難しい課題
「思わぬ収穫だったな」
「ええ。まさかここで
宿への帰り道、駅馬車の中でレースのチラシを眺めるリーシャ。何度見ても祖母の蒐集物に間違いない。これだけ大きなルビーの原石が二つもあるとは思えないからだ。
「にしても、どうするんだ。それを手に入れるには優勝するしか無いんだろう」
「はい。だから優勝します」
「簡単に言うが、出来るのか?」
飛行船という未知の分野。いくら良い『核』を用意したところで肝心の船体の性能が悪ければ豚に真珠だ。つまり優勝できるかは八割方オリバーとモニカの腕にかかっている。
「出来る出来ないではなくて『する』んです」
恐らく例の大企業もレースに出てくるに違いない。それを出し抜いて一番先にゴールするだけの「何か」が必要だ。
「でも、そのためにはまだ知識が足りないので明日から造船所に通って色々と飛行船について教えて頂きましょう」
「そうだな」
宿の近くの停車場に着いたので駅馬車を降りる。
(聞かれている)
駅馬車の中で感じた視線は一つや二つではない。巨大な造船所なだけあって従業員は街の至る所に居るだろう。例の大企業だけではない。他の造船所の従業員だって皆この街に住んでいるのだ。周囲の人間は皆ライバルだと思った方が良い。
(少し嫌な感じがする。治安は良さそうだけど、身辺には気を付けた方が良いかもな)
「オスカー」
リーシャが小さな声で耳打ちをするとオスカーは小さく頷いた。
「互いにあまり離れないようにしよう」
「はい。念には念を、です」
リーシャとオスカーは周囲に気を配りながら宿へと向かう。この判断が間違っていなかったことを後に二人は知ることになるのだった。
◆
翌日からリーシャはオリバーの造船所へ通いつめ、飛行船の構造や発動機の仕組みを学び始めた。オリバーの発動機に合う魔工宝石を作るならばまずは積み込む船の構造を知らなければならないと考えたのだ。
「すみません、飛行船については詳しくなくて」
「良いの! じいちゃんの為だもん」
設計図と入門書を片手にモニカの講義を受ける。レースに参加する飛行船は最大全長や形式が決まっている以外はどこをどう改造しようが自由だ。自由度が高いということは一見良いことのように見えるが、相手が何をしてくるか分からない恐ろしさがある。
(『砲』や『攻撃魔法の魔道具』だって『禁止』されている訳ではないからな。何が起こるか分からないから一応そこら辺の対策もしておかないと……)
モニカに聞いたところ、過去の開催においてそのような戦闘行為が行われたことは無いらしい。「レースでそんな物騒なことが起こるわけがないじゃん」とモニカは呆れ顔だが、賞品の件でリーシャは何か胸に引っかかるものを覚えていた。
「えっと、出場する飛行船は皆この位の大きさなんですよね?」
「うん。飛行船には二つだけ規定があって、全長は60メートル以内であること、『軟式飛行船』であることが条件づけられているの」
「軟式飛行船?」
「あー……分からないよね。説明するね」
モニカはノートに三つの飛行船の絵を描くとその下にそれぞれ「軟式飛行船」「半硬式飛行船」「硬式飛行船」という単語を記した。
「まずは『軟式飛行船』。これは今目の前にある飛行船の形式で、気球の進化版みたいなものって考えて貰えれば分かりやすいかも。ボール状の下に発動機がついたゴンドラを取り付けただけのシンプルな飛行船で、風船部分を畳めば持ち運びが簡単だから異国からの参加者が多い飛行船レースの基本機体として定められているんだ」
「遠方からの輸送を考慮しての基準だったんですね」
「そうそう。軟式飛行船は速度も遅いし飛行船を飛ばして持って来るよりは速力のある客船に積んで持ってきた方が楽だからね」
「レースをするのに速度が出ないんですか?」
「うん。まぁこれだけ小さいガス袋に下げられる重量は限られてるからね。積める発動機や燃料の重さを考えると客船には遠く及ばないんだ。そこをどう速く走らせるかが腕の見せ所かな」
「なるほど……」
(思ったよりも難しい課題かもしれない)
巨大な客船とは違いたった60メートルの小型飛行船だ。そこに積むことが出来る重量の制限についてまで頭が回っていなかった。
「じいちゃんの発動機の凄い所は従来の発動機と比べてずっと軽くて馬力があるところなんだ。『核』を使ったブーストを使わなくても従来の物より速い速度を維持出来る。単純だけど大切でしょ?」
「そうですね。積める重量が限られてくるとなると余計に」
発動機を軽くした分だけ燃料や他の装備品を多く積むことが出来る。装備品の軽量化は防御の魔道具を積みたいと思っていたリーシャにとって避けては通れない道だ。
「で、こちらの半硬式と硬式飛行船というのは?」
「んー、軟式飛行船の強化版って感じかな。より多くの物を運ぶには飛行船の巨大化が必要でしょ? でもただの風船だと重量制限だけじゃなくて形を保てる大きさにも限度があるんだよね。そこで風船部分に鉄骨を通して支えることによって巨大化しても形を保てるようにしたのが『半硬式飛行船』と『硬式飛行船』なんだ」
「ふむふむ。それは確かに『強化版』ですね」
鉄骨で支えている分下に提げられる物の重量が大幅に増加する。今首都と各地を往復している貨客船は全て巨大な「硬式飛行船」なのだそうだ。小人数しか乗せられない軟式飛行船は今回のようなレースや小さな村への移動などが中心らしい。
「この位の大きさでも鉄骨を入れられればそれなりに装備を整えやすそうですが、軟式飛行船という縛りがありますからね」
「そこがミソなんだよね。鉄骨が入ってないからガス袋が変形しやすいからあまり過度に負荷をかけられないし」
「発動機のパワーがあれば良いという訳ではないんですね」
つまり飛行船そのもの力には上限がある。
(じゃあ飛行船以外のところで補助をしてあげればいい)
レースに関する条件は「軟式飛行船」であることと「全長60メートル以下であること」だ。つまりそれ以外の物については一切規制がされていない。例えば、飛行船の速力を助ける風魔法の魔道具を搭載出来たら……。
「で、結局発動機の魔工宝石はどうするの?」
「そうですね……」
パワーが必要無いならば今の状態は「過剰」だ。
「魔法と宝石には相性があるのはご存知ですか?」
「ルビーが熱に強いってやつ?」
「はい。宝石の性質と宝石が持つ『色』が魔法との相性を決めると言われています。ルビーは熱に強い上に火の魔法と相性の良い『赤い色』をしています。だから工業系の『核』に良く使われていて。でもそのルビーの耐性を上回る性能をこの発動機は持っているんですよね」
取り外されたルビーを眺めながらリーシャは考える。レースまでは約二週間。あまり時間はない。
「ルビーの質は悪くないんです。むしろ質が良いから発動機の性能をフルに活かしてしまってルビーに負荷がかかってしまっているんだと思います。なので、少し性能は落ちてしまいますがその負荷を減らせるような改造をしてみようかと」
「えっ! それじゃあせっかくの発動機の性能が活かせないんじゃ……」
「現状、二週間で発動機を支えられる魔工宝石を入手するのはほぼ不可能ですから。その分は他でカバーをします。悪いようにはならない……はずです」
何にせよ宝石には詳しいが飛行船に関しては素人だ。まずは作ってみてそれが上手く作用するかオリバーやモニカと相談しながら仕様を詰めていくしかない。
「とりあえずやれることからやって行きましょう」
黒くくすんだルビーを見て唸る。大体の構想は決まっている。あとは事が上手く運べばいいのだが。
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