叔父の行方
「リーシャ様はこちらのお部屋に。オスカー様はそのお隣のお部屋をご用意しております」
自らの命を狙った男の祖国、「敵地」と言って等しい地で宿泊するのは気が引けるが仕方がない。「防御魔法の魔道具を忘れずに」とオスカーに忠告をしてリーシャは用意された部屋へ足を踏み入れた。
「これは……また凄い部屋だな」
客人用の部屋にしては広すぎる、豪華な調度品が並ぶ紫色を基調とした可愛らしい部屋だ。大きな天蓋付きのベッドに煌びやかな装飾がなされた鏡台、その横には立派な作りの棚が置かれている。
(この香り、ラベンダー?)
ラベンダーの香りはベッドの上に置いてあるポプリから漂っているようだ。紫色に金の糸で刺繍を施したサシェにたっぷりとラベンダーを詰めた可愛らしいポプリだ。
(この部屋、一体誰の部屋なんだろう)
明らかに誰かが使っていた部屋、それも身分の高い女性の部屋であることは間違いない。それこそ絵本に出てくる「お姫様の部屋」のような豪華さだ。
トランクをベッドの横に置いて部屋を探索する。豪華な飾りが施された鏡台をよく見るとラベンダーを模した装飾がなされていることに気がついた。
(この部屋の主は余程ラベンダーが好きらしい)
ラベンダー模様を取り入れた特注の鏡台を作るなんて筋金入りだ。その鏡台の引き出しを開けるといくつか装飾品が入っていた。どれも質の良い宝石を使った高価な装飾品ばかりだ。その中でリーシャの目に留まったのは美しい細工を施した木箱である。ひと際厳重に、大事そうに置かれているそれに惹かれて思わず手に取った。
「かんざし?」
木箱の蓋を取ると中には柔らかい布に包まれたかんざしが入っていた。平打のかんざしで装飾部には紫色の石でラベンダーを象ったカメオが留められている。
「ラベンダー翡翠か。また凝った物を」
翡翠と言えば緑色の石を思い浮かべる人が多いだろう。しかし実は薄い紫色の翡翠も存在し、しばしばその色をラベンダーに準えて「ラベンダー翡翠」と呼ばれることがある。
金の縁で留められたラベンダー翡翠のかんざしはシンプルながらも上品な雰囲気を纏っている。入れられていた箱の美しい装飾を見ると余程大事な物なのだろう。
(あれ?)
リーシャはそのかんざしに既視感を覚えた。
(どこかで似たような物を見たような)
そんな気がして良く考えてみると、一つだけ思い当たることがあった。貴重品用の収納鞄から螺鈿細工が施された箱を取り出す。オスカーの母に貰った珊瑚のかんざしである。
「やっぱり似ている」
二つのかんざしを並べてリーシャは唸った。宝石を加工して作った「花の彫刻」を留めたかんざし。そして凝った作りの美しい箱。偶然と言えば偶然かもしれないが、切っても切れない何かがそこにあるような気がした。
トントン、と扉が叩かれリーシャは慌ててかんざしを箱に入れて元の場所に戻す。
「リーシャ、まだ起きているかい?」
扉の外から聞こえてきたのはヴィクトールの声だ。
「はい。起きていますが」
「良かった。少し話がしたい。お茶でもどうかな」
「……こんな夜更けに、ですか?」
夜中に女性の部屋を尋ねるなんて不審者以外の何物でもない。不審がるリーシャにヴィクトールは「明日発つんだろう」と声を掛けた。そうだ。出来るだけ早くこの国を出たい。そのはずなのに何故か「もう少しだけ居ても良いかも」と思ってしまう自分がいることに気づいたリーシャは戸惑った。
(何故だろう。この人ならば大丈夫と思ってしまう)
柔和な態度に気を許したのか? いや、それとはまた別の……。渋々扉を開くとティーセットを持ったヴィクトールが立っていた。ふんわりと紅茶の良い香りが漂っている。
「入っても良いかな」
「……どうぞ」
隣室にいるはずのオスカーは起きてこない。寝入っているのだろうか。
「君と二人で話がしたかった。彼抜きでね」
「オスカーに何かしたんですか?」
「いいや。ただ安眠出来る環境を整えただけさ。疲れているだろうし今頃熟睡だろうね」
ベッドに置いてあるポプリもその一環らしい。あくまでも疲れた旅人への「気遣い」というのがヴィクトールの言い分だ。
「で、わざわざこんな夜這い紛いのことをしてまで話したいこととは?」
立派な庭園が見える開放的なテラスに場所を移し、リーシャは少し棘のある言葉を投げかける。ヴィクトールはカップに紅茶を注ぎムッとした顔をしているリーシャに手渡した。
「この国に長期滞在する気はないかい?」
「引き抜きですか?」
「うん。まぁ、そんなところかな。『仕事』ならこれから山ほど出来る。給料だって悪くはないよ」
「やっぱり……陛下は『冠の国』と戦争をするおつもりなのですか」
「ヴィクターで良いよ」
リーシャの言葉には答えずヴィクトールは紅茶を啜る。大量輸入している『質の悪い』ルビー、これからどんどん増える仕事と言ったら大体の想像はつく。軍需だ。
「申し訳ないのですが、急ぎの旅ですので」
「おばあ様の遺品を探しているんだっけ?」
「……どこでそれを?」
「情報という物は思いもよらないところから湧いてくるものだよ」
そう言ってヴィクトールは机の上に「蒐集物」のリストを並べる。
(リストの複製品……)
「複製品」には心当たりがあった。近い所で言えば商会の奥方に渡したのが記憶に新しい。過去にも「探してみる」と申し出てくれた人にはその都度渡している。皆身分の高い依頼主だった。横や縦の繋がりで巡り巡ってヴィクトールの手に渡ったのだろうと想像出来た。
「確かに例のルビーはこれに載っているね。見つかっていないのは……」
「……どうぞ」
リーシャが手持ちのリストを見せるとヴィクトールは一つ一つ丁寧に「見つかった印」を書き写していく。大分埋まっては来ているものの、見つかっていないものもまだまだ多いのが実情だ。
「ありがとう。なるほど、結構先は長そうだね」
「ええ。何しろ手がかりが全くない状態ですから」
「そうか。ふむ……」
ヴィクトールはリストを眺めながら何やら考える仕草を見せる。
「もしも全て揃えて見せたら私と結婚してくれるかな」
突拍子もない言葉だった。しかしリーシャは動じることなく「不可能です」と返すのだった。
「そうかな。自分で言うのは恥ずかしいが、運の良さにかけては人一倍でね。探そうと思えば見つかるような気もするが」
「……確かに陛下ならば可能かもしれませんね。しかし、その代価として『結婚』を所望されましても私には『先約』がありますのでお答えすることは出来ません」
「それは隣室で熟睡している彼のことかな」
「はい。陛下は勘違いされていらっしゃるようですが、先に『予約票』を付けたのは私ですから」
「なんと」
驚きに満ちた顔をするヴィクトールにリーシャは不敵な笑みを見せた。指輪が既婚を示す国の男に指輪を嵌めさせた。それを「知らなかった」ととぼけるほど不義理ではない。
「そうか。残念だな。予約が取り消しになったら教えてくれ。キャンセル待ちの先頭に名前を記しておこう」
「……頭の隅でも置いておきます」
「それはそれとして、これも縁だ。探し物の手伝い位はさせてくれ」
「ありがとうございます」
ヴィクトールの情報収集能力には目を見張る物がある。「蒐集物」探しに協力をしてくれるというのならば断わる理由は無いだろう。
「あと、実はもう一つお願いしたいことがあるのですが」
「ん?」
「長年探している人物が居まして」
リーシャは鞄から一枚の擦り切れた写真を取り出す。
「『蒐集物』を盗んで売り払った張本人、私の叔父です」
「なるほど、この写真の人物が」
「はい。随分昔の写真なので当てにならないかもしれませんが……生きていれば80代の老人になっているはずです」
「分かった。探してみよう」
「ありがとうございます。見つけて頂いた場合、お礼をさせて頂きますね」
「出来るだけ『生きた状態』で渡せるよう善処しよう」
「はい。そうして頂けると助かります」
祖母の遺品を盗み出した叔父は葬儀の日以来行方不明だ。もしかしたらまだいくつかは手元に残しているかもしれないし、口を割らせれば売却先も聞き出せるかもしれない。蒐集物を探すのと並行して叔父の行方を探してはいる物の一向に手がかりを掴めずに捜索は難航していた。
生きていてももう80を超える老人だ。耄碌していたらそこで終わりだが、このまま逃げ切られるのも腹が立つ。これは「縁」だというヴィクトールの言葉に乗る形で彼の手に委ねてみようと思ったのだ。
「では、そろそろ失礼するよ。夜遅くにすまなかったね」
「いえ、大変有意義な時間を過ごさせて頂きました。おやすみなさい」
ヴィクトールが去った後、リーシャはふと「あること」を聞き忘れたことを思い出した。
(あのかんざしについて聞くのを忘れてたな)
鏡台の引き出しに入れられたラベンダー翡翠のかんざし。リーシャの推測が正しければヴィクトールは……。しかし、そう考えると彼に感じた「親しみ」の正体にも納得がいく。求婚されたのは想定外だったが、蒐集物と叔父のことを頼んでも良いと思える人物だと感じた。
とはいえ、本人の口から語られない以上こちらから事情を深堀するのは失礼に当たる。オスカーにそれとなく聞いてみようかとリーシャは思案した。
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