秘められた温室
ついにその日を迎えた。王宮へ向かう前に宿で身支度を整え、魔道具をしっかり仕込んで何が起きても大丈夫なように準備をする。
「魔法師の対処は私に任せて下さい。まずは作戦通りにお願いします」
「分かった」
久しぶりに王宮へ帰る嬉しさと王宮がどうなっているのか分からない緊張感、そして無事に今日という日を終えられるのかという不安がぐちゃぐちゃに入り混じったような気持ちを抱え、オスカーは思わず胃を押さえる。
「大丈夫ですか?」
青い顔をしているオスカーをリーシャが労わるとオスカーは苦笑いをした。
「君は凄いな。緊張しないのか?」
「緊張……ですか。緊張よりも蒐集物を早く回収したいという気持ちの方が強いかもしれませんね」
「ははは……流石だな。だが、あまり無茶はするなよ」
「それは時と場合によります。言っておきますが、私は多少の無茶をしても死なないので安心して下さい」
そう言うとリーシャは柘榴石のペンダントを揺らして見せた。
(あのペンダント、防御魔法の魔道具か何かなのだろうか)
「お守り」とリーシャが言っていたのをオスカーは思いだす。今の口ぶりといい、きっと何かリーシャを守る効果があるのだろう。
「さて、準備が出来たなら出発しますよ」
リーシャは収納鞄に依頼書が入っているのを確認し、オスカーに声を掛けた。
「ああ。こっちは準備万端だ。行こう」
宿を出て王宮へ向かう。大通りをまっすぐ行くと大きな宮殿が見えてくる。王宮の周りには大きな堀が掘られており、出入り口となる正門に向かって掛けられた橋を渡らないと中に入れない構造だ。
「こんにちは。宝石修復師組合から紹介を受けて来た者です」
リーシャが門番に依頼書を見せるとすんなりと王宮の中へ入ることが出来た。
(俺の姿が分からないということは、この魔道具はしっかり作用しているようだな)
門番は王子であるオスカーの存在に気付いていないようだ。魔道具の効果で見知らぬ旅人に見えているのだ。王宮の中は不気味なほど静まり返っている。案内の兵士の他に歩いている人間が見当たらない。
(明らかに何かが起きているな)
異常事態を隠すために平静を装う訳でもない。「何かが起きている」ということを隠す気が無いのか、それとも人が居なくなるような「最悪の事態」が既に起こってしまっているのか。
兵士はリーシャとオスカーを宮殿の庭園の奥にある温室へ案内した。
「母上の温室だ」
オスカーがリーシャに耳打ちする。
「失礼します」
リーシャが一声かけてから中に入るとティータイムを楽しむ一人の女性が目に入った。煌びやかな宝石を身に纏い派手な色の豪奢なドレスを着ている。頭に冠を被り、手には美しい装飾が施された杖。まるで王族であるかのような出で立ちにリーシャは思わず顔をしかめた。
「いらっしゃい。待っていたのよ」
「貴女が依頼人で間違いないですか?」
「ええ。さあ、こちらへ」
その女性――依頼人の魔法師はニコリと微笑むと手招きをした。
(温室の中には五人、外に二人か。十中八九『魅了魔法』で操られているな)
リーシャは見張りの兵士の配置を確認すると女性の向かいの席に腰を掛ける。オスカーはその背後に控えた。
「この杖なんだけど直せるかしら。最近調子が悪くて」
魔法師は手に持っていた杖をリーシャの前に置く。
「拝見しても?」
「勿論」
魔法師の許可を得てリーシャは杖を手に取った。なるべく不審に思われないよう杖の構造や付与されている魔法を調べる為だ。
「杖自体には異常は無いようですね。となると問題はこの宝石でしょうか」
「そうなの。よく見て。内部に亀裂が入っているでしょ?」
杖の先端にある大きな円形の飾りに留められた月の装身具。魔法師はその中央部に輝く大きなサファイアを指差した。一見なんの異変も無いように見えるが、ランタンの光を当ててみると底の方から上面に向けて大きな亀裂が入っているのが分かる。
(この石がこんなになるなんて……一体どんな使い方をしたの?)
宝石は質が良い物であればあるほど魔法に対する強度が高い。魔道具の宝石に質が求められるのはそのためだ。このサファイアの質ならば滅多なことが無い限り壊れたりはしないはずだ。余程強い魔法で酷使したに違いない。リーシャは心のうちに燃える怒りを面に出さないようニッコリ笑って言った。
「付与されている魔法が強すぎるのでしょうか。宝石が魔法の強さに耐えられなかったのかもしれません。素材があれば直すことは可能ですが、同じ使い方をすればいずれまた壊れてしまうでしょう」
「それでも良いのよ。そうなったらまた直せば良いんでしょ」
魔法師の言葉に全身の血が沸き上がるのを感じる。
(この人にこの石を持つ資格は無い)
そうはっきりと分かった。今まで蒐集物を見つけても所有者が大事にしているのが分かればそのままにしていた。それがその石にとって「幸せ」だからだ。でも今回は違う。このままにしておいてはいけない。
「この石はとても貴重な石で、そう何度も直せるものではありません。奥様が今まで依頼された修復師も同じことを言っていたのではありませんか」
「そうよ。石を見るなり『無理』だって言う無能ばかりだったけど、貴女は違うんでしょう? 腕利きだって聞いたわよ」
「腕が良いから直せるというものでも無いのです。ここに来たはずの修復師も組合に所属した腕の良い修復師ばかりだったはずです」
「じゃあなんで直せないのよ!」
苛ついた魔法師は声を荒げる。ピリッとした緊張感が漂うが、リーシャは顔色一つ変えずに言った。
「この石が『ただのサファイア』ではないからです」
「はぁ? どうみても普通のサファイアでしょ」
「いえ、違います」
リーシャは収納鞄から蝋燭を取り出すとそこに火を灯し、杖の先端についているサファイアに近づける。
「あっ」
オスカーが声を上げる。
「ご覧下さい。先ほどまで青かったサファイアが紫色に変色したでしょう? これは変色【カラーチェンジ】効果のある特殊なサファイアなのです」
宝石には変色という特殊効果を持つものがある。自然光と炎など光源の変化によって色が変わり、アレキサンドライトのように品種そのものがその特性を抱えるものもあれば一般的には変色しないが産地によって変色特性を得るものもある。
「一般的に流通するサファイアは変色しないのですが、ある産地で採れるサファイアには変色効果が現れるのです」
「それが何なの?」
「修復魔法には出来るだけ修復する宝石と似た色味、似た性質の素材が必要です。変色効果のような特殊な効果のある物を修復する場合、同じ産地で採れた素材を使うことが好ましいとされています。
問題なのは、このサファイアが採れた鉱山は他の鉱山と同じように随分昔に鉱脈が枯れて閉山しているということです。元々希少な石であるのにとっくの昔に産地も閉鎖されているとなれば『素材』を手に入れるのも困難であることは容易に想像がつくでしょう。
つまり、どんな修復師を呼んだとしても素材が手に入らない以上直す事は不可能に近いということなのです」
リーシャの言葉を理解しているのか理解していないのか、魔法師は「そんなの困る」とか「そんなの知らない」とぶつぶつと呟いている。
(他の修復師も同じような説明をしていると思うけど、どうせ聞き流していたんだろうな。石自体には興味が無さそうだし)
「夜は火を焚いている」というオスカーの言葉をリーシャは思い出す。夜に火の下で杖を見ていたならば宝石の色が変わっていることに気づくはずなのだが。「道具の一部」としか見ていない証拠だろう。
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