茜色の都

 国境の町は隣国へ続く中継地点ともあって賑やかな町だった。行商人の休憩地点にもなっており広場には各地の名産品を取り扱う露店が立ち並ぶ。リーシャとオスカーはこの町に一泊して補給と準備をすることにした。


「首都まで三日はかかるので食料の調達をしましょう。あと、装備の確認もお願いします」


 宿屋に着くなりリーシャは貴重品の収納鞄から装身具型の魔道具をいくつか取り出してベッドの上に並べた。


「ぱっと見たところただの装飾品にしか見えないがこれが魔道具なのか」

「両手を塞いだり重さがあると不便なので護身用の魔道具は装身具型が多いんです。状況によって使い分けるので色々持っておいて損は無いですよ。今回は私の物を貸しますね」


 リーシャはオスカーへ貸与する魔道具を選別すると一つずつ効果の説明をした。まずは「変身魔法」が付与されているペンダント。身に着けると元の姿とは違う姿に視認させることが出来る優れモノだ。


「オスカーは顔が割れているので今からこれを身に着けておいてください。出来るだけ外から見えないように服の下に身に着けた方が安全です」

「分かった」

「あと、もしかしてオスカーって本名ですか?」

「そうだが」


 堂々と答えるオスカーにリーシャは「はぁ」と大きなため息を吐く。


「逃亡者が本名を名乗ってどうするんですか。本当に危機意識が薄い人ですね」

「そういえばそうだな。……すまない」

「今から貴方は『ヘルマン』です。良いですね?」

「……了解した」


 これでオスカーが「オスカー」であるとバレる心配は無くなった。


「あとは……『魅了除け』と『防御』の指輪ですかね」


 リーシャは小さなルビーがついた金の指輪と翡翠で作られた指輪をオスカーに手渡す。

「指輪か」


 オスカーの顔が曇った。オスカーの国には男性が身を飾るために指輪を嵌める文化は無い。指輪を嵌めるのは既婚者であり、妻と揃いの指輪を一本だけ嵌めるのが習慣だ。未婚の身で二本も指輪を嵌めるのは気が引ける。


「……別に深い意味は無いんですけど。気になるなら上から手袋でもすれば良いじゃないですか」

「そ、それもそうだな」


 リーシャにジトッと睨まれたオスカーは慌てて指輪を嵌めた。


(リーシャは俺の身を案じてくれているのだ。変なことを考えてはいけない……)

 煩悩を振り払うように頭を降るオスカーを不審な物を見るような目でリーシャは眺めていた。


 翌日、国境の検問所をすんなりと通過したオスカーはリーシャに「一体どんな手を使ったんだ」と耳打ちをした。「ヘルマン」はこの世に存在しない人物である。にも関わらず大したチェックも受けずに検問所を通過することが出来たのは一体どういう訳だと疑問を呈したのだ。


「お金に決まってるでしょ」


 「世の中お金です」とリーシャは即答する。つまり偽造した身分証と賄賂で解決したのだ。「そんなことがまかり通るのか」と自国の警備の甘さにオスカーは落胆の色を隠せない。


「まぁ、気持ちは分かりますがお陰でこうして無事に入国出来た訳ですし」

「……複雑な気持ちだ」


 国境沿いの町から首都へは馬車の直通便で三日ほどかかる。その間の食料は買い込んであるのでこの町には滞在せず、すぐに移動をすることにした。


「お嬢さん、首都へお出掛けかね」


 首都へ向かう馬車の中、リーシャは一人の老人に話しかけられた。見た所帰宅途中の地元民のようだ。


「はい。旅のついでに観光をと思いまして」


「そうかそうか。他の国と比べたらつまらないかもしれんが、良いところも沢山ある国だからゆっくり見て行って下され」

「つまらない……ですか?」


 老人は不思議そうな顔をするリーシャを見てニコリと笑った。


「魔法をあまり使わない国じゃからなぁ。不便だの古いだのと文句を言う観光客が多いんじゃよ」

「なるほど……」


 魔道具に慣れた生活をしていると確かに不便かもしれない。未だに照明器具は蝋燭のランプだし医療も昔ながらの薬草頼みだ。昔から魔法に頼らず騎士団を中心とする強靭な武力で国を守って来たが、魔法が発達した現代では他国と比べて「遅れている」と揶揄する商人も居るという。


「儂はそういう生活も悪くは無いと思うんじゃ。じゃが、今の王は魔道具の導入を模索しているという噂もあるからのぉ。そのうち変わって行くのかもしれんな」

「……逆に何故今まで魔法の導入をしなかったのでしょう」

「『お国柄』と言うのが一番分かりやすいかもしれんなぁ。昔から自分たちの腕一本で国を守って来たことが誇りだったんじゃ。だが時代は変わって行くものじゃろ」

「そうですね。純粋な剣の技だけではどうにも出来ないこともある」

「お嬢さんの言う通りじゃ。一度でも外に出たことのある人間ならば良く分かるじゃろう。今の王もそのことに気づいたんだと儂は思っておる」

「先ほどから疑問だったのですが、何故お爺さんは王様が魔道具に興味があるとご存知なのですか?」

「内密に通達があったのじゃ」


 「内密」と言っても「公然の秘密」のような物だと老人は言った。今から数か月前、王宮御用達の店や出入りの行商人に「魔道具に関する情報を集めるように」とお達しがあったのだそうだ。その通知を受けた商人たちは「いよいよ我が国でも魔道具を導入するのだ」と色めき立ち、商売のチャンスだと王宮に献上する魔道具を我先にと各地からかき集め始めたらしい。


「……『そういうこと』だったのですね」


 老人の話を聞いてリーシャの中で全てが繋がった。つまり件の魔法師は「最悪のタイミング」でやってきたのだ。彼女がやってきたのは王が求める情報を握り王宮に入り込む絶好のタイミングだった。偶然か、はたまたどこからか情報を嗅ぎつけてやってきたのかは分からないが……。


「どのような変化もこの国にとって良きものであることを願うよ」

「そうですね」


 老人が途中の町で馬車を降りるのを見送った後、リーシャは隣で狸寝入りをしているオスカーに「最悪ですね」と小声で呟いた。


「運が悪かったと言うべきか」

「そうとも限りませんよ。あのお爺さんが知っていたくらいです。旅人は情報に敏感ですから流れの魔法師が噂を耳にしていてもおかしくは無いでしょう?」

「……そうだな」


 どちらにせよ後の祭りだ。


 途中馬や御者の交代で休憩を挟みながら馬車に揺られること三日、リーシャとオスカーはようやく首都へ到着した。王宮で「事件」が起こっているとは思えないほど首都は活気に満ち溢れている。まだ人々の暮らしに影響が出ていないのを確認したオスカーは安堵の表情を浮かべた。


「今日は宿をとって移動の疲れを取りましょう」


 流石に一週間ほど通しで移動し続けたので疲労が溜まっている。このまま王宮へ行くよりは一泊して休んでから赴いた方が良いだろうとリーシャは判断した。逃げるような相手ではないので態勢を整えてから臨んでも問題ないだろう。

 大通りに面した場所に宿をとり長旅で疲れた身体を労わる。高層階の部屋なので窓から街の景色が良く見えた。伝統的な白い石造りの家々が並び、夕陽に照らされてオレンジ色に輝いている。


「綺麗な街ですね」

「ここら辺一帯を開拓する時に切り拓いた岩山の石を使っているんだ」


 今は見渡す限り市街地となっているが昔は大きな岩山が鎮座する荒涼とした土地だったらしい。そこを切り拓き、崩した岩山の岩を再利用して出来たのが現在の街並みだそうだ。同じ岩山から採れた石を使って建てているので色味に統一感があり街並みの美しさを際立たせている。白い壁面に映える首都の夕焼けは観光の目玉の一つとなっていた。


「夕飯は名物料理でもと思っているのだがどうかな」

「名物料理?」

「羊と香辛料を使った料理だよ。先祖代々の伝統料理なんだ」


 遥か昔に遊牧をしていた頃の名残で今でも羊を良く食べるのだそうだ。中でもたっぷりの香辛料と一緒に羊を煮込んだスープは「風邪もすぐ治る」健康食として愛されている。


「良いですね!」

「よし、決まりだ。良い店が無いか宿屋の女将に聞いてくるよ」


 宿屋の女将に尋ねたところおススメの店を何件か教えてくれた。その中でも宿屋の近くにある大衆食堂が人気のようなのでその店に足を運ぶことにした。

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