魔道具の歴史

「私達一族がこういう状態であることを知っているのは村の人間と聖女、そして『杖』を管理する工房の職人だけ。工房の職人達はこの村から移り住んだ人間ですから……。聖女を聖女たらしめるためにこのことは我々だけの『秘密』にしようと。それが古くからの決まりでした」

「教会の資料室に古い資料が存在しないのは?」

「同じ理由です。『教会』は村の人間が作った組織ですが、ソレイユに拠点を作り、そこを『始まりの地』として以降は意図的に村の人間を組織から外すようにしていきました。

教会設立に携わった我々聖女の一族も、聖女一人を残して『教会が安定した頃に落ち着いて暮らせる場所に移住することにした』という理由で段々と教会内部から引き揚げさせました。そうすればやがて真実を知らない外部の人間ばかりになるでしょう。その方が都合が良かったんです」

「都合が良かった……とは?」

「嘘を吐いている人間よりも『そうだと信じてやまない人間』の言葉の方が説得力があるでしょう」

「なるほど」


 聖女を信仰の柱とする以上、聖女という存在が揺らいではならない。聖女を神聖化し、不可侵の物として秘匿することによって嘘を真実に見せかけ続けてきたのだ。


「しかし、そこまでして聖女信仰を続ける理由はもう無いのでは?」


 リーシャの言葉に女性は眉を顰める。


「どういうことでしょう」

「魔法教会の目的は『魔法と魔道具を広めること』ですよね。それらが世界に広く普及した今、その目的はとうに達成されていると言っても良いのではないでしょうか。無理をして『聖女』を維持する必要は無いのでは?」

「……まだ、魔法や魔道具を使っていない国もあると聞きます」

「使う使わないはその国の自由であって、押し付ける物ではありませんよ」

「ですが、全ての方に魔法や魔道具を使って便利な生活をして頂きたいというのが『始まりの聖女』様の御意思ですから」


 リーシャは思わず「はぁ」とため息を吐いた。こういうところだ。「魔法教会」のこういう押しつけがましい所が好かない。魔道具の発展や魔法の普及に尽力をしたのは事実であり、その恩恵に預かっているのは否定のしようがない。

 しかし、その一方で土着の魔法文化に理解を示さず自分達の教義や魔道具の形式を押し付けようとしたり、他の土地の歴史を否定して「魔法と魔道具は魔法教会が発祥である」と声高に宣伝したりするようになったりと、何かと顰蹙を買うことも増えている。


「そうですか。まぁ、良い商売ですから辞められませんよね」


 リーシャは「分かりますよ」というような口調で女性に囁いた。


「商売? ……失礼なことを言わないでください」

「『杖』に使われている石が何故水晶なのか考えたんです」

「……」

「こう言っては水晶に失礼なのですが、法具が作られた時代はまだ鉱物資源が豊富だったので水晶という鉱物はごくありふれた石だったんです。それこそ、一般人が土産物屋で安く手に入れられるような身近な石というイメージですね。では、そんな身近な石を何故『聖女』の法具に使ったのか。理由はいくつか考えられます」

「……もしかして、水晶に土産物としての付加価値を与えるためか?」


 オスカーは職人の話を思い出していた。水晶細工はかつて「お守り」として作られていた物の名残だと。そうではなく、元々あった水晶細工を「お守り」として売っていたのだとしたら……


「恐らくそうでしょう。この土地の名産であった水晶は他の宝石と比べると安価で取引されていた。それをいかに高く売るか考えた結果、『聖女』の生まれた地で採れた水晶を使った『お守り』という設定を思いついたのではないでしょうか。

 しかもただの水晶ではなく、聖女の杖と同じ産地の水晶を使っていると言えば一層価値は高まると思いませんか?」


 杖の修理の際にヨハンが提出した結晶も古老鉱山から採れたものなのだろう。大事そうに持っていたのを見ると、教会に残っていた「お守り」なのかもしれない。


「ソレイユが『鉱山を拓いて出来た街』という設定なのもそのためか」

「はい。本来はこの村が聖女の出身地であり、本当の採石地であるはずです。しかし観光客が来てここの暮らしを見られてしまえば聖女の正体がバレる可能性がある。そのためにソレイユという『聖都』をどこか別の場所に作る必要があったのです」


 聖都ソレイユの隠し切れない「観光地感」は人工的に作られた模造品だったからなのかもしれない。


「そうなると『杖』が作られたのは魔道具が開発される前の話ですから、初めは調整器具としての役割は無く、ただ『お守り』に付加価値を与えるためのシンボルだったのかもしれませんね」

「商売をする上での『顔』ということか」

「はい。とはいえ、顔である聖女の『魔法が貧弱』なのは問題ですから、それを解決するために開発されたのが魔道具であり、象徴的な杖にその機能を持たせたというのが一番あり得る話だと思います」


 「あの水晶玉はレンズなんです」とリーシャは続ける。


「レンズ? レンズとは物を拡大するあれか?」

「はい。レンズには物を拡大する機能もありますが、それとは別に光を集約する機能もあるでしょう?」


 そう言えば子供の頃に「日の当たる場所に虫眼鏡を置くな」と怒られた記憶がある。レンズが日光を集めて火が起こると危険だからだ。


「それと同じように、弱い魔力を集約して密度を上げることを思いついたのでしょう。魔法を大きく見せたり魔力を凝縮したり、魔力が乏しい聖女様を支えるのにぴったりな魔道具だと思いませんか」


 つまり、「魔法を使うための道具」ではなく「魔法を使えているように見せる」道具なのだ。特定の魔法を誰でも使える魔道具よりももっと原始的な、「補うための」道具だとリーシャは言う。


「それこそ、現代の『魔道具の基礎』となるような物かと」

「『魔道具発祥の地』と言うのはあながち嘘ではないと」

「魔道具発祥の地というよりは現代魔道具発祥の地というべきでしょうか」


 魔道具に類する物は世界中に沢山ある。勿論、「杖」が作られるずっと前からだ。そこは履き違えてはいけない。「杖」はあくまでも現在スタンダードとなっている魔道具の基礎であるだけなのだ。


「そういう意味では、水晶という鉱物はとても相性の良い物だったのだと思います」


 無色透明でレンズに良く合う。特産品がたまたま水晶だったというのもあるが、もしも別の鉱物が採れる鉱山だったらこう上手くは行かなかったかもしれない。そこは偶然が起こした「奇跡」と言えよう。


「時代が移り、産出量が減ることによって図らずも水晶の価値はどんどん上がって行きました。土産物屋に並ぶ水晶細工も『お守り』の時代では考えられないような価格でしょう。魔法と魔道具が広まり切った今、それらを広めるという大義名分を失っても尚、『聖女』を止められないのはそういう理由なのでは?」


 黙って話を聞いていた女性は絞り出すような声で言った。


「……魔力が乏しく水晶が枯渇しそうな今、私達が生きていくにはこうするしかないのです」


 皮肉なことに、魔法と魔道具が広まるにつれて「魔力無し」の生きる世界はどんどん狭まって行った。どこへ行っても魔道具が無ければ生活出来ず、その魔道具すら使えない人間は仕事にもありつけない。

 商売の為に信者を増やし魔法と魔道具を世界に広めたことが結果として自らの首を絞めることになってしまった。こうして離れた土地で身を潜めながら「聖女」の傘の下で水晶と水晶細工を売ることでしか収入を得られないと女性は語った。

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