法具の修理

「あの日、私は『生誕祭』の準備をする為に一人で祈祷室に籠っていました。初めての『生誕祭』なので儀式の練習をしたかったのです。そして儀式で行う魔法を練習するために法具を手にした時、私の魔力に耐え切れずに石が砕け散ってしまったのです」

「失礼ですが、祈祷室とは?」

「聖堂の中にある聖女が祈りを捧げる部屋です。大聖堂で信者の皆様の祈りを邪魔する訳にはいきませんから、普段はそこで祈祷をしております」

「……なるほど。ちなみに、儀式で使う魔法というのは」

「それは……」

「『生誕祭』では聖女様が一番得意な魔法をお披露目することになっています。ミレニア様は今回が初めての『生誕祭』なので、どの魔法を披露するのか模索していらっしゃるのです」


 聖女が言い淀んだのを察してヨハンが助けに入る。


「初めての『生誕祭』ということは、ミレニア様は最近聖女になられたのでしょうか」

「はい。先日先代の聖女様がお亡くなりになり代替わりされたのです」


 深くベールを被っているので顔が良く見えないが、新米聖女ということは比較的若い聖女なのかもしれない。


「『生誕祭』は五日後ですし、修復するのは難しいですよね……」


 残念そうな声色で言うミレニアにリーシャは笑顔で「そんなことはありませんよ」と返す。


「水晶は比較的素材も手に入れやすいですし、何なら今すぐにでも修復出来ますよ」

「えっ!」


 ミレニアは明らかに動揺したような様子を見せた。顔は見えないが焦っているのが分かる。


(やっぱり何かある……)


 その様子を見てリーシャは確信した。法具を壊したのはミレニアだ。しかも修復を間に合わなくさせるために生誕祭まで残りわずかとなったタイミングでわざと破壊したのだ。一体何故?


「しかし、聖女様の魔力に対応しきれないとなると……困りましたね。このままだと直してもまた壊れてしまう可能性が高いでしょう」

「そうですよね! 私の魔力が強すぎるばかりに……」

「聖女様、お気を落とさず。リーシャ様、何か解決策は無いのでしょうか」


 しゅんと凹んだような演技をするミレニアにヨハンはそっと寄りそうとリーシャに解決策を求める。そんな茶番をリーシャは冷めた目で見ていた。報酬が良いから良い物の、これが個人依頼で無ければ帰っているところだ。


「どこまで対処を希望されるのかによりますね。石を直すだけならば簡単なのですが、聖女様の魔力量に合わせて調整するとなると魔道具技師の手配をしなければなりませんし。代々大切にされている法具のようなのであまり杖そのものに手を加えたくないとなれば魔力の出力を下げる魔道具を身に着けて頂くのが手っ取り早いかと存じます」

「おお、そんな方法もあるのですね」

「はい。魔力の出力を下げれば水晶への負担も減って壊れにくくなるはずです。それくらいの魔道具ならばここら辺の魔道具屋で調達できると思いますよ」

「いかがなさいますか、ミレニア様」

「え、えっと……」


 まさか直ってしまうだけでなく代替案まで出てくるとは思わなかったのだろう。平静を装っているつもりのようだが狼狽しているのが目に見えている。


「出入りの魔道具屋があればそこに頼むのが一番ですし、無いようでしたら組合を通してこちらから手配致しますが」

「……まずは杖を直して頂いて、もう一度使ってみてから考えても良いでしょうか」

「……承知致しました」


 ミレニアの申し出にリーシャは作り笑顔で答える。解決策があるというのにそれを蹴るのは不自然だ。


(杖を直すのは時間稼ぎかな)


 直してもまた壊れるだろうと言っているのにそれを推し進めるのは、「また壊れてしまいました」と言って時間を稼ぐ口実だろうとリーシャは推察した。こちらとしては二度報酬を貰えるので断る理由がないが、壊す前提で直さなけらばならないのは気持ちが良い物ではない。


(ともあれ、依頼主が直せと言うのならば直さないと)


 革袋に入っている欠片を机の上に広げる。砕け散った破片を集めた物なのでまずはこれを使って修復をし、足りない分を他の素材で補うことにした。


「では、修復を始めますね」


 固唾を飲んで見守るヨハンと若干顔色の悪いミレニアを前に「言葉」を唱えると、机の上に広げられた欠片が淡い光を帯びて液体のように溶ける。そして壊れた水晶玉に吸い寄せられていき、あっという間にひび割れや欠損箇所が埋められていった。


「おお! 素晴らしい……!」


 金色の光に包まれながら修復されていく法具を眺めながらヨハンが呟く。まさに魔法、まさに奇跡と言っても憚らない光景だ。


(何度見ても美しい)


 リーシャの後ろで作業を眺めていたオスカーは心の中で呟いた。魔法そのものは勿論、光に照らされるリーシャの横顔が美しくてつい毎回見入ってしまうのだ。本人に言うと怒られそうなので見ているのがバレないようにこっそりと眺める。それがオスカーの秘かな楽しみでもあった。


「やっぱり少し足りませんね」


 修復を終えたリーシャが不満げに言う。砕け散った欠片を全て集めるのは困難だ。拾いきれなかった分どうしても「欠け」が出る。


「同じ産地の水晶があればそれで直したい所ですが……」

「それでしたら」


 ヨハンは懐から小さな革袋を取り出すと、その中から水晶の結晶を出して見せた。


「こちらをお使いください」

「ヨハン、良いのですか?」


 その水晶を見たミレニアが慌てた様子で声を掛ける。


「はい。私にとってこれは大切な『お守り』ですが、これで聖女様の法具を直せるのならば本望です」

「ヨハン……」

「この水晶は法具の水晶と同じ場所で採れたものだと聞いております。どうぞ使ってください」


 ヨハンから水晶を受け取ると同じ手法で修復をする。丁度ぴったりの量だったらしく、法具の水晶は元通りになった。


「これで修復は完了です。お確かめ下さい」


 ヨハンは手袋をはめて法具を手に持つと損傷個所がきちんと修復されているかを確認し、「綺麗に直して頂いてありがとうございます」と頭を下げた。


「いえ、元々傷が少ない美しい水晶玉だったようなので」


 衝撃が加わっていなかった部分の透明度とまったくと言って良いほど傷が無い質の高さから「破損していた部分も同じような状態だっただろう」と推測して修復したのだ。


「これほどの大きさの玉で傷一つ無いとは。素晴らしいの一言です。水晶と言えば昔はさほど珍しくはない石でしたが今は他の宝石と同様に採れなくなりつつありますから、これからも大事になさってくださいね」

「ありがとうございます」


 無事に直った法具を前にホッとした様子のヨハンとは対照的にミレニアは青い顔をして押し黙っている。リーシャが目線を送ると気まずそうな顔をして俯いた。


「では、失礼します。お祭りの日までは滞在する予定ですので、また何かありましたらお声掛けください」

「分かりました。本当にありがとうございました」


 依頼書に判を貰い聖堂を後にする。


「この依頼、これで終わると思いますか?」

「……まだ一波乱ありそうな気がするな」


 オスカーですらも気づく位にミレニアの様子はおかしかった。「生誕祭」までにもう一波乱ありそうな気配にリーシャはため息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る