第37話 特殊科学研究所ロシア出張基地、壊滅
「――という訳で僕等の旅も未だ未だ続くって感じかな。どうだい、信じられる?」
エルはにこやかに話しを締め括った。話しにのめり込んでいて気が付かなかったが、何時の間にか辺りが静かになっている。
如何やら掃討戦が終結した様だ。
僕は未だ唖然としている。如何、整理すればいいのか良く解らない。
唯一つ云える事は、多少の誇張は有るにせよ、彼は真実を語っていると思う。少なくとも僕にはそう聴こえるのだ。
きっと昨日の今頃ならば、こんな話しは単なる与太話だと笑い飛ばしただろう。
しかし今は尋常成らざるケムラーの戦闘能力を見ているし、目的も直に聞いている。信じざるを得ないのだ。
突然、静寂を破る一際大きい機関銃の射撃音が聞こえてきた。随分と撃ち続けている様だな。僕とエルはバルコニーに飛び出して外の様子を眺めた。
施設内に残っていた兵士達は皆、殺られた様だ。外に逃げ出そうとした者達もいたが、一人も漏らさずに片付けられていた。
最後の生き残りが、ヒイヒイと云いながら建物の西端の窓から身を乗り出して、表に逃げ出そうともがいていた。
ヨアヒム・クレメント軍医中尉である。
だが、そんな必死の彼の前にアンリが立ち塞がった。クレメントは「ひえぃあぁ!」と奇妙な悲鳴を上げて動けなくなった。
「之は、之は――クレメント博士……」
「ハ、ハ、ハルベルト君……こ、こ、之はい、い、いったい、まあ、なな、な、何だと云うのだ、だ、だだね?」
クレメントは恐怖の為に呂律が回っていない。其れも当然であろう。
「クレメント。御前ぇも一応科学者を名乗ってんなら、おらの質問に答えるだべ。ナチス哲学だぁの、選民思想だぁのの類は抜きにして――科学者としての忌憚ない意見を述べるだぁよ。分かっただべか?」
クレメントは、コクコクと頷いた。
「質問、生物学の問題だべ。白色人種と有色人種に優劣の差は有るべか、無いべか?」
此の質問にクレメントは急きを切った様に雄弁に語り始める。
「も、勿論有るとも! 我々、白人と有色人とはそもそも其の系統を異にするのだよ。奴等、有色人は大型猿人の特徴を色濃く残しているのに対し、我々白人はより鮮麗された進化の形態を辿り、まあ、いうなれば……」
長々と語り続けるクレメントに対し、アンリの顔中にはまるで蜘蛛の巣が掛った様に血管が幾つも浮き出ており、彼の怒りの凄まじさを表している。
「ハ~ズッレェ~‼」
アンリはそう叫ぶと、クレメントが全てを話し終える前に、両手に持った機関銃の全弾を彼の身体に撃ち込んだ。
機関銃の弾倉は丁度、両方共に新しい七十五発入りの物に交換したばかりだったので、クレメントは都合、百五十発もの銃弾を浴びて絶命となった。
「おいおい、撃ち過ぎじゃね。ミンチ肉になってんじゃねぇか」
ケムラーが呆れながら云う。
アンリはハアハアと激しく息を切らしながら、「馬鹿は嫌れ~だぁ、馬鹿は嫌れ~だぁ」と呟いている。科学者という人種は自身の理論と相反する事を云われると、何故こうも逆上するのか良く理解が出来ない。
「何にしても之で今回の仕事も漸く片付いたな。相変わらず大した成果も上がらずに……」
ふと二階のバルコニーを見上げると、其処にはエルとマルコの姿が在った。
「取り敢えず終わったよ!」
笑顔で語り掛けるケムラーに対し、マルコも引き攣った笑顔で答えた。夜の帳の中に、アンリの生物学理論が木霊している。
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