ヴィクトール・ウィナー
赤と金を基調とした豪華なダイニングルーム、帝国の郊外にある離宮の一室にリーシャとオスカーの姿があった。赤いテーブルクロスが敷かれたダイニングテーブルを挟んで向かい側に座るのは壮年の「強運皇帝」ヴィクトール・ウィナーその人である。
リーシャの予想通り、二人を載せた飛行船はウィリアム・ウィナーの母国である「偉大なる帝国」に降り立った。飛行船は小さな離宮にある係留柱へ繋がれ、降り立った二人を出迎えたのがウィリアムの兄であり現皇帝であるヴィクトールだったのだ。
「お口に合わないかな」
ヴィクトールは目の前に並べられた料理を前に押し黙っているリーシャとオスカーに微笑みかける。
(羊肉のスープに魚の煮つけ。帝国の料理ではなく私とオスカーの郷土料理を出して来るなんて意地の悪い人だ)
「いえ、そんなことは。いただきます」
ニコリと笑みを返すとリーシャは魚の煮つけを口に運ぶ。甘辛い白身魚の身が口の中でほろりと解ける。
(懐かしい。何十年ぶりだろうか)
恐ろしいほどの「再現度」だ。オスカーもスープを口にして驚きの表情を浮かべている。リーシャのこともオスカーのことも「調べがついている」と、こんな形で脅すなんて意地が悪い人だとリーシャは思った。
「弟が迷惑をかけて済まなかったね。そのお詫びをしたいと思って……少し強引な手段だったのは謝ろう。こうでもしないと来て貰えないと思ってね」
「ウィリアム・ウィナーは皇帝陛下のご兄弟だったのですね」
「ああ。兄弟と言っても、異父兄弟だけどね」
「異父? ということは、彼は……」
「母と愛人との間の子さ。私の父である先代の皇帝は少しばかり妻が多くてね。滅多に会いに来ない罪滅ぼしに、子を儲けた後の側室たちの色恋には目をつぶっているのさ」
先代皇帝は好色家として有名で、気に入った女を側室として迎え入れて離宮に囲うのが趣味だった。この男の難儀な所は飽き性なところで、囲って数年経つと自分の子を産んだ側室にすら飽きてしまい滅多なことが無い限り離宮に寄りつかなくなってしまう。
国内にはそんな「お渡りがない」離宮が数多く存在しており、皇帝自身も負い目があるのか側室の色恋を黙認していたのだそうだ。
「……そんなことをしていたら誰が皇帝の子か分からなくなってしまうのでは?」
オスカーが尋ねるとヴィクトールは苦笑した。
「そうだね。皆同じように心配した結果、跡を継げるのは『本妻』の子だけ。もしも本妻に子が出来なければ側室の第一子のみが継承権を得る。そう定めたんだ」
「側室の第一子?」
「側室の第一子だけは『確実』に皇帝の子。そういう自負があったのだろうね」
第一子は側室として迎え入れてから「飽きる」までの数年の間に生まれる。それ故に皇帝自身が「自分の子である」と主張し、周囲もそれを受け入れざるを得なかったらしい。実際はどうであるかは知らないが、「お気に入り」の子が出来た際の保険なのだとヴィクトールは言った。
「そういう訳で、ウィリアムは父違いの兄弟なんだ」
「なるほど。……ということは、つかぬ事を伺いますが皇帝陛下は……」
「ああ、私も側室の子だよ。強運なんだ。側室の子でありながら皇帝の地位につけるなんて。星の巡りが良いという奴かな」
皇帝が倒れそうだと噂が出回った時、皇帝には正妻と5人の子供がいた。うち二人は女子で残りの三人は男子。継承権を持つ男子三人が居たにも関わらず、巡り巡って皇帝の座を手にしたのは離宮で暮らしていたヴィクトール・ウィナーだった。彼が「強運皇帝」と呼ばれるのはそのためである。
「異父兄弟ではあるけれど、一応は家族だからね。自分もチャンスが欲しいと意気込んでいたから任せてみたらこの様さ。君たちにも迷惑をかけてしまい申し訳なかった」
頭を下げる皇帝にリーシャは眉一つ動かさなかったがオスカーは動揺を隠せなかった。大国の皇帝が自分に向かって頭を下げている。それがどんな意味を持つのか良く理解していたからだ。
「今回の出来事は皇帝陛下が指示をされた訳ではないということでしょうか」
リーシャは「分かりました」とも「頭を上げて下さい」とも言わずにそう返した。
「言っただろう。彼に任せてみたらこの様だと。ウィリアムは落ち込んでいるようだけど、私としてはどちらでも良かったんだ」
「……と言うと?」
「そう。元から彼の『失敗』も『成功』も計算の内には入れていないからね。当たればラッキー程度のものさ」
つまりヴィクトールにとってウィリアムの「作戦」初めから無きに等しい物だったと。当てにしていないからそれが失敗に終わっても何ら支障のない物だと言うことだった。
「とても張り切っていたから『頑張るように』とは言ったものの、泣きっ面を下げて転がり込んでくるとは思わなかったよ」
(ああ、表彰式で彼の姿が見えなかったのは皇帝陛下に泣きつくためだったのか。失敗した言い訳をしに急いで戻ったんだろうな)
「なるほど」とリーシャは腑に落ちたような顔をする。その当の本人の姿が見えないのを見ると無事では無さそうだが。
「もう少し『使える』男だと思ったんだけど、迷惑をかけてすまないね」
「いえ、構いません。私はルビーが欲しかっただけなので。それが手に入った以上咎める気も関わる気もありません」
リーシャの回答にヴィクトールは柔らかい笑みを浮かべる。ルビーを渡せと言われたら困るなと思っていたが、どうやら相手にそのつもりはないらしい。
(掴みどころのない人だ)
圧迫感がある訳でもなく「皇帝」だと権威を笠に着ている訳でもない。柔和な笑みと硬すぎない言葉には親しみすら覚える。しかし決して「盆暗」ではなく、むしろとても頭の切れる冷たい男だという直感があった。
「今日はもう遅い。泊っていくと良い」
食事を終えた後、ヴィクトールはそう言い残してダイニングルームを後にした。
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