世の中は金

 出発から約半日、ようやく飛行船は首都の飛行場へ到着した。首都の南にある空港は「冠の国」の村や町へ繋がる国内便から隣国へ接続する国際便まで一日に何機もの飛行船が発着するハブ空港である。早朝から深夜まで便があるので空港周辺には宿や飲食店が多く、一日中空港利用者で賑わっている。


「もう夜も遅いですし、今日は宿に直行しましょう」

「そうだな。比較的治安も良さそうだし乗り合い馬車で良いか?」

「はい。宿の近くにも駅があるようなので」


 空港から首都の各地へは駅馬車が通っており交通の便は良い。空港の営業時間に合わせて遅い時間まで運行しているのも有難い。ギルドがある中心部には組合の提携宿があり、今回もそこに宿泊することにしていた。

 駅馬車に乗り空港から街の中心部へと向かう。鉱山で栄えた町だけあり、発展した街並みからかつての繁栄ぶりが伺える。鉱山は廃れた今は造船の街としてなんとか経済を回しているのが実情だ。


(オスカーの言う通り、治安の良い町だ。表通りにはゴミも落ちていないし物乞いの姿もない。街灯も多くて夜道でも安心だ)


 駅馬車の車内から街の景色を眺めていたリーシャは整備された街並みに感心していた。


(馬車に乗り合わせている人達も身なりが良さそうだし、思っていたよりも経済状況は悪くないのかもしれない)


 装飾品や嗜好品を身に着けている住民も多く、生活に余裕があるように見える。裏通りは分からないが表通りくらいなら安心して歩けそうだ。


「商業ギルド前~」


 ギルドの最寄り駅に到着したので降車する。まずはギルドに寄って周辺の地図を入手だ。首都なだけあって提携している宿の数も多い。予約なしでも泊まれそうなので一安心だ。


「良さそうな宿はあったか?」

「そうですね……。ギルドからそう遠くなくて周辺に飲食店があるような宿だとここでしょうか」


 リーシャが示したのはギルドから徒歩圏内にある中型の宿だ。周囲には遅くまで営業している飲食店や商店もあるので立地は悪くない。


「こっちの方が安いかな」


 宿の値段を見たオスカーが少し離れた場所にある安宿を指す。


「確かに安いですが、値段は安全に直結するので少し高い位が丁度良いかと」

「安ければいいってものでもないのか」

「ええ。こういう治安の良さそうな街ではあまり心配しなくても良さそうですが、治安の悪い国だとあえて高い宿に泊まったりしますね。高い宿は比較的治安の良い場所にあったり警備がしっかりしていることが多いので」

「なるほど。自分の安全を金で買うという訳か」

「はい。何しろ所持品が所持品ですから。こういう所は出し惜しみしない方が良いんです。お金には困っていませんし、変に節約して強盗に合うよりずっとましでしょう?」

「それもそうだな。放浪生活ですっかり貧乏性になってしまっていかんな」

「節約が悪いと言っているのではありませんよ。要は使い訳です」


 「高い」のにも「安い」のにも訳がある。その理由を見抜く「目」も必要だとリーシャは言う。取るに足らない理由であれば「安い」方を選べばいいし、それが危険だと感じれば「高い」方を選べばいい。その選択を自由に出来るようにするためにも金が必要なのだ。


「世の中お金ですよ」

「金が無ければ『高い』方を選ぶという選択肢すら手に入らない。確かに所持金に見合った宿しか選べないからな」

「そうです。お金があるということは即ち『選ぶ自由』を得るということなのです」

「なるほどな」


 オスカーは初め、リーシャが繰り返し言う「世の中は金だ」という言葉に不快感を覚えていた。まるで腐った貴族が言うような言葉だと思ったからだ。しかし、旅を共にしているとその言葉がだんだんと身に染みるようになってきた。


(『世の中は金』、たしかにそうかもしれないな)


 魔法師に関わる事件におけるひと月に渡る逃亡生活の中で「金」の重要さは痛いほど分かった。一国の王子という金に困らない生活をしていたオスカーにとって、身に着けていた物を売り払ってもなお寝床にすら困るような生活は衝撃的な物だったのだ。オスカーが身なりの良い人間だと寄って来た人間に騙されて所持品を二束三文で買い叩かれた時も、それが「二束三文」だとすら分からなかった。宿屋の値段が不当に高く提示されているのにも気付かなかった。食べ物を買うのさえ……。


(それでも俺はリーシャの言葉をなんて意地汚いんだと思ってしまった。あのような体験をしても尚、俺は『甘ったれた坊ちゃん』だったのだ。だが、今なら分かる。確かに『世の中は金』なのだと)


 衣食住を得るのには金が必要だ。その日の食い扶持を得るのだって、安全な場所で横になり健やかな眠りを得るのにも。金があれば国境だって超えられるし飛行船で空も飛べる。今まで自分が享受してきた安全な生活だって、全て金を積み上げて得て来た物だったのだ。


(俺は、恥ずかしい位に何も知らなかった。国の中でただ武芸を磨くだけで、朝に食べる林檎一つどうやってそこに並べられたのかということすら考えたことが無かった。そんな人間がどうやって国を支えられるというのだろうか)


「いつもリーシャに学んでばかりだな」

「そうですか?」


 「お金のことしか教えていない気がしますが」と不思議そうな顔をするリーシャに「それが有難いのだ」とオスカーは返す。


「さぁ、さっさと宿に行きましょう。長時間の移動で疲れたでしょう?」

「半日も雲の上だったからな。まだ足元が少しふわふわするよ」


 目星をつけた宿にチェックインをし、翌日の仕事に備えて束の間の休息をとる二人だった。

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