魔道具の調達

 湯から上がり室内着に着替えたリーシャとオスカーは山ほど出てくる夕飯に舌鼓を打っていた。保養所の夕飯と侮るなかれ。山と川の幸をふんだんに使った料理は修復師達に評判だ。


「温泉、どうでした?」

「ああ。良かったよ。日頃の疲れが一気に取れたような気持ちだ」

「それは良かった。もしかして大浴場が初めてなのではと思いまして」


 「オスカーの国で泊まった宿は部屋に浴槽が無くシャワーだけだったので」と言うと、オスカーは「ああ」と納得した顔をした。


「俺の国は水が豊かという訳ではないからな。首都の近くに大きな川も無いし、魔法が無いから水魔法も使えないだろう。だから一般的には『水を貯めた湯船に浸かる』という習慣が無いんだ」

「なるほど。確かに水源となりそうな川や湖が見当たりませんでしたね」

「元々大きな岩山を切り拓いて出来た土地だからな。幸い地下水が通っているから井戸を拓いて水を確保している」

「では、大浴場は……」

「それほど大きなものでは無いが、王宮にはあったな。家族が使う物と、騎士団用だ」

「水が貴重な分、身分の高い人しか使えない高級品だということですね」

「まぁ、そうなるな」


 それでも毎日入るということはせず、大体は薬草の入った水や湯で身を清める程度だったという。騎士団の訓練の褒美や来客前の手入れなどで使う特別な場所だったとオスカーは語った。


「正直水が豊かなのは羨ましいよ。ああして大量の湯を沸かして流し放題にしているのを民が見たらどう思うだろうかと考えてしまう」

「魔法を導入すれば水魔法で少しは楽になるかもしれませんね」

「水魔法と言うのはどういう仕組みなんだ?」

「その名の通り水を操る魔法です。川や海の水を操ったり、大気中の水分を集めて水の塊を作ったり。何もない所から水を生み出しているように見えますが、実は『水の無い場所に水を産む』ことは出来ないんです」

「ということは、乾燥した土地では水魔法は使えないのか」

「予め汲んでおいた水を操ったりすることは出来ますよ。壺の中に水を生み出すようなことは難しいでしょうね。ある程度湿気が無いと。雲が空に浮かんでいればそれを凝縮して雨を降らせたりは出来るのですが」

「砂漠地帯ではそれも難しそうだな」

「そういうことです」


 オスカーの国は砂漠地帯ほどではないが「乾燥地帯」と呼ばれる土地である。荒涼とした大地が続く岩山の国。リーシャの話を聞いてオスカーは渋い顔をした。


「魔法は万能ではありませんから」


 本来魔法とは万物を統べる為の術ではなく、あくまでも自然の力を借りて生活を豊かにするための物だと言うのがリーシャの持論だ。


「魔法は便利ですが、それでは解決できないことだって世の中には沢山あります。ですがその『出来ないこと』をどうすれば出来るようになるのかを考えるのが楽しいのです」


 魔法は日々進化を続けている。言葉を使う古い魔法も魔道具を使う新しい魔法も、毎日どこかで進歩し続けているのだ。


「今できないことだって、もしかしたら明日には出来るようになっているかもしれません。だからオスカーの国に戻る時には乾燥した土地でも水魔法を思う存分使えるようになっている可能性もゼロじゃないと思いますよ」

「そうだろうか」

「乾燥地帯の人々にとって水魔法はまさに『夢の魔法』ですからね。研究者も多いでしょうし、そう遠からず使えるようになる気がします」


 マイナーな魔法ならともかく、需要のある魔法ならばそれを研究する研究者も多い。新しい魔法の発明や発見は金になるからだ。乾燥地帯という広大な地域での需要を独り占め出来ればかなりの儲けが出るのは間違いない。だから皆こぞって研究しているはずだとリーシャは語った。


「そうか」


 安心した様子のオスカーに「お鍋、冷めちゃいますよ」と勧める。「数年後か、はたまた数十年後にオスカーの故郷へ帰る際に手土産にでも出来たら良いのだが」とグツグツと煮える山鳥の鍋をつつきながらリーシャは漠然と考えていた。


 ◆


 翌日、美味しい朝食を食べた後に解散をし、その日一日は各自自由行動をすることにした。オスカーは温泉切符を携えて外湯めぐりへ、リーシャは魔道具の調達をするために古物商へ向かう。

 何故古物商なのかというと、リーシャが狙う半永久的に使える魔道具は新品ではほとんど出回らないからだ。


「こんにちは」


 温泉街のメインストリートから少し入った場所には古物商が数件並んだ小道がある。


「いらっしゃい」


 カウンターの中で暇そうに新聞を読んでいた店主が顔を上げた。


「鉱石湯の魔道具を探しているのですが、宝石で出来ているものはありますか?」

「いくつかあるけど、壊れている物ばかりだよ」

「……そうですか。一応拝見しても宜しいですか?」


 リーシャの身なりをじろりと見た後に店主はカウンターの奥へと消えてゆく。


(値踏みをしたな)


 金回りの悪そうな若い女性。そう判断されたに違いない。


(となると、出てくるのは……)


「今あるのはこれだけだよ」


 少し待つと店主がトレーの上に魔道具をいくつか乗せて戻ってきた。トレーの上の魔道具を見たリーシャは眉間に皺寄せる。


(質が低い。酷いな)


 「壊れている」という店主の言葉通り、ヒビや欠けがある魔道具ばかりだ。事前に了承しているのでそれについては別に構わない。問題は宝石の質が著しく低いことだった。


(透明度も無い、内包物も多い。これに至っては偽物だ)


「申し訳ないのですが、これは私が求めている物とは程遠いですね。もう少し質の良い物が欲しいのですが」

「お嬢ちゃん、贅沢なことを言うね。このご時世これでも十二分に質が良い方なんだよ」


 子供をあしらうような口調で言う店主にリーシャは不快感を隠せない。


「質が良い? これが? 観光客相手ならまだしも、修復師の多い土地で良くそんな嘘を吐けますね。普段からそうやって観光客相手に商売をしていらっしゃるんですか?」

「なんだと」


 リーシャの挑発に顔を赤くした店主は目の前に提示された宝石修復師組合の身分証プレートを見て顔を青くする。まさか目の前に居る少女……に見える女性が修復師だとは思ってもみなかったようだ。


「壊れていても構いません。質が良い宝石で出来た魔道具が欲しいのですが」


 リーシャが念を押すようにもう一度言うと店主は気まずそうな顔をして奥へ引っ込んでいく。そして再びトレーの上に乗せて来たのは先ほどの魔道具とは全く別物の上質な鉱物で出来た魔道具だった。


「如何でしょうか……」


 店主はリーシャの顔色を窺うような声で尋ねる。


「宝石ではないですが……悪くは無いですね」


 鉱石湯の魔道具はシンプルな構造だ。大きな石を整形して付与する魔法を内側に焼き付け、その縁を金属で囲う。それだけである。金属部は飾りの意味合いが大きく、使い捨ての魔道具は石そのものだ。


(石は瑪瑙、黒曜石、オニキス……どれも宝石と言うよりは鉱物に近い物だけど、透明度や模様が美しい。悪くない)


 一般的に「宝石」とは希少性が高く美しく耐久性が高い石のことを指す。装飾品などに使われるのがそれだ。目の前に並ぶ石は希少性や耐久性を考えると宝石よりも鉱物に近い物であり、カメオなどを除けば装飾品ではなく建材や工芸品などに使われる方が多い。

 リーシャが望む宝石質の魔道具と比べると格は落ちるが、その分安価で修復素材も手に入れやすいという長所がある。


「効能は?」

「それぞれ疲労回復、安眠、美容効果だそうです」


 「だそうです」というのは壊れているので実際に試すことが出来ず、買い付けた店からそう伝えられただけで「本当にこの効能がある」と断言できないからだそうだ。


 店主から値段を聞いたリーシャは考える。土産物に並んでいる魔道具と比べたら高値だが、比較的入手しやすい鉱物とはいえ現在産出量が減りつつある石である。壊れている品なので完品と比べるとかなり割引されている。しかし効能が保証されていない。


(正直、リスクは高い)


 まず動作確認をするには修復素材を確保して修復しなければならなない。大きく欠けたりひび割れている物ばかりなのでそれなりに素材の量が必要だろう。そう考えると売値以上の金がかかる。

 それにそもそも、偽物の可能性だってあるのだ。


「効能が分からないのならばこの値段だと高すぎるのでは?」

「仕入れにもそれなりにかかっておりまして……」

「効能が分からない故障品をそんな値段で購入したんですか?」

「……」


 店主は「嘘を吐いている」と思った。先ほどからの舐めた態度を考えると「店から仕入れた」という話も怪しい。実際の所は壊れた魔道具をタダ同然で引き取ったのではないか。そんな気すらしてくる。


 本当は宝石質の完品もあるはずだ。リーシャの外見を見て壊れた商品しか出してこなかった上に、宝石質の物を要求して鉱物を出してきた時点で信用は出来ない。


「はぁ……。残念ですね。良い物があればいくつか購入しようと思っていたのですが。隣の店で探すことにします」


 リーシャはわざとらしくため息を吐くと店主に背を向けた。


「ま、待ってください」

「……はい?」

「纏めて買って頂けるなら値引きさせて頂きます」

「……」


 小さな声で言う店主が提示した金額は最初に提示された金額の半値ほどだった。


「……分かりました。では三つとも買わせて頂きます」


 そう言ってリーシャが収納鞄から金貨が詰まった革袋を取り出すと、それを見た店主の顔がひくりと引きつった。どうせ駆け出しの貧乏修復師だとでも思っていたのだろう。リーシャがあまり着飾らない性格なのも災いしたのかもしれない。


「あの、もし宜しければもう少し質の良い物もございますが……」


 魔道具を受け取り収納鞄へしまっているリーシャに店主が食いつき気味に言う。


「結構です。こちらのお店ではこれが高品質の部類なのでしょう。でしたら私が求めている物はここにはありませんから。宝石の魔道具は隣のお店で見せて頂きます」


 リーシャはにこりと笑みを浮かべてそう言うと颯爽と店を後にした。

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