聖女の依頼
「こんにちは。宝石修復師組合からの紹介で参りました」
大聖堂の入口で手紙を見せると位の高そうな立派な服を来た司教がやってきた。
「ようこそおいで下さいました。大聖堂の管理を任されておりますヨハンと申します」
「宝石修復師のリーシャです。こちらは護衛のオスカー。ご依頼は杖の修復と伺っているのですが……」
「あっ! その件はちょっと……応接室の方へどうぞ」
司教は何やら慌てた様子でリーシャの話を遮ると二人を聖堂の奥にある応接室へと案内する。
(……訳ありか?)
その態度に「何かある」と感じたリーシャはオスカーにちらりと目くばせをした。「念の為警戒せよ」ということだ。礼拝堂の丁度裏手にあたる場所に応接室はあった。貴族や王族の対応も出来そうな豪華なつくりをしている。
二人をソファーに案内するとヨハンは対面に腰をかけ、部下に「杖」を持って来るよう指示をした。
「……で、杖が壊れてしまったということで宜しいのでしょうか」
「はい。実は杖が壊れたことは信者の皆様には内密しておりまして……。何せ『始まりの聖女様』が使われていた聖遺物ですから、それが壊れたとなると……そのー……」
「外聞が悪いと」
「……はい」
ヨハンはバツが悪そうに俯くと「ですから、この件はご内密に」と小さく呟いた。
「分かりました」
リーシャが了承するとヨハンはほっとしたような表情を浮かべる。宗教のことは良く分からないが、それが「壊れた」となると余程都合が悪い物なのだろう。
「失礼致します」
杖を取りに行っていた司祭が戻ってきたようだ。二人係で立派な装飾がなされた大きな箱を運んでいる。それをローテーブルの上に置き蓋を開けると中から巨大な水晶玉がついた法具が現れた。
「これは……随分と派手に壊しましたね」
水晶玉を見たリーシャの顔が歪む。まるで何か硬い物に打ち付けたかのような打痕がはっきりと見てとれ、衝撃で大きく欠損した水晶玉には細かなヒビがいくつも入っている。砕け散った欠片は革袋に一纏めにされて法具の横に収納されていた。
「床に落としてしまったとか?」
「いえ、聖女様の魔力が強すぎて杖が耐えきれなかったのです」
(……そうは見えないけど)
悲し気に話すヨハンにリーシャは苦笑いする。今までいくつもヨハンが言うような「魔法に耐えられなかった」魔道具を見てきたが、まずこんな損傷の仕方はしない。これは明らかに「強い力で何かに打ち付けて」出来た損傷だ。
「なるほど。一体どのような状況でこうなってしまったのでしょうか」
「今度行われる『生誕祭』に向けて聖女様が儀式の練習をなさっていた際に壊れたと聞いております」
「聞いております……ということは実際にその場を見た人は居ないと」
「はい。『集中したいので一人にするように』と聖女様から仰せつかっておりましたので」
(ということは、法具を打ち砕いたのはほぼ間違いなく聖女本人なのでは)
そう指摘したい気持ちをぐっと堪えて「どうするべきか」と考える。もしも故意に壊したのであれば修復したとしてもまた壊される恐れがある。「直す」ことが仕事である以上、それはリーシャの望むところではない。
「状況確認をしたいので聖女様にお会いすることは可能でしょうか。もしも聖女様の魔力に法具が耐えられないのであれば法具自体の調整も必要になる可能性がありますので」
「分かりました。少々お待ちください」
こうなっては聖女本人に聞いてみるよりほかはない。正直に話してくれるとは思えないが。
「オスカー、この壊れ方どう思います?」
「正直、最初にリーシャが言ったように床に落としたようにしか見えないが」
「……ですよね。私が見て来た限り、魔法に耐えられなかった石はこんな壊れ方はしないんです。内部からひび割れが起こる感じで……。ほら、あの魅了の杖だってそうだったでしょう?」
オスカーの母国を脅かした「魅了魔法の杖」も強い魔法を何度もかけつづけたことによって「魔石疲労」を起こしていた。思い返せば確かにぱっと見た時には損傷個所が分からず、灯りで照らしてみて初めて内部に傷があることが分かるような状態だった。一部が丸々砕け散っている法具とは明らかに状況が異なる。
「確かにそうだったな。ではなぜそんな『嘘』を吐いているんだ?」
「さあ。もしかしたら思っていた以上に『面倒な依頼』かもしれません」
「これだから『教会』関連の仕事は受けたくなかったんだ」と思っても後の祭りだ。莫大な報酬で仕事を引き受けた以上顧客に満足をしてもらう仕事をする。それが宝石修復師としての矜持だった。
「お待たせいたしました」
聖女を呼びに行っていたヨハンが戻ってきた。後ろには真っ白な衣装に真っ白なベールを纏った少女が立っている。
「聖女様、こちらが宝石修復師とその護衛の方です」
「初めまして。聖女を務めさせて頂いておりますミレニアです」
「お目にかかれて光栄です。宝石修復師組合のリーシャと申します。こちらは護衛のオスカーです。早速ですが、法具が壊れた際の状況をお聞きしても宜しいでしょうか」
「……分かりました」
ミレニアはリーシャとオスカーの対面に腰を掛けるとその日何があったのかを語り始めた。
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