懐かしい味

「いらっしゃいませ! 何名様ですか?」

「二人だ」


 店に入ると窓際にあるテーブル席に案内された。店内はお洒落なランプで照らされており、各テーブルにも小さなキャンドルホルダーが置かれていて雰囲気が良い。テーブルの上にあるメニュー表を見るとどれもお手頃価格で、店内も若者から家族連れまで様々な年齢層の客で溢れていた。


ですね」

 小さな声でリーシャが言う。地元民が集っていて活気のある店は「当たり」だ。


「リーシャは甘い酒が好きだったな。林檎の酒がおすすめなのだが、どうかな」

「それにしてみます」

「うむ」


 店員に声を掛けて酒とつまみの盛合わせ、羊のスープを注文する。故郷に帰って来たからかオスカーはどこか楽しそうだ。


「やっぱり故郷は違いますか?」


 リーシャの言葉にオスカーは少し恥ずかしそうに「そうだな」と頷いた。


「やはり安心するよ。生まれ育った場所というのは」

「……そうですか。では『ヘルマン』がちゃんと帰れるように明日は頑張らないといけませんね」


 そう言うリーシャの言葉は少し寂しそうに聞こえる。オスカーが帰れるようになるということは即ち、この旅の終わりと仕事仲間としての関係の解消を意味する。それはリーシャもオスカーも理解していることだった。


「リーシャの故郷はどんなところなんだ?」

「私の?」


 急な話題転換にリーシャは動揺しているようだった。運ばれて来た林檎酒を啜りながらしばらく考えた後に口を開く。


「私が生まれたのはここからずっと東にある小さな国で、職人気質な人が多い国でした。魔法を使った物作りが盛んで、代々親から子へ技術が継承されて発展していく文化があるような……そんな国です」

「なるほど。では君の修復魔法も……」

「はい。うちは代々宝石修復や魔工宝石の生産を生業とする家系だったので。祖母は一族の中でも特段に才能が抜きんでた人で、『偉大なる魔法師』と呼ばれた女傑でした」


 リーシャの祖母はリーシャが幼い頃から修復魔法を叩きこみ、一人前どころか一流の宝石修復師へと育て上げた。リーシャの技術は持ち前の才能と祖母の指導があったからこそ成り立つものなのだ。


「そんなおばあ様の蒐集物なのだ。きっと揃った光景は圧巻だったんだろうな」

「ええ。ガラス棚一杯にキラキラとした宝石が並べられていて、それはもう何時間でも眺めていられる程素敵な空間でしたよ」


 幼い頃から憧れた「キラキラ」が沢山詰まったガラス棚。それが空になっているのを見つけた瞬間の絶望感と言ったら。


「……もしもリストが全て埋まったらリーシャ故郷へ帰るのか?」

「さぁ、どうでしょう。帰ってももう私の居場所なんて無いでしょうし」


 『長い間』旅をし過ぎた。これからどれほどの時間がかかるかも分からない。「戻りたい」という気持ちはあれど、戻ってどうなるかは目に見えている。


(旅を終えた時、そこは私の故郷と呼べるのだろうか)


 きっと帰る頃には見知った景色も無くなっている。旅の終着点、そして旅を終えた後のことを考えるとリーシャはいつも暗澹たる気持ちになるのだった。


「……そうか。変なことを聞いて悪かった」

「別に変では無いでしょう。旅を終えたらどこかに帰るのは当然のことです。私にはそれが無いだけで」


 気まずそうにするオスカーにリーシャは出来るだけ平静を装って答える。帰郷の喜びに水を差してはいけないと思ったからだ。そんなリーシャの様子を見たオスカーはなにやら考える素振りを見せると思わぬ一言を放った。


「……だったら、この国に帰って来てはどうだろうか」

「え?」

「居場所が無いなら作れば良い。そうだろう」


 リーシャは口を開けてぽかんとしている。


「理由が無いです」


 ようやく絞り出した言葉はそれだった。自らの出自に関係がある訳でも身内が居る訳でもない。ただ依頼を受けて立ち寄った数ある国のうちの一つだ。心の中でそう言い聞かせるリーシャにオスカーは意を決して語りかける。


「俺が居る……では駄目だろうか。旅が終わるまで待つ。だから、ここに帰って来ないか」

「オ……ヘルマン」


 脈拍が上がるのを感じた。それが「どういう意味か」なんて考えなくても分かる。リーシャはオスカーの目をじっと見つめて尋ねた。


「本気ですか?」

「逆に聞くが、俺が冗談を言うような人間に見えるのか?」


 オスカーの言葉にリーシャはぐっと喉まで出かけた言葉を飲み込んだ。


(そんなこと、分かってる)


 目の前に居るこの男がどれだけ愚直な男なのか、たった二週間しか一緒に居ないリーシャにすら良く分かる。だからこそ、「何故たった二週間しか一緒に居ない人間にそんなことを言えてしまうのか」と問う意味なんて無いのだ。


「とりあえず、全てが終わってから考えても良いですか」

「勿論だ」


 「断られなかった」ことにオスカーは安堵したような表情を浮かべる。


「さあ、温かいうちに食べよう」


 机に並べられた料理が冷めないうちにと料理を取り分ける。初めて食べる料理のはずなのに、リーシャは何故だか少し懐かしく感じた。

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