手放せない訳

「果たして本当にそうだろうか」


 オスカーは話を聞いて首を傾げる。


「俺の母国は『魔法が無い』国だ。勿論、今も魔道具無しで生活をしている。だからと言って、民が困窮している訳でもないし『暮らしていけない』ということもない。収入源となる水晶が枯渇してきたならば魔法が無い土地に居を移して生活するという選択肢もあるのではないだろうか」

「今更そんな土地に行っても……」


 女性はそう口ごもるとまた黙ってしまう。先祖が作った「金脈」をそう易々と手離す気にはなれないのだろう。水晶細工の職人も村から出た血縁者であると聞く。聖女が健在で水晶が採れるうちは「水晶細工の原料」として高く売れるし需要も尽きない。「わざわざ魔法が無いような僻地へ行く必要などない」と思っても仕方ない。


か」


 オスカーは呆れたような表情を浮かべた。


「魔法を使わない生活をしているのに魔法が無い国への風当たりは随分と強いんだな。『教会』や『聖女』も同じような考えなのか?」

「……」

「俺の国は『教会』を受け入れなくて正解だったようだ」


 魔法教会の勧誘は全国各地に渡る。魔法が無い土地へ出張して行っては魔法や魔道具の利便性を説き、理解を得られそうになると教会を立てて拠点を作る。そして「お守り」や魔道具を販売する行商の様な布教方法を取っていた。

 魔法を使わないオスカーの母国にも、勿論「教会」の使節がやってきたという。魔法に頼らない武の力に誇りを持っていた祖先は勧誘に耳を貸さず教会の建立も認めなかったそうだが、あのような事件が起こったとはいえその選択も間違いでは無かったのかもしれないとオスカーは思った。


「古老鉱山もやがて枯れます。それは貴女も分かっているはずです。枯れると分かっているならば、その先のことを考えておくのが賢明なのではないでしょうか」


 全てが枯れたそのあとのこと。水晶細工も作れず、「嘘」で固めただけの聖女だけが残ったら? 生活が成り立たなくなれば、いずれ聖女を送り出すことも出来なくなる。


「こうして誤魔化し続けるのにも限界があるでしょう。現に今、その問題に直面している」

「……ミレニアのこと、なんとかなりませんか」


 女性は小さな声で呟いた。今にも消え入りそうな震えた声だ。


「なんとかとは?」

「あの子が魔法を使えるようになる方法とか……」

「僅かでも魔力があれば方法はあったでしょう。しかしあの『杖』すら動かせないのなら難しいでしょうね。あれはかなり考えて作られた法具ですから」

「では、方法とか!」

「……それならなんとか。しかし、今回だけ誤魔化してどうにかなる問題なのですか? これから長い間彼女は『聖女』として振舞う必要があるのでしょう」


 聖女として輩出できる世代の女性がミレニアしか居なかったということは、すぐに次の聖女を用意する手立てがほとんど無いという事実を示している。今すぐ子を儲けたとしても女児が生まれるかは分からない。生まれたとしても年頃になるまでに十数年はかかる。無事に育ったとしてもミレニアと同じく魔力が無い可能性だってあるのだ。

 そう考えるとミレニアが「聖女」であらねばならない期間はとてつもなく長く、下手をしたら先代の聖女のように死ぬまで聖女という役割を担い続けなければならないかもしれない。果たしてそんなに長い時間、魔法を使えるように「誤魔化し続ける」ことは出来るのだろうか。


「それは……」


 女性は言い澱む。


「まずは『教会』に相談してみるのは如何でしょう」

「うち開けろと?」

「はい。幸い良く計らってくれそうな司教を知っていますので紹介しますよ」


 リーシャの頭に浮かんだのはヨハンの存在だ。彼ならばミレニアについても良く分かっているだろうし、悪いようにはしないだろう。


「その上で、聖女様にも『引継ぎ』をして頂けないでしょうか」

「私が? でも、私は母から何も聞いていないし……」

「知っていることのみで良いのです。聖女様は『聖女の家系』である自分に何故魔力が無いのか分からず不安で一杯なのです。そんな精神状態でいくら私が何か言っても信じて貰えないでしょうが、母親である貴女の言葉なら届くのではないでしょうか」


 いや、届いてくれなければ困る。


「彼女に必要なのは、不安を解きほぐすための『何故』という理由です。その上でどうするべきか教会と話し合えば良い」

「……そうですね」


 了承の言葉を女性から引き出し、リーシャは心の中で「良し」と喜んだ。これでミレニアに「魔力が無い」と認めさせることが出来ればリーシャに過失がないことを証明できる。全ての信者の前で告白させる必要はない。少なくとも一人、そう、ヨハンの前で認めさせることさえできればあの不名誉な苦情を撤回させることが出来ると踏んだのだ。


「教会や聖女様を納得させる証拠の様なものがあれば良いのですが」


 大聖堂の資料室には古い資料が一切存在しない。聖女の一族は村を離れて静かに暮らしているという設定になっているため、今更「実はソレイユは聖女生誕の地では無くて……」という話をしても信じて貰えないかもしれない。


「それでしたら……」


 女性は席を外して奥の部屋へ消えた。暫くして戻ってきた女性の手には一冊の本の様なものが握られている。


「それは?」

「祖先の日記です」


 古い物のようだが目立った日焼け等は無く随分と状態が良い。中には鉱山の様子や村での暮らしなど当たり障りのないことが書かれていた。


「伝え聞いたところによると『聖女』に関するものは全て焼き払ったそうです。もしも教会の教えと差異のあるもの……彼女がここで育った証が見つかったら今までの苦労が水の泡になると」

「それで資料室に昔の資料が無かったんですね」

「はい。しかし、『始まりの聖女』の両親は娘の痕跡が全て消し去られるのが寂しかったのでしょう。こっそりとこの日記を隠し持っていたのです」


 家のとある場所に作った隠し場所に保管し、代々村の者には内緒で受け継いできた日記だ。そこにはなんてことは無い日常が綴られていた。しかしまぎれもなくそれは「始まりの聖女」がこの村で生まれ育った証拠でもあった。


「これを見せれば……教会の方も納得してくれるかもしれません」


 女性が聖女の一族だということは教会も承知している。聖女の親族が出した証拠を「偽物だ」と断じることは出来ないだろうと女性は言った。


「では、それを持って聖都までご同行願えますか」

「……分かりました」


 その日は女性の家に泊めてもらい、翌朝の便でソレイユに帰る事にした。帰る頃には工房での点検も終わっているだろうし、「生誕祭」までには間に合うだろう。


(なんとかなりそうでよかった)


 一時はどうなることかと思ったが、「苦情」を退けるだけの証拠は揃った。これも写真を気に留めてくれたオスカーのお陰である。事態が収束したら良く礼を言わねばと思ったリーシャだった。

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