウトするのに十分だった。


 口には出すまいと思っていたが、リーシャが自分のことを考えてくれていたという嬉しさと酒が回っているのもあり、ついポロリと口からこぼれてしまったのである。


「い、いや! そういう訳では! 普段のリーシャも可愛いぞ! あ、その……リーシャは何を着ても似合うと思う」

「話せば話すほど墓穴を掘りそうですね」

「……」


 顔を真っ赤にして冷や汗をかきながら必死に取り繕おうとするオスカーを見てリーシャは「ぷっ」と吹き出した。


(こういう人なんだよね。オスカーは)


 素直で実直で、簡単に騙されてしまいそうな純粋な男。悪く言えば世間知らずなお坊ちゃんだ。だが、それがオスカーの良いところなのだ。


「まぁ……褒めて下さりありがとうございます。嬉しいです」

「う、うむ」


 褒め言葉は素直に受け取る。それが幸せに生きる為のコツである。


「オスカーも気に入っているようですし魔道具の修理や風呂釜の仕入れもしたいのでもう少し滞在しましょうか。たまにはのんびり休むのも悪くは無いでしょう」


 幸い組合の保養所なので長期滞在してもそんなにかからない。旅の休息も兼ねて滞在期間を延ばすことにした。


 ◆


 一週間後、荷物を纏めて宿を後にする。毎日鉱石湯に浸かったリーシャとオスカーは軽い体で乗り合い馬車に乗り込んだ。


「良い風呂釜が見つかって良かったな」

「ええ。天幕と一緒に購入したらオマケもして貰えて幸運でした。コンパクトなので収納鞄にすっぽり収まりますし、実際に使うのが楽しみです」


 鉱石湯が旅人に人気なのを受けて鉱石温泉には野営の専門店がある。そこで折り畳み式の風呂釜と、それを覆う天幕を購入したのだった。


「鉱石湯修理の講習も受けたので魔道具も直せそうですし」

「まさか修理をするのに資格が必要だとはな」

「資格と言っても必須という訳ではないみたいですけどね。鉱石温泉の組合で仕事を受けるならあった方が良いよというだけで」


 「あった方が良い」、即ち「無ければ困る」ということである。鉱石湯は鉱石温泉の職人が作り方を秘匿している工芸品だ。修復をする際にどうしても仕組みや作り方に触れる特性上、その「秘密」を守る「証」として資格が役に立つのだ。


 そうなって来ると鉱石湯を修復したい温泉宿は資格を持っている修復師を選り好みして依頼をかけるので、資格を持たない修復師は依頼を受けることが出来なくなる。

 「不要」「必須ではない」と言いつつこの地で依頼を受けるならば「必須」……そういう暗黙の了解があるらしい。


「受講料はそれなりにしましたが、新しい技術を学べるのは悪くないです。技術に加えて信用と信頼も得られるのですから一石二鳥でしょう」

「金で仕事と信頼と技術が買えるならば安い物か」

「はい」


 信頼も信用も、本来それを得るためには長い時間がかかる。それを金で買うことが出来るのは有難いし、金はそういう時にこそケチらずに使う物だとリーシャは自負していた。


「鉱石温泉、いい湯でしたね。また旅が終わったら来ましょうね」

「そうだな」


 旅の目的を考えると同じ土地を二度通ることは稀である。数年後か、あるいは数十年後か。再びこの地を二人で訪れようと誓ったのだった。

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