賢いお金の使い方

「奥様、この石は何処で入手されたのですか?」

「何? 急に」


 突然の問いに魔法師は微かに動揺を見せた。恐らく入手経路に後ろ暗いことがあるのだろう。リーシャは意を決してサファイアが載っている蒐集物リストを魔法師に提示する。


「実はこの石は私の祖母の蒐集物で、ずいぶん昔に盗まれた物なのです。修復も困難なことですし、もしも可能ならば相応のお金を支払うので譲ってはいただけませんか?」


 そう言いながら収納鞄から金貨がぎっしりと詰まった革袋をいくつも机の上に積み上げた。まずは金貨の袋で頬を叩こうという作戦だ。


「はぁ? それが盗品だろうと私には関係無いでしょ。これを手放す訳には行かないの! 四の五の言わずに直しなさいよ!」

「そうですか。残念です」


 目の前に積まれた大金に一瞬目が泳いだが、予想通り魔法師はリーシャの提案を突っぱねた。交渉決裂だ。


「『風よ、届けた給え』」


 リーシャが小さな声でそう呟くと耳に着けていた「解除魔法」のイヤリングが輝き、緑色の光の粒が突風と共に周囲に拡散した。国境の町へ移動する前に特急料金の大枚を叩いて魔道具技師に作らせた物だ。風が運んだ光を浴びた兵士達は正気に戻ったのか、何故自分が温室の中に居るのか分からず混乱している。


「何をしている! この者たちを捕えよ!」


 「魔法を使われた」ことに気づいた魔法師はそう叫ぶなり杖を奪おうと慌ててリーシャに掴みかかり、魅了効果が切れた兵士達は訳も分からぬままリーシャを捕えようとするが、間に入ったオスカーにあっという間に打ち払われてしまった。

 配下を失った魔法師は慌てて別の魔道具を取り出して魅了魔法を発動させる。杖の魔法より威力は劣るが目の前の二人位は手中に落とせるだろうと思ったのだろう。残念ながら魅了除けの魔道具を身に着けている二人には効果を為さなかったが。


(流石に予備の簡易魔道具を持っていたか。まぁ、そんな簡素な魔道具では意味を為さないけど)


 恐らく杖が完全に壊れた時の為に用意していたのだろう。他の修復師もこうして魅了魔法を掛けて始末したのだろうが、予め使うと分かっていれば怖くない。


「魅了魔法は効きませんよ」


 しれっとリーシャが言うと魔法師の顔色が変わる。


「……何故そのことを知っている!」

「風の神よ、悪しき者を討ち給え!」


 魔法師が動揺した隙にリーシャはその体を強烈な突風で吹き飛ばした。背後の木に体を強く打ち付けた魔法師は何も出来ぬままその場に崩れ落ちる。杖を取られないように距離を取ったリーシャは魔法師を魔法で拘束するとオスカーに「どうしますか?」と尋ねた。煮ることも焼くことも容易いが最終的にそれを判断するのは当事者であるオスカーだと考えたからだ。


「……」


 自分と家族をこんな目に合わせた女だというのに殺すのを躊躇う自分が居る。オスカーは人を殺めたことが無かった。だからこそこの女がいとも簡単に人を殺めるのを見て戦慄を覚えたのだ。


(この女と同じ場所に堕ちたくはない)


「オスカー……」


 煩悶するオスカーにリーシャはついそう声を掛けてしまった。


「……『オスカー』?」


(しまった! 私としたことが)


 魔法師の呟く声でリーシャはハッとする。


「やっぱり戻ってきたのね!」


 リーシャの動揺が響いたのか「バチッ!」と大きな音がして魔法師を拘束していた魔法が弾け飛び、それと同時に魔法師が身に着けている装身具の宝石が輝きだした。魔法師の周囲に魔力が溢れ出し光の輪が現れる。


「やはりそれも魔道具でしたか」


 大きな宝石が大量についた魔道具を見たリーシャは理解した。恐らく魔法師は「魔道具頼み」なのだ。リーシャのように魔法の才能があって魔道具を補助具として使っているのではなく、自身の才能を磨こうともせずに性能の良い魔道具に依存しているだけのハリボテなのだろう。


「そういうお金の使い方は好きですよ」

「はぁ?」

「この杖も、そのペンダントも高かったんでしょう?」


 人を操ったり人を殺めたりすることが出来るような強力な魔道具は「一般ルートでの販売」を禁止されている。ただ、それはあくまでも表向きの建前のような物で闇市や闇オークションでは当たり前のように流通しているのだ。

 魔法師が「月の装飾品」を手に入れたのも恐らく違法魔道具用の「素材」として流された闇市かオークションだろう。彼女が身に纏っている物の性能を見れば察しがつく。


「いえ、自身に不足した能力を補うために大枚を叩いて高性能な魔道具を買うのは理にかなっているなと」

「……馬鹿にしてるの?」

「一応褒めているつもりなのですが。まぁ、正直身の丈に合わない道具を持つのはお勧めしません。貴女のように『勘違い』をしがちなので」

「ふざけるな! 小娘が……オスカーの側から離れろ!」


 ネックレスの宝石から溢れ出た光は魔法師の手元に集約するとリーシャ目掛けて放たれる。怒りに任せて何発も打ち込むが、悉くリーシャの防御魔法に阻まれてかすり傷一つつかない。


(あれだけの魔法を全て弾くとは。確かにこれなら十分に詠唱する時間を稼げるな)

 目の前で繰り広げられる光景にオスカーは見入っていた。もはや「剣」で介入出来るような状況ではないからだ。


「オスカーの側から離れろ? 今の今まで彼がオスカーだと気付かなかったくせに」


 魔法を連打して息が上がっている魔法師をせせら笑うように、リーシャは風魔法でネックレスを破壊すると再び拘束魔法を打ち込んだ。今度は解けないように幾重にも幾重にも丁寧に重ねがけをする。


「良いことを教えてあげましょう。強欲は身を滅ぼすんですよ」


 もしもリーシャが積んだ金を魔法師が受け取っていたら、そこで事は終わっていた。蒐集物が返ってきさえすれば国が滅ぼうがリーシャには関係のないことだからだ。あとはこの女とオスカーとその家族の問題で、リーシャ自身が危険に身を晒してまで深入りする必要もない。

 しかしそれを蹴ったことで魔法師に譲歩する気は無くなった。蒐集物を雑に扱う魔法師の態度がリーシャの心を鬼にしたのだ。蒐集物もオスカーも、この女の手元に置いておくことは許せない。そんな気持ちがふつふつと湧いて来て仕方なかった。


「私の用事は終わりましたので、あとはご自由に」


 剣を手に構えたまま直立しているオスカーに声を掛けると、オスカーはハッと我に返ったようで「俺の出る幕は無かったな」と恥ずかしそうに笑った。

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