一長一短
「……ここですね」
リーシャとオスカーは鉄骨造の大きな建物の前で地図を片手に上を見上げる。
「大きい」
あまりの大きさに思わずそう呟かずにはいられない。郊外にある工業エリアはそのほとんどを造船所が占めている。造船と言っても作っているのは空を飛ぶ船、飛行船だ。
鉱山の採掘をしながら周囲を切り拓いて出来た首都には土地が無い。山に囲まれた小さな国だ。都市部の周辺をじわじわと切り拓いて出来たのが工業エリアで、国内外を繋ぐ飛行船や海外へ輸出する飛行船の製造・修理を主に行っている。鉱山から出る宝石や鉱物と飛行船の輸出。それが「冠の国」の主な収入源だった。
正直に言えばそれ以外の物は異国からの輸入に頼り切っており、主産業であった鉱山の産出量が減ってから国の勢いは陰りを見せているのが実情だ。
「こんにちは。依頼を受けて参りました宝石修復師組合の者ですが……」
大きな建物の横にある事務所のような場所を訪れると、中から作業服を着た老人が出て来た。
「ああ! お待ちしておりました」
「はじめまして。この依頼書を下さったのはこちらの造船所でお間違いないでしょうか」
「はい。私が依頼しました。どうぞ中へお入りください」
老人はリーシャとオスカーを事務所の中へ招き入れると「お茶を淹れるのでそこでお待ちください」と言って二人を応接スペースへ案内した。
「私、飛行船の造船所なんて初めて来ました」
事務所の中に飾られている飛行船の写真を眺めながらリーシャが言う。
「俺もだ。……と言うより、飛行船自体昨日初めて見た位だ」
「そういえばオスカーの国には飛行場がありませんでしたね」
「平地が多くて大して高い山があるような国ではないからな。隣国へ行くのも馬車で事足りるから飛行船が活躍する場が無いんだ」
「なるほど。確かにそうですね」
飾られている写真を見ると輸出先と思われる様々な国の名前が刻まれている。
(私が乗ったことがある飛行船もきっとこの国で作られたんだろうな)
そう思うとなんだか不思議な気持ちになった。
「お待たせしました」
応接スペースへティーセットと菓子を持った老人がやってきた。
「改めまして、この造船所の所長をしておりますオリバーと申します。この度はこんな僻地まで足を運んで頂き本当にありがとうございます」
「宝石修復師組合から参りましたリーシャです。こちらは護衛のオスカー。早速ですが、今回はどのような用件で? 確か依頼書には飛行船に使用する宝石の修理……と書いてあったはずですが」
「ええ。その通りです。まずは実物を見て頂きたいのですが……」
「かしこまりました」
オリバーに案内をされ隣に併設されている巨大な建物へ移動する。建物の横についている小さな扉から中へ入ると一隻の小さな飛行船が目に入った。
「ここは飛行船の整備や製造を行う格納庫です。普段は大型の飛行船の整備や製造の下請けを行っているのですが、今回依頼したいのはあちらの小型飛行船なのです」
紹介された飛行船はリーシャとオスカーが乗った飛行船よりも四分の一程度の全長で随分とこじんまりして見える。
「客船と比べると小さいでしょう」
「そうですね。私達が乗って来たのとは随分大きさが異なるような気がします」
「そうでしょう。実はこの飛行船は競技用に作った飛行船なんです」
「競技?」
オリバーは作業服のポケットから一枚のチラシを取り出して見せた。
『第10回冠の国飛行船レース』
チラシには大きな文字でそう書かれている。
「もうすぐ五年に一度行われる小型飛行船のレースがありまして、我が社も参加をする予定で」
「飛行船のレースか。面白そうだな」
「国内外から様々な企業や個人が集うレースで、我が国にとっても一大行事なんですよ。お急ぎで無ければ是非見て行ってください」
チラシを受け取ったオスカーは興味があるのかソワソワしている。各国を旅しているリーシャも「飛行船レース」は聞いたことが無い。チラシを見ると二週間後に開催されるらしいので、鉱山巡りをしながら時間を潰してもいいかもしれない。
「で、その飛行船に何か不具合が?」
「そうなのです」
飛行船の下部についているゴンドラ、そのエンジンルームに二人を案内した。
「実は発動機として使っている魔道具の調子が悪く、どうやら『核』に異常が起きているようなのです」
「なるほど。拝見しますね」
どうやら飛行船を動かすための発動機を起動させるための魔道具に不具合が起きているようだ。そのせいで発動機を動かせなくなってしまい困っていたらしい。発動機を分解してもらい、その中心にある『核』を点検する。
「『核』に使われているのは『魔工宝石』のルビーですね」
「『魔工宝石』と言うのは……人工的に作られた宝石のことだったか」
「そうです。鉱山から出た『ズリ』や不良品の宝石から不純物を取り除いた物を魔法で合成したり、『合成ポット』という魔道具を使って色々な物質を合成して作られた物が『魔工宝石』です。
天然宝石よりも希少性が低く大量生産出来るので市販の魔道具に使われているのはほとんど魔工宝石と考えて頂いて構いませんよ」
『核』に使われているのは大きなルビーだ。宝石カットでは無く取り付けやすいように立方体状に整えてある。観察しやすいようにランタンで照らすとルビーの色が黒くくすんでいるように見えた。
「ああ、おそらく『魔力焼け』ですね」
「魔力焼け?」
「はい」
聞いたことのない言葉に首をかしげるオリバーにリーシャは説明をする。
「簡単に説明すると、宝石が魔法の負荷に耐えられなかったということです」
宝石は「無敵」ではない。宝石の質により耐えうる魔法の強さが変わってくるし、魔道具を使えば消耗する。宝石の質に釣り合わない過度な魔力が流れ続ければ破損したり「焼けて」本来の力を発揮できなくなったりするのだ。
「つまり、この発動機の性能に釣り合っていなかったということですか」
「ええ。ですが、このルビーもそこまで質が悪いという訳ではありません。きっとこの発動機の性能が高すぎるのでしょう」
「うーむ……」
オリバーはリーシャの言葉を聞いて唸った。
「買える範囲で一番高い石を買ったつもりだったのですが……駄目でしたか」
「この質のルビーが焼けてしまうとなると、合成宝石では厳しいかもしれませんね。ルビーは熱に強い石なので選択としては間違っていないと思うのですが」
熱に強いルビーは火に関する魔法や魔道具に良く用いられる。工業用として人気なため需要があり、比較的大きくて質の良い物が安く出回っているのだ。だが、この大きさの「天然物」を手に入れようとなるとそうは行かない。
「性能が良いのも一長一短ですなぁ」
オリバーはそう言うと肩を落とした。
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