穏やかではない事情
「例の企業について調べたぞ」
或る晩、リーシャの部屋にオスカーの姿があった。部屋には念の為防音魔法がかけてあり、外に話し声が漏れないようになっている。ここ数日、リーシャが造船所へ通っている間にオスカーはオリバーが話していた外国からやってきたという新興企業について調べていたのだ。
「で、どうでしたか?」
「うむ。会社名は『ウィナー公船会社』。親会社は隣国の船会社で、飛行船事業を始める為に十年前に『冠の国』で事業所を開いたらしい。最初は小さな造船所だったが周囲の造船所を次々に買収して土地を拡大し、あっという間に船渠をいくつも構える大工場へ変化したそうだ」
オスカーは工業エリアの地図を机に広げる。造船所がほとんどを占める工業エリアの西側に「ウィナー公船会社」という文字がでかでかと躍っていた。
「こんなに大きな土地を十年間で? そんなに資金力のある会社なんですか?」
「ああ。どうやら隣国の国営会社らしい」
「国営?」
「それがどうも怪しくてな」
現在「冠の国」は主産業であった鉱山が枯れ、造船所での修理と生産が国を支えていると言っても過言ではない状況である。貴重な食い扶持である国外輸出の大部分をあっさりと隣国に明け渡すのも妙な話で、そもそも隣国の国営企業の大工場が堂々と稼働しているのもおかしな話だとオスカーは言った。
「これでは隣国へ国の利益を垂れ流しているような物ではないか」
「そうですね……」
実際、仕事を取られた国内企業は経営が傾き廃業する造船業も後を絶たないという。そんな状況で何故、国内企業へ支援をするのではなくわざわざ隣国の国営企業を誘致したのだろうか。
「オスカー、引き続きこの会社について調べて頂けますか?」
「分かった。そっちはどうだ?」
「まだ何とも言えませんが、数日中に試作に入る予定です」
「目途が立ったのか」
「ええ。なんとなくですが……。こればかりはやってみないと何とも言えませんね。材料を揃えなければならないので明日は鉱山やギルドに足を運ぼうと思っています」
限られた時間で材料を得るには組合のストックを頼るか鉱山で直接入手するしかない。枯れかけているとはいえ産出地なのだ。宝石や原石を扱っている店の一軒や二軒あるだろう。
「そうか。しばらく別行動になるが、気を付けてくれ。なんだか雲行きが怪しいからな」
「はい。オスカーもお気をつけて」
「ああ」
「偽りのルビー」に加えて「国営企業」の件を鑑みると飛行船レースの裏側には穏やかではない事情が隠れているように思える。その渦中へ突っ込んでいくならば自分たちの身の安全についても十分注意を払わなければならないだろう。
(
オスカーが認めた報告書を眺めながら「どうしたものか」と悩むリーシャだった。
◆
「冠の国」は鉱山で栄えた国である。国土のほとんどが山で覆われ、鉱山の採掘のために小さな集落を切り開いたのが国の始まりと言われている。小さい国ながら豊富な資源を貯え、周囲の山で採掘をしながら徐々に山を切り崩し土地を平らげて出来たのが現在の首都である。よって、首都の周囲にはいくつか鉱山が点在しており、そのほとんどが廃鉱山となった今でもわずかに現役の鉱山が残っているという噂があった。
(ずっと行ってみたかったんだよね。現役の鉱山)
リーシャは長い旅の中でもなかなか巡り合うことの出来なかった稼働している鉱山の存在に胸を高鳴らせる。「冠の国」の依頼を受けたのもこれが理由の一つだった。
宝石修復師組合の窓口で聞いたところによると確かに稼働している鉱山は実在しているらしい。
「ただ、やはり産出量は最盛期と比べるとかなり減少しているらしいのであまり期待はしない方が良いですよ」
受付の職員はそう言いながらも地図を用意してくれた。現在稼働しているのは街の北側にある鉱山らしい。
(この街で採れるのはルビー、そしてサファイア……)
ルビーとサファイアは一見異なる宝石に見えるが、実は同じ「コランダム」という鉱石である。故に同じ鉱山から同時に産出されることがあり、この北方鉱山もかつてはルビーやサファイアの産地として有名だった。
鉱山では一般人の立ち入りが禁止されているが、その周辺では今も何件か採掘されたルビーとサファイアを扱う宝石屋がある。そこへ行けば高品質物は無理でも魔工宝石の素材に使える程度の物は見つかるかもしれないと踏んだのだ。それに加えてリーシャには一つ確かめたいことがあった。
(あの賞品が本当に『
飛行船レースのチラシに掲載されていた「蒐集物」にそっくりなルビー。実物を見ていないので「蒐集物だ」と断言することは出来ないが、その確証が欲しい。
「こんにちは」
何件かある宝石屋のうちの一件、少し小さな宝石屋へ入る。
「いらっしゃい」
リーシャはカウンターの中で椅子に腰を掛けていた優しそうな顔の老人に会釈をすると、早速「ルビーとサファイアを探している」と切り出した。
「カット済みの宝石をお探しかね? それとも原石かい?」
「原石で出来るだけ綺麗な物が欲しいのですが」
「ふむ。探して来るからちょっと待っていてくれ」
そう言うと店主は在庫が保管してあるであろう奥の部屋へと消えていく。店主を待つ間にリーシャはショーケースに並んだ裸石に目を通した。
(やっぱり違う)
ショーケースに並ぶルビーの色味とチラシの裏に掲載されている写真とを見比べる。陳列されているルビーが全て北方鉱山で採れた物だとしたら、あまりにも色味が違い過ぎる。
「お待たせしました」
店主が大きなケースを持って帰って来た。
「お探しの物が見つかると良いんだけど。何せ、ご存知の通り最近は滅多に宝石質の物が出ないからね」
そう申し訳なさそうに言うと店主はケースの中から丁寧に布で包まれた原石を取り出してショーケースの上に広げていく。一口にルビーやサファイアの原石と言ってもその質は千差万別である。原石のほとんどは不透明で「宝石」として加工出来る物はほんの僅かだ。
「確かに不透明な物が多いですね」
「そうなんだ。しかも年々大きさも小さくなっていってね。最近は宝石というよりも『原料』として輸出することの方が多いくらいだよ」
「原料……ですか?」
「魔工宝石の原料にするみたいなんだよ。だから質は問わないって言って屑石でも買ってくれるから助かっているんだ」
(魔工宝石の……)
ルビーの魔工宝石と言えば発動機や工場の機械など火力が必要な大きな機械に使われることが多い。その為工業が発達しつつある国では特に重宝される傾向にある。
「ちなみにどちらに輸出を?」
「隣国さ。昔から大口の輸出先ではあったけど最近特に沢山買ってくれて有難いものだよ」
「……なるほど」
「最近特に」という言葉に石を選別していたリーシャの手が止まった。
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