第4章 銀河をこえて

<元凶の現況>

 サム・ジーヴァ帝国暦十年の春。帝国は空前絶後の大繁栄を遂げていた。人類の旺盛な知識欲は、かつてサイエンス・フィクション中の産物とされていた空想をつぎつぎに形にしていった。常温核融合、跳躍航法、近隣恒星・惑星の資源開発、テラ・フォーミング…今世紀までのあらゆる問題はすべて解決されたかに見えた。ただ一つのことを除いて。

 ただ一つのこととは、そう、あらゆる技術をもってしても出生率を上げられなかったことだ。サム・ジーヴァ帝は深く悩んだ。これだけの注力をしても解決できないことがこの世にあろうとは。


 そんな中、秘密裏に開発していた4次元交信技術の網に思わぬ珍客がかかった。人類悲劇のきっかけとなったかのモ・ドゥーセのメッセージだ。

「やあ、地球の皆さん。私はアンドロメダ銀河MO36星雲に住むモ・ドゥーセという者だ。私をアンドロメダ銀河内の支配者と呼ぶ者もいるね。このメッセージが届いたということは…君たちが一定の科学技術レベルに達したということかな? おめでとう。天の川銀河には他にも生命はいたが、我々と交信できたのは君たちだけだったようだ。

 さて、私が昔プレゼントした座薬は楽しんでくれているだろうか? そう、私なんだ。君たち人類に緩慢な絶滅を引き起こした張本人は私・モドゥーセなんだ。青く美しい君たちの惑星。いつからか、地球をどうしても手に入れたくなった。なぜ一思いに殺さないかというと、私は手を汚さずに手に入れたんだよ。君たちが消えた後は私の別荘として開発予定だ。私は時間を超越した存在だからいつまでも待てるからね。

 なぜ、こんな通信を送ったかというと、君たちとゲームをしたかったからだ。

 一年間待とう。それまでに私を見つけてみたまえ。私を倒せば君たちの呪縛も解かれるかもね」


 ———モドゥーセの甲高い音声は途絶えた。

「なんですかこれは! モ・ドゥーセなんて伝説上の人物かと思っていましたよ」

 ナカチャンドラ・ゴーンが驚きの声を上げた。なぜか少し嬉しそうだ。

「だが、犯人のモ・ドゥーセの尻尾が掴めたのなら困難の突破口が見えた。乗り込みましょう」

 ジョベは早くも意気軒高だ。さっそく宇宙服に着替えている。

「まあ待て。数十光年にもわたり広がる星雲の中からどうやってヤツを探す? おまけにこちらからヤツへの交信は不可能ときている。作戦を練り、必要な技術を気の狂った速度で開発する必要がある。ヤツはかつて地球に来ていたが、今はMO36にいる。因果律への干渉には莫大なエネルギーが必要なはずだ。ここ数百年のMO36星雲の画像を見てみるといい。黒い部分が目に見えて増えているだろう。ヤツは星を喰って、あの不思議な力を使っているのだ。一年間待ってやるというのは、その間は異能の力が使えないということを意味しているのでは? 逆に言えば、一年以内にヤツを星の大海から見つけ出し、撃滅するしかない。できなければ我々人類は滅ぶ」

 サムの言葉に奮起する首脳陣。皇国の興廃此の一戦にあり、というやつか。どの瞳も煌めいている。

「バニヤン、跳躍航法技術を備えた宇宙戦艦<Meteoraid>の完成にはどのくらいかかる?」

「五年…どれだけ急いでも三年はかか…」

「<運命がお前を育てているのだよ>」

 サムが伝家の宝刀を抜いた。バニヤンの体が痙攣したように顫えた。

「…! 一年!、なんとか一年でやり遂げましょう!」

「よしきた。…まだある。四次元双方向交信技術の確立、そして人工ブラックホール爆弾の製造も必要だ。他にもやることが山ほどあるぞ。ヤツの居所を見つけ出し、ヤツのもとに行き、ヤツを捻り潰す。何としても一年でやり遂げなければならん」

「「「やりましょう! みんなで!」」」

 人の顔が映ったスクリーンが次々に空中に浮かんでいき、瞬く間に会議室は人々の熱量でいっぱいになった。この会議は全世界に配信されていたのだ。地球に残った老若男女すべてがサムの言葉に耳を傾けていたのだ。

「ありがとう皆の衆! 合言葉は~~?」

「「「【うめおま】!」」」

 世界はいま、確実に一つになった。


<星の大海へ>

 ———364日後。

 ギリギリで迎えた出撃の日、サム・ジーヴァ帝はアンドロメダ銀河に侵攻すべく、全地球人に語りかけた。

「諸君、サム・ジーヴァ帝国が成ってから10年の歳月が経とうとしている。思えば、長き日々であった。100年にわたる地球の混乱、これはわれわれ人類にとって大いなる損失であった。多くの命、多くの富、多くの知識が失われた。悲しい時代は終わり、地球の統一は成った。われわれは、長く続いた惨禍を讃歌に変えたのだ。

 いま、われわれは安寧と発展を手にしているが、このままでは30年もしないうちに人類は滅ぶ。この世界を次世代に残したい。そのためには、モドゥーセを倒し、人類に生殖能力を取り戻すしかない。人類に混迷をもたらしたモドゥーセを倒し、未来を手にするのだ! 人類初の宇宙人との邂逅にして、戦争となる。うまくいくかはわからない。だが、

 <どうか、諸君、これだけは覚えていて貰いたい。われわれの意図がこの世で実現せられずとも、人間にとって意味があるのはその意図であって、結果ではないということを>*6」

 人々の歓喜の声が世界に響きわたった。三百六十人の精鋭を率いて宇宙の果てに遠征する壮挙が、いま始まった。聖・リセイトンに後事を託し、主要メンバー全員を連れての大遠征だ。

「安寧を朕らに戻ゥせよ、モドゥーセ」

 跳躍航法モジュールが高い周波数を出して回転し始めた。Meteoraid號はその翼を広げつつある。見送りの人々は宇宙戦艦の周りに雲霞のごとく集っている。涙と声援に見送られ、Metroraid號は銀河の彼方へ旅立った。

 航行時間は体感で約半日ほど。意外と暇だった乗員たちは太古のゲームNintendo 64にいそしんでいた。彼らの姿を見ても人類の運命を背負った者たちだとは思うまい。だが、彼らのひたむきな双眸は画面の奥に映る宇宙のかなたを向いていた。


「跳躍終了。到着します!」

 次に目を開けたとき、眼前にモドゥーセがいた。

「間に合ったようだな、さすがはサム・ジーヴァ帝」

「朕の力ではない。人類皆の力だ」

 モドゥーセは眉間に第三の眼を有し、額の両脇からは角らしきものが生えている。歯の端からは牙が伸びている。そんな異形の姿をしていた。

「素晴らしい…が、あまり時間はないぞ。君たちの時間であと十分経てば、私は超越的な力を行使するエネルギーを得る。それまでに私を倒してみよ」

 モドゥーセが言い終わるやいなや、すかさずブラックホール爆弾のスイッチを押すようサム・ジーヴァ帝が命じたところ、

「ダメです! 制御系統が何者かにハックされています!」

 バニヤンが悲痛な叫びをあげた。

「このシステムを止められるのは、開発に関わったあの男しかいない…貴方ですね」

 サムはいつの間にか背後に立っていた男に問いかけた。

「そう、私だ」

 聖・リセイトンがそこにいた。

「貴方とだけは戦いたくなかったが、仕方がない!」

「抜け! サム!」

 聖・リセイトンはトンファーを法衣の中から取り出し猛然と向かってきた。仲間は船に紛れ込んだネズミの相手で手が出せない模様。バニヤンも黒衣の暗殺者と切り結んでいる。聖・リセイトンとの戦闘は全くの互角。攻守が瞬く間に入れ替わる死闘。一瞬でも気を抜いたら死ぬ。そのさなかに聖・リセイトンが語り始めた。

「あの日…、私は君を殺すためにモドゥーセ様に送り込まれた刺客だった。何度も、眠る君の首にトンファーを突き付けた。だが、命を奪うことはできなかった。日々、人類の希望として成長していく君のひたむきな姿を見ていると、君たち人類の起こす奇跡を信じたくなっていた」

「聖・リセイトン師…」

「だが!!」

 叫びと共にトンファーがサムの聖剣デス・ヤナを弾き飛ばした。

「…モドゥーセ様は裏切れない。君は、せめて私の手で葬ろう」

 振り下ろされるトンファーの勢いに死を覚悟したが、予想していた衝撃はサムの体には訪れなかった。思わす閉じていた眼を開くと、

「サモン・ジャルバ!」

「貴君に拾われた命、ようやく役立たせることができた…」

 かつての敵サモン・ジャルバはゆっくりと崩れ落ちた。その瞬間、他の仲間も部屋に駆け込んできた。聖・リセイトンはたちまち取り囲まれた。

「サム。いつの間にか君にはこんなにも多くの友ができていたんだな」

 聖・リセイトンはしばし宙を見上げると、

「私はかつてジャバ先生の弟子だった。先生と学び、高め合ったあの日々を思い出すと、今でも胸が熱くなるよ。私だけではない、多くの人々がそうだった。だが、人類はあの危機に直面すると、先生を捨てて私利私欲に走った。荒んだ私はモドゥーセ様の声に導かれ、スパイとなったのだ」

 金属音が響いたと思うと、トンファーが床に落ちていた。

「ジャバ先生の意志を継げ、サム」

 聖・リセイトンはそう言うと敏速に動き、モドゥーセを後ろから羽交い絞めにした。

「すぐにモドゥーセが力を取り戻すぞ! もう時間がない! 私ごと貫け、サム!」

 ためらいを噛み潰し、サムの剣は二人を貫いていた。

「躊躇いのない剣! ぐっふ…! しかし、遅かったな…」

 最期の瞬間にエネルギーを溜めきったモドゥーセは太陽系の重力定数を大幅に書き換えた。公転軌道が太陽に大幅に近づくであろう地球は、摂氏数百度の昼と極低温の夜が交互に訪れる地獄となり、人類は絶滅する。見えるはずもないが、なぜだかサムにはそのことがはっきりわかった。

 モドゥーセと聖・リセイトンの亡骸を前に、残った乗員はしばし佇立していた。還るべき故郷は地獄になりつつある。故郷には帰れない。戻れない。

「どっかいこや」

 サムはつぶやいた。残った乗員35名を引き連れ、新たな旅に出た。シュンシュンしている暇はない。

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