虚像の聖女

 村の奥にひっそりと佇む小さな家。一人暮らしなのだろうか、家の中はしんと静まり返っている。

 室内はランプで灯りがとられており、聖都で見られる魔導ランプは見当たらない。火で灯りをとり井戸で水を汲み、薪で暖をとり竈で調理をする。所謂「昔ながらの生活」をしているようだった。


「ミレニアがそんなことを……」


 リーシャから事の経緯を聞いた女性は落胆の色を隠せない。


「はい。なので私も困ってしまって」

「あの子、ちゃんと『引継ぎ』をしたのかしら」

「引継ぎ?」


 初めて聞く単語だ。女性は席を立つと食器棚の奥に隠すように置かれていた写真立てを持ってきてリーシャとオスカーに見せた。


「あっ!」


 写真に写っている女性を見てオスカーが声を上げる。小さな子供と一緒に写るその女性こそ、オスカーが工房で見た写真の人物だったのだ。


「これは私の母、先代の『聖女』です。ミレニアは私の娘。聖女は一生を教会での奉仕に捧げることになっているので、母が亡くなった際に丁度年頃だった娘が選ばれたのです。

 聖女に選ばれると先代の聖女から『聖女に関する手ほどき』を受けることになっているそうです。私の母がそう言っていました」

「聖女としての在り方……のような物でしょうか」

「……恐らくは。というのも、聖女から聖女への口伝でのみ伝わって来た物なので私も詳しくは知らないのです」


 問題なのは、その手ほどきをミレニアが受けていない可能性があるということだ。


「母が亡くなったのは急なことでしたから……。聖女に選定されたらすぐに聖都へ移動することになってしまって。便りも寄越さないので心配していたのですが、まさかそんなことになっていたなんて」


 「聖女の手ほどき」は聖女のみが知り、教会の人間は存在こそ知れど内容までは把握していないという。普通は先代の聖女が引退する前に次代の聖女を選定し、引継ぎを行ってから「聖女」の冠を渡すのが恒例だそうだ。しかしミレニアの祖母である先代の聖女は急な病で亡くなってしまったため、ミレニアが聖女として聖都へ着いた頃には「手ほどき」が出来る人間が居なくなってしまったのだ。


「そうなると、あの法具の使い方も本当は先代の聖女から教えられるはずだったと」

「はい。そのはずです」


 聖女以外の使用を禁止していたため、教会の人間は誰もミレニアに「杖」の使い方を教えることが出来ない。不幸な話である。


「あの法具は、『魔道具』では無く『補助具』ですよね」


 リーシャの言葉に女性ははっとしたような顔をする。


「聖女様以外の使用を禁止し、聖女様の口伝でのみ使い方を伝える。そして『杖』を試用した際のあの感覚。この村の生活をみてようやく分かりました。貴女の……聖女の一族は生まれつき魔力が乏しいのでは無いですか?」


 「掟」は「秘密」を守るためにある。聖なるものを聖なるものたらしめる為に決められた「掟」なのではないかとリーシャは推察した。全ては「魔法が極めて不得意」な血筋を隠すためのものだと。


「杖を試用した際、私の仕事道具と同じような『魔力調整機能』が備わっていることに気づきました。私の指輪は魔法の精度を上げるために魔力を『絞る』調整器具ですが、あの法具はその真逆。遠眼鏡のように魔力を『拡大』して見せるものだったのです」

「拡大鏡のような機能を持っているということか?」


 オスカーの言葉にリーシャは首を横に振る。


「持っているというより拡大鏡そのものです」

「それ以外の機能が無いと」

「はい」


 つまり、通常の魔道具のように何か決められた魔法を打ち出すためのものでは無く、使い手の魔法を「大きく見せる」ためだけのものなのだとリーシャは語った。


「何故、強大な魔力を持っている聖女がこのような調整器具を必要としているのか不思議でした。しかし、貴女の家を拝見して分かったのです。あれは魔道具が使えない程魔力が乏しい人間を補助するための物だったんだって」

「……それで聖女の一族は魔力が乏しいと仰るんですか」

「はい。違いますか?」


 魔力が無いミレニアが突然変異なのではなく、実はそういう血筋だった。「生誕祭」で披露する魔法が「得意な魔法」なのも、歴代の聖女がかろうじて使える魔法を「大きく見せていた」だけだと考えれば納得できる。


「まさかミレニアが『全くの魔力無し』だったなんて……」


 女性は頭を抱えながら呟いた。


「もう隠しても仕方ないですね。貴女のおっしゃる通りです。私達の一族は皆魔力が少なくて、日常的な魔道具ですら反応してくれないので今でもこういう生活をせざるを得ない状況で」


 本当は魔道具を使った便利な生活がしたい。しかし、魔道具が起動しない程微々たる魔力しか持たないため、仕方なしに「昔ながらの生活」を送っているのだという。


「とはいっても皆僅かばかりの魔力を持っていたので、てっきりミレニアも同じだとばかり思っていました」


 聖都へ送り出すまで魔道具を使わない生活をしていたのでミレニアが魔力を持っているかどうか確かめる機会は無かったという。しかし歴代の聖女は問題なく「杖」を使えていたため、少しばかりの魔力は持っているだろうと信じて疑わなかったと女性は項垂れた。


「魔力を持っていないのに何故代々聖女に?」


 オスカーの疑問は尤もだ。実情は教会が語る聖女像とあまりにもかけ離れている。


「聖女に選ばれたのではなく、この周辺でたまたま一番初めに魔法を使った女性を聖女に仕立てたのではないでしょうか」

「……というと?」

「たまたま魔法を使えた、良くも悪くもごくありふれた普通の人間ということです」


 「魔法の起源」についてはしばしば論争が巻き起こる。特に「教会」の勢力圏とそれ以外とでは論争どころか揉め事や紛争まがいの出来事に発展することもある程である。


「そもそも『魔法』とは、古来から様々な国で使われてきた物であり『教会』の専売特許では無いのです。勿論、教会が出来る前ずっと前から『魔法』や『魔道具に類するもの』は存在していて、巫女、霊媒師、魔女などと呼ばれる使……『聖女に類する存在』が各地に居たと文献に記されています」

「そうだったのか。では、聖女もそれらと同じような存在ということか」

「ええ。この地域における魔法の始まり。それは確かかもしれません。初めて触れる『魔法』は村人にとって未知の物であり、神から与えられた奇跡だと思うのも仕方ないでしょう。しかし、やがて魔法が『誰にでも使える』ものだと分かった時、それが特別な物ではないと気付いたはずです。勿論、最初に魔法を発現させた女性が『特別』では無かったことにも」

「ではなぜ、彼らはそのまま彼女を聖女として担ぎ上げたんだ?」

「魔道具と魔法を広める、そのためには『魔法』に関心のない人々を惹きつける為の物語が必要だったのではないでしょうか」


 例えば聖都で売られている土産物の水晶細工だって、「特産の水晶を使って作りました」と言うよりも「昔『お守り』として使われていた物の名残だ」と言った方が観光客を引き寄せやすい。

 魔道具や魔法を周辺地域へ売り込むために「初めて魔法を発現させた聖女」という設定が必要だったのだとリーシャは推察した。


「資料室で見た本にはどれも『凄い魔法』で『奇跡』を起こす偉大な聖女という人物像が描かれていました。現聖女様やお母様のお話を聞くに、それはそうあるべきであると作られた聖女像なのでしょう。そして、歴代聖女はそう見えるように振舞って来た。『引継ぎ』はその振舞い方を教えるための物でもあったのではないでしょうか」

「虚像の聖女か……」

「尤も、騙されているのは教会も同じかもしれませんが」

「ん?」

「聖女にしか伝わらない口伝や聖女しか触れない杖、資料室に存在しない古い資料やヨハンさんの『知らなさ』を考えると、教会自体も聖女の実態を知らない可能性が高いのではないかと」

「なっ! ……そんなことがあるのか?」


 教会は聖女が奇跡を起こせる特別な存在だと本当に信じている。だからミレニアの言うことを信じて疑わないのだとリーシャは踏んでいた。つまり、教会も信者と同じく『騙されている側』なのだと。


「……仰る通りです」


 女性はリーシャの推察を概ね肯定した。

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