真夜中の訪問者
トントン、と戸を叩く音がする。
(こんな夜中に……)
深夜、既にベッドで横になっていたリーシャは絶え間なく続くノックオンで目を覚ました。
(オスカー……だったら普通に声を掛けてくるだろうし、誰だろう)
無理に入ってこない所を見ると暴漢の可能性は低そうだ。念の為護身用の魔道具身に着けて扉の前に立つ。
「どなたでしょうか」
「……私です、ミレニアです」
扉の向こうから蚊の鳴くような声が聞こえる。扉を開けるとそこにはマントのフードを深々と被ったミレニアの姿があった。
「夜中に申し訳ありません」
部屋に招き入れられて椅子に腰を掛けたミレニアは伏し目がちに言う。リーシャが淹れた茶を飲んで少し落ち着いたようだ。
「こんな夜中になんの御用でしょうか」
安眠妨害されたリーシャは機嫌が悪そうに尋ねた。
「実は、『杖』のことでご相談が」
「また何か不具合でも?」
「いえ、そうではなくて……。あの杖を魔力が無くても使えるようにして欲しくて」
「え?」
「……私、本当は魔法が使えないんです」
突然の告白にリーシャは目を丸くした。魔法が使えない? 聖女なのに? そんな疑問が頭の中を駆け巡る。
「おかしいですよね。聖女なのに魔法が使えないなんて」
「……」
呆気にとられるリーシャにミレニアは力なく笑った。
「小さい頃からずっと魔道具すら動かせなくて。先代の聖女様が亡くなった時にたまたま一族で丁度良い年齢の子が私しかいなかったので仕方なく聖女になったんです。教会の皆様に失望されるのが怖くてなんとか誤魔化してきたけど、今度の『生誕祭』では信者の皆様の前で魔法を使わなくてはならなくて……」
「それで『杖』が壊れてしまえば儀式も中止になるだろうと思ったんですね」
「……ごめんなさい」
ミレニアの告白によると、「生誕祭」ギリギリに法具を壊せば儀式が中止になり魔法を披露しなくて良くなるのではと思ったのだそうだ。まさかこんなに早く宝石修復師が手配され、その日のうちに直るとは思わなかったそうで、もう誤魔化しきれないと悟ったミレニアは「魔道具」に詳しそうなリーシャに相談をしてみようと思ったらしい。
「正直、自分の身可愛さにわざと宝石を破壊するような人に協力する気はありません」
「壊れても直せるって聞いていたので……」
「はぁ?」
「身勝手」、その一言に尽きる。ミレニアにどんな事情があろうとも、そんなことリーシャには関係が無い。「儀式を中止にしたい」というくだらない理由で水晶を破壊した。しかも「どうせ直せるし」という軽い気持ちで実行したのだとしたら許せない。
石の価値に関わらず、宝石は貴いものである。その一つ一つに採集した人、加工した人、購入した人……ありとあらゆる人の想いが詰まっている。それを踏みにじるような行為はリーシャが何よりも許せないことだった。
「帰って下さい」
ミレニアを助ける気も無いし義理も無い。手を引いて立たせると強引に扉の外まで押し返す。
「ま、待ってください。水晶を壊してしまったのは……謝ります! だから……」
「一番良い解決方法をお教えしましょう。正直にヨセフさんに全てを話すことです」
「嫌! 私が魔力無しだなんてバレたら……! それだけは嫌なの!」
縋りつくように叫ぶミレニアをリーシャは冷たく突き放す。廊下に崩れるようにして倒れたミレニアはまるで悲恋物語のヒロインのように涙を流した。
「リーシャ……どうした?」
押し問答の声で目を覚ましたオスカーが部屋から出て来た。廊下でむせび泣くミレニアの姿を幽霊かなにかと見間違えたのか「うわっ」という声を上げて後ずさる。
「助けて……」
ミレニアはオスカーが出て来たのを見ると縋りつくような目線を送る。
「その必要は無いです」
リーシャは冷たく言い放つとオスカーを部屋に押し入れた。
「今のは昼間の聖女様か? 何があったんだ」
「最悪です。やっぱり法具はミレニアが壊したようでした。しかもわざと!」
「なんだと」
怒りに燃えるリーシャの目を見てオスカーはごくりと唾を飲む。リーシャが宝石を粗末に扱う人間をどれだけ嫌っているかはよく知っている。「落ち着け」と言ってリーシャを宥めると何があったのか聞き出した。
「……なるほど。それはその……聖女が悪いな」
「はい。なので、手助けは一切無用かと」
廊下ですすり泣く声を聴きながらオスカーはどうするべきか考えた。今のリーシャは爆発寸前、弱弱しくすすり泣くミレニアは刺激にしかならない。
(ここはお引き取り頂くしかなさそうだな)
オスカーはリーシャに部屋へ留まるように言うと廊下へ繋がる扉を開けた。廊下では相変わらずミレニアが座り込んで嗚咽を漏らしている。
「申し訳ないが、今日はお引き取り頂けないだろうか」
なるべく穏やかに、宥めるような声でオスカーはミレニアに声を掛けた。
「……どうして?」
「リーシャも疲れている。どうか」
オスカーの圧に圧されたのか、ミレニアは無言で立ち上がると泣き腫らした目で睨んで去って行った。
(やれやれ)
深夜のひと騒動が終わり、ようやく安息が訪れた。
「どうなりました?」
「帰って行ったよ。納得はしていなさそうだが」
部屋に戻ると機嫌の悪そうなリーシャが酒瓶を片手に待っていた。
「信じられません! こんな夜更けに突然訪ねて来て何かと思ったら……」
「まぁ、落ち着け」
オスカーはリーシャから酒瓶を取り上げるとグラスを用意してそこに酒を注ぐ。リーシャはオスカーから渡されたグラスを一気に飲み干すと思いの丈を一気に話し始めた。
「正直、魔力が無いのは同情します。魔法や魔道具が使えないのは不便でしょうし、それによって嫌な目にもあったかもしれません。しかも魔道具発祥地の聖女ともなると……。彼女の気持ちも分からなくはない……です。
でも! それで魔道具を壊しちゃえ! となるのが理解出来ない。どうせ直るから? 信じられません。保身のために宝石をたたき割るなんて! この宝石不足のご時世に!」
「それでもって『魔力が無くても使えるようにしろ』とはな。まず、そんなことは可能なのか?」
「不可能でしょう。前提として魔道具は魔力で動く物ですから。手品の類を使えば『それっぽく』は見せられるかもしれませんが」
魔道具とは魔法を使う手順を省略するための道具である。そのため起動するには魔力が必要不可欠であり、「魔力が無くても使えるようにしろ」というのは無理難題だ。
手品や仕掛けを使って「魔法が使えているように見せる」ことは可能かもしれないが、魔力無しに「魔法」を使わせるのは無理だとリーシャは語る。
「難癖を付けられても嫌ですし、明日ヨハンさんに報告に行こうと思います」
「それがいい。元々仕事の範囲外なのだろう?」
「ええ。何か手を打つとしても魔道具技師の分野ですから。宝石修復師にどうこう出来る問題ではありません」
「念の為組合にも報告しておくと良い。組合から受けた仕事なんだから」
「そうですね。朝一で足を運びましょう」
(これだから「教会」の仕事は受けたくなかったんだ……)
リーシャは「はぁ」と大きなため息を吐く。だが、オスカーと話をして大分気持ちが落ち着いた。話を聞いてくれる相手がいるのがこんなにも有難いとは。
「ありがとうございます。少し落ち着きました」
「気にするな」
オスカーに礼を言い、自室に戻る。せっかく仕事が終わって一休みと思ったのに思いがけない予定が入ってしまった。「明日は何も起こりませんように」と祈りながら冷え切ってしまったベッドに潜り込むのだった。
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