濡れ衣
「……はぁ? どういうことですか?」
「ですから、昨日の依頼主様から苦情が来ておりまして……」
翌日、組合の窓口でリーシャは驚愕の事実を知った。なんと「昨日の修復に不備があった」と苦情が寄せられているというのだ。
「修復はきちんと行われていると依頼人にも確認をして頂いたのですが」
「しかし、『魔道具が起動しないから修復に不備があったのでは』とおっしゃっておりまして……」
「石を直したのですから魔道具が起動しないのは魔道具自身の問題なのでは? 少なくとも宝石修復師の仕事ではないはずです」
「そう…ですよねぇ。こちらとしてもリーシャさんの業績を拝見してもそのようなミスが起こるとは思えなくて、そう説明をしたのですが……」
「納得しないと?」
「はい。『動くようにしろ』との一点張りで」
「……なるほど」
リーシャは怒りに震えながら職員に別室で話があると告げ、昨夜の出来事を話した。職員は驚き「そんなことが……」「困りました」と言いながら冷や汗をかいている。それはそうだ。聖都の住人の大半は教会の信徒で、「聖女が魔法を使えない」などという話は俄かには信じられないのだろう。
「私としては、このような難癖を付けられて経歴に傷がつくのは大変困ります」
この件について譲れないのは、このままだと「苦情を受けた宝石修復師」だという履歴が残ってしまうことだ。宝石修復師は信用第一。泥を塗られたままだとこれからの仕事に支障が出かねない。
「しかし、苦情を受けた以上組合としては対応しなければならないので……」
職員は今にも泣きそうな声で呟く。他でもない「教会」、しかも「聖女」直々の苦情だ。中立を謳ってはいるものの立場上それが難しいことはリーシャにも分かる。
「つまり、自分で汚名返上するしかないということですね」
リーシャが冷たく言うと職員は小さく頷いた。
「はぁ……。分かりました。では今から『教会』へ行って来ます。苦情の内容を紙に認めて頂けますか」
苦情の内容はこうだ。
『昨日修復した魔道具が起動しない。修復した水晶に見えない傷や欠けが残っているのではないか。「生誕祭」までに杖を使えるようにして貰わなければ困る。そちらの不備ではないか』
おおまかにこのような内容だった。眉間に皺をよせ「鬼」のような顔で「苦情」が書かれた紙を眺めるリーシャにオスカーは何と声を掛けてやれば良いのか分からずにいた。昨日の今日でこれである。リーシャの怒りは最早息抜きでどうこう出来るものではない。
「虚偽の内容で苦情を入れ、私の名前に傷をつけるとは」
低く落ち着いた声でリーシャは呟く。きっと聖女はそれがリーシャにどのような影響を与えるのかなど考えていないのだろう。「聖女が苦情を入れれば対応せざるを得ない」と軽い考えで手紙を寄越したのかもしれない。
しかしその「軽い考え」はリーシャの誇りに深い傷をつけた。仕事には人一倍気を払い、顧客に満足をしてもらえるよう細心の注意を払って来た。宝石修復師をしているのは祖母の形見を見つけるためだが、それだけではなく祖母から受け継いだ宝石修復師という仕事に誇りを持っていた。お陰で今まで一件の苦情も無く「腕の良い宝石修復師」として名を馳せ、個人の依頼もひっきりなしに訪れるほどになったのである。
「苦情」が入った、という事実は組合の記録に残る。一生ものである。情報は依頼人や組合職員に開示されるため、もしも取り消すことが出来なければ一生「苦情を受けた修復師」として生きていくことになる。それがリーシャにはたまらなく苦痛であり、「虚偽の報告」によって烙印を押されたことは絶対に許せないことだった。
「教会へ行きます」
苦情の手紙を懐に入れ、オスカーを伴い教会へ向かう。手紙を読むまで心の隅に一滴ほどあった「かわいそう」という同情の気持ちは綺麗さっぱり吹き飛んでしまった。「聖女」がどんな不利益をこうむろうとも容赦はしない。絶対に「嘘を吐いた」と自白させようと心の中で固く誓った。
◆
大聖堂へ到着し、ヨハンに取り次いでもらう。「苦情の件出来ました」と言うと司祭が慌てて二人を応接室へ案内した。程なくやってきたヨハンは申し訳なさそうな顔をして「ご足労いただきありがとうございます」と頭を下げる。
(ヨハンさんは気づいている)
リーシャはその態度を見て察した。先日の修復に不備は無かった。今回の件もリーシャに落ち度はないとヨハンは気づいているのだと。
「このような苦情を頂いたようなのですが」
リーシャが要点を書いた紙を見せるとヨハンは「申し訳ございません」と再び頭を下げた。
「昨夜ミレニア様が法具をお使いになられた際に魔法が発動しなかったようで、『まだ直っていないのではないか』とおっしゃられまして……」
「修復されているかどうかはヨハンさんに確認して頂いたはずですが」
「はい。私もそう申し上げたのですが」
「納得しないと」
「……はい」
「では、もう一度法具を見せて頂けますか?」
そこまで言われては仕方がない。再び法具を持って来てもらい点検をすることにした。
「やはり、目立った傷や欠けは見当たりませんね」
法具の水晶を様々な角度から観察するが、魔法の使用に支障が出そうな傷は見当たらない。むしろ細かな傷一つ見当たらず、リーシャの修復が「完璧」であったのが良く分かる。
「動作確認をしたいのですが、魔力を通しても宜しいでしょうか」
「一応聖女様以外の人間が使ってはいけないことになっているのですが……」
「本当に動かないのか確認させて頂くだけですので」
「……分かりました」
負い目を感じているのか、リーシャが語気を強めるとヨハンは首を縦に振った。何でもこの「杖」は「始まりの聖女」のために作られた物であり、代々聖女にのみ使用が許されてきたのだという。そのため司教や司祭は一度も杖を使ったことが無く、定期点検も「杖を作った工房」が代々行っているので動作確認をどうしているのか全く分からないのだそうだ。
「よいしょ」
傷つけないように手袋をして法具を手にする。大きな水晶玉に加えて豪華な装飾を施された杖はずっしりと重い。それを手で支えるようにして持ち、基本的な風魔法で動くかどうか試すことにした。
「風よ、汝の姿を示し給え」
リーシャが「言葉」を唱えるとリーシャの周辺に風が渦を巻き優しく吹き上がる。
(これは……)
杖を使った瞬間、リーシャはあることに気が付いた。一般的な魔道具とは違う、「仕事道具」を使った時に似た感覚を覚えたのだ。
「この通り、杖自体に問題は無いみたいですね」
杖を箱に収めてヨハンにそう告げると不思議そうな顔をしてヨハンは首を傾げた。ではなぜ聖女が法具を使うと魔法が発動しないのか。そんな顔をしている。
「念の為、法具自体の点検をしてもらった方が良いかもしれませんね。先ほどお話されていた『法具を作った工房』へ連絡をして頂いても宜しいでしょうか」
「勿論です」
法具の整備をしているという工房へ連絡を入れ、異常がないか点検をしてもらうことにした。これで法具に異常がないと分かれば聖女が「嘘」を吐いているという証拠の一つになる。
(いきなり『聖女が嘘を吐いている』と言っても信用されなさそうだからな)
組合職員の反応を見ても明らかだ。教会のトップである聖女の影響力は凄まじい。教会の「顔」である聖女はこの聖都では特に強い権力を持っている。その聖女と一介の宝石修復師であるリーシャのどちらを信用するかと聞けば、答えは明白だろう。まず「嘘」を打ち破るにはその信用を傾けるほどの証拠が必要なのだ。
(まぁ、確たる証拠はもう掴んでいるけど)
実はリーシャの手中には確たる証拠があった。念の為に起動しておいたとある魔道具、それを見せれば言い逃れは出来ないだろう。しかしただそれを見せるよりも周囲の人間が「聖女が言っている事はおかしい」と思うような状況を作ってからの方がより効果的だと考えたのだ。そのためにはまず、「法具は正常である」という証拠が欲しい。
「工房で点検をしている間に調べ物をしたいのですがどこか資料や本を拝見出来る場所はありますか?」
「それでしたら資料室をお使いください。聖堂の横にある建物で誰でも使えるよう開放しておりますので」
「分かりました。ありがとうございます」
工房で点検をしてもらっている間、リーシャは聖女と法具について調べることにした。法具を使った時に感じた違和感が正しいものであるかどうか確かめたかったのだ。
「オスカー、私は今から資料室へ籠ります。その間自由にして頂いて構いませんよ。夜に宿で落ち合いましょう」
「分かった」
大聖堂の前でオスカーと別れ、隣接する建物にある資料室へ向かう。ヨハンの言う通り開放されており、誰でも自由に教会が所有する資料を閲覧できるようになっていた。
「……さて、何から見ていこうかな」
高い天井まで届く大きな書架を眺めながら一体何から手を付けて良いものかと思案するリーシャだった。
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