七回のピッチャー

水定ゆう

第1話

 監督はこのチャンスを待っていた。

 ついにチャンスが訪れたのだ。


「七回の裏。点差は九点。……そろそろだな」


 監督はニヤリと笑みを浮かべた。

 コーチや選手はその表情に首を傾げた。


「監督。このピンチに如何して笑っているんですか!」

「そうですよ。不謹慎ですよ。甲子園の決勝でこんな失態……」


 相手は今年甲子園に出たばかりの無名校。

 しかも全員一年生で野球初心者の集団だ。

 一体如何やってここまで来れたのかは分からないが、決勝の舞台はそう甘くない。


 たくさんのプロ野球関係の人が来ている。

 この失態をむしろチャンスと見たのは他ならない。


「もう七回だ。見たところ相手の投手は一人しかいない。交代がないんだ。ここまで球をかなり使わせたからな。ここからはチャンスだ。そう、ラッキー7だ!」

「「「な、なるほど!」」」


 ここからが本番だ。

 監督はそう睨んでいた。


 しかしーー


「な、何故だ!?」


 監督の予想が外れた。

 まさかの九回になっても投手の精度が落ちない。それどころかますます良くなる一方で、次々ストレートで決められていた。


「こ、こんなことが……はぁ?」


 監督は理解ができなかった。

 きっちり抑えている。それなのに点が入らないのだ。


「か、監督!」

「な、なんだ!?」


 コーチが叫んだ。

 今調べた情報を並べた。


「最悪です。彼は……中学MVPです!」

「な、なんだって!」

「しかも後半になればなるほど調子の良くなる選手です!」

「んがっ!?」


 見落としていた。

 中学一年の時、突如として現れた流星。

 その男は野球にさほども興味もなく、絶妙なコントロールで抑えた投手だったのだ。


 監督はあんぐりと口を開けていた。

 「バッターアウト!」の審判の声が全員の耳奥を激しくつんざいた。


 それからボロ負けした監督は幻滅された。

 まさしくアンラッキー7。あの時、七回で調子に乗らなければこんなことにはならなかったのに、と嘆く暇はもうなかった。

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七回のピッチャー 水定ゆう @mizusadayou

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