古老鉱山

 リーシャが宿へ戻って来たのは日が沈んでからのことだった。どうやら資料室の閉館時間ギリギリまで調べ物をしていたらしい。それにしては浮かない顔をしているリーシャにオスカーは温かい茶を淹れて一息つくように促した。


「その顔を見るとあまり成果が無かったみたいだな」

「……ええ。成果が無いというか……変なんです」

「変?」

「『始まりの聖女』や『杖』について調べたくて資料室へ行ったのですが、古い史料が全く無いんです」


 リーシャの言う「古い資料」とは「始まりの聖女」が生きていた当時の資料のことを指す。どのように魔法が発見され、どのように広まって行ったのか。何故「聖女」と呼ばれるようになったのか。どのように教会が作られたのか。そして法具がいつ、なぜ、どのような経緯で作られたのか。それらを記す「史料」が全く保管されていないのだという。


「あるのは信者向けの教本や教会が設立されて以降の本ばかりで、教会が出来る前の出来事に関する本が一冊も無くて。流石におかしいですよね」

「貴重書だから公開されていない可能性は無いのか?」

「ヨハンさんに聞いたんですけど、見たことが無いって」

「うむ……そうか」


 つまり教会の成り立ちや「始まりの聖女」の人物像については教会が発行している経典や聖女を讃える信者向けの本でしか知る術がないということだ。


「資料室の本によると、『始まりの聖女』は魔法を初めて使った人物で、魔法を使って数々の奇跡を引き起こした偉大な女神のような存在だったそうです。そして魔法を広めたいという聖女の意向を汲んだ村人たちが集って出来たのが教会の元となる組織で、代々『聖女』を担ぎながら魔法と魔道具を広める活動をしてきたと……。歴代の聖女は『始まりの聖女』の血を引いているので皆素晴らしい魔法の才を持っている、と言うのが教会の主張みたいです」

「そうなると、ミレニアが魔法を使えないというのはおかしくないか?」


 歴代の聖女は同じ一族から輩出され、素晴らしい魔法の才を持っていた。その話が本当ならばミレニアにも同じような才能があるはずだ。しかしながら彼女は全く魔法が使えないという。ミレニアが焦るのも無理はない。


「可能性はいくつかあります。ミレニアが実は一族の子では無かった。魔力が無い突然変異体だった。教会が嘘を吐いている。考え始めるとキリがなさそうですが」

「……そういえば」


 オスカーは「ミレニアの血筋」について手がかりを持っていた。昼間に工房で見たあの写真である。


「昼間、街の工房でミレニアに似た女性が映っている写真を見たんだ」

「ミレニアに似た女性と言うと、親族の方でしょうか」

「分からない。馬車で半日ほど行ったところにある古老鉱山で撮られた写真らしい。リーシャの話を聞いて思ったのだが、その女性に話を聞けば何か分かるのではないだろうか」

「他人の空似という可能性は?」

「ある。そちらの可能性の方が高いだろうな。だが……」

「気になると」

「ああ」


 リーシャは悩んだ。馬車で半日となると往復に丸一日かかる。聞き込みをするとなると二日は必要だ。「生誕祭」まではあと四日。成果が得られるか分からない物に半分も時間を割く必要があるのだろうか。

 しかし、残り四日かけて聖都を駆けずり回ってもこれ以上の情報を得られる自信は無い。ミレニアは祈祷室に籠り切りだというし、ヨハンは思った以上に「知らない」のだ。

 法具を使った時に覚えた違和感の正体を解き明かし、汚名を晴らすためにはオスカーの「勘」に賭けてみるよりほかは無さそうだ。


「分かりました。行きましょう」


 翌日の早朝にソレイユを発てば夕方には鉱山に着くだろう。「善は急げ」だ。



 「古老鉱山」は聖都ソレイユから馬車で半日ほどの距離にある鉱山である。ソレイユがまだ「聖都」になる前から操業されている古い水晶鉱山で、近辺の鉱山がどんどん閉山していく中、僅かながらも水晶を産出し続ける息の長い山である。

 ここで採れた水晶は聖都に運ばれ水晶細工に加工されるのがほとんどで、他所へ運ばれることは滅多にない。そのため「古老鉱山」の存在を知っている者は僅かだという。

 朝一番の馬車に乗り揺られ続けること半日。鉱山の麓にある小さな村に到着したのは日が傾きかけた頃だった。馬車の本数も少なく朝と夕に一本ずつあるのみなので帰る際は気を付けなければならない。


「……思った以上に辺鄙な場所ですね」


 石造りの塀で囲われた小さな村だ。入口となる簡素な石門を潜ると村の中心部へと続く未舗装路が一本通っている。中心部には小さな井戸があり、その周囲を囲むようにまばらに民家が点在していた。


「宿は無さそうだな」

「そうですね。どこか泊めて頂ける場所があれば良いのですが」


 夕飯時なのか外を歩いている住民が見当たらない。人が居そうな家を訪ねて聞いてみようかと村の中を歩いていると、リーシャはあることに気が付いた。


(あれ? この井戸……)


 一見どこにでもありそうな小さな井戸の脇に大人一人が寝そべれそうな大きな岩が転がっている。その岩に見覚えがあった。収納鞄からソレイユの観光案内図を取り出す。


「聖女が座った石……」


 ソレイユの広場に置かれていた「聖跡」に似ているのだ。


(もしかして、同じ場所で採れた石なのかも)


 石の種類や大きさが似通っている。「古老鉱山」で採れた物をこの村とソレイユに運び込んだのかもしれない。しかし何故わざわざこの場所に?


「あの……」


 リーシャが岩を眺めていると背後から女性の声がした。


「ここで何を?」


 振り返ったリーシャの目に入ったのはランプを手に持った中年の女性だった。年相応のくたびれた見た目をしているが若い頃は美しい人だったのだろうという面影がある。そしてなにより


(ミレニアに似ている)


 ミレニアがそのまま大人になったような、そんな雰囲気を纏っていた。


「こんばんは。つかぬ事をお伺いしますが、この辺にどこか宿泊出来る場所はありませんか? とある調査で来たのですが泊まる場所が無くて」

「残念ながらこの村に宿はありません。もう少し大きな町に出ないと……。こんな辺鄙な場所で一体何の調査をされているのですか?」

「『始まりの聖女』と『杖』について調べていて」

「……学者様か何か?」

「いえ、ただの宝石修復師です。先日聖女様より『杖』の修復を依頼されたのですが少し困ったことになりまして。ヒントを求めてここへやって来たのです」

「この村と聖女様と……一体何の関係があるのでしょう」


 女性はリーシャの問いかけに眉一つ動かさない。一瞬「当てが外れたか」と思ってしまう程堂々とした佇まいをしていた。


「ソレイユにある水晶細工の工房で聖女によく似た人物が映った一枚の写真を見たんだ。古老鉱山で撮られた写真だと職人から聞いて、この村と聖女は縁があるのかと思ってな」


 オスカーが言うと微かに女性が目を見開いた。


「写真に写っていた人物は聖女ミレニアに似ていたが、貴女にもそっくりだった。違ったら申し訳ないのだが、もしかして貴女はミレニアの親族なのではないか?」

「……」

「実は聖女様に濡れ衣を着せられていまして、『生誕祭』までにその問題を解決したいのです。協力して頂けませんか?」

「ミレニアが……」


 リーシャは身分証を示し、ミレニアから送られてきた「苦情」の手紙を女性に渡した。女性は手紙を読んで小さくため息を吐くと「こちらへ」と言って二人を自宅へ案内した。

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