第36話 天才科学者顛末記

 兄上は過去から現在に至る迄、間違い無く人類史上一の天才だったよ。生まれるのが早すぎたんだ。もし兄上が今世紀に生まれていたら、今頃人類は不老不死を手に入れていたかも知れないよ。人類が兄上の頭脳に追い付くのに後、何十年掛かるのかなぁ……。

 因みに不老不死に成ると生殖機能が無くなるよ。僕もケムラーもアンリも無精子症なんだな。性行為は出来るけど子種が無いのよ。   

 まあ、プレイボーイ気取りの僕にしてみれば、良い事なんだけどね。不老不死で子供作りまくってたら、人口爆発起こしちゃうからね、細胞が繁殖能力を抑えているのかも。


 一寸、話しが逸れちゃった。

 まあ、何にしても僕等が生まれたのは十八世紀。未だ未だ科学も医学も未成熟な時代だよ、幾ら兄上が天才でも、一人では賄いきれぬ難事が多すぎたのに――もう少し兄上は周りの人間を信頼すべきだったんだよ。特に精密医療には、多くの分野の力が必要不可欠なんだからさ。

 兄上は何ていうのかな――独りよがり――いや、秘密主義的な処が強くてね。実弟の僕や一番信用しているアンリにさえも、自分の研究の肝心な部分は決して教えてくれなかったんだよ。まあ、例え聞けたとしても凡庸な僕等じゃあ、理解出来なかったろうけどね。

 だから僕達が教わったのは施術の進行方法だけでね――けど僕もアンリも勿論、兄上にも自信は有ったんだ。其の為に二年間も掛けて、みっちりと手順を仕込まれたんだから、内容は理解出来無くとも作業は完璧にこなせる筈だとね。

 そして、いよいよ兄上自身への施術を開始する時が訪れた。人造人間と成るべき、改造手術を行う時が……。

 勿論、執刀医は僕とアンリの二人だ。他人は入れない、信用のおける者のみで行う。唯、心配事が無かった訳でもない。やはり薬品の成分や施術に使用する機械の構造等々は、ちゃんと把握しておくべきだったねぇ。

 今となっては後の祭りだけど。


 今でこそ、当時使用した薬品や機械の構造や構成、用途等はある程度は解明出来ているけど、未だに不明な処も沢山有ってねぇ――本当に兄上は天才だったんだ――何とワットよりも先に、蒸気機関の小型化と精密機械の動力化に成功していたんだよ!

 特許取っておけば歴史に名を残した上に、大金持ちにもなってたのに――秘密主義者って奴は全く……でも、其れ程に強力な動力では無かったんだけどね。

 僕等、人造人間を動き出させるには強力な電力が必要だったんだ。兄上の機械では其処迄の出力は望めなかったから、別の力も使用していたんだ。何だか分るかい?  

 何と雷だよ! つまり落雷を利用した通電装置を作って、不足分の電力を補っていたのさ。


 危ない、危な過ぎだよ兄上ったら……。


 だけど当時はそんな危険性に気付かなかったんだよねぇ、強力な電力っていえば、雷ぐらいしか想像出来なかったんだもん。

 まあ仕方無いっちゃあ、仕方無いけど――だから兄上は機械工学に長けた連中に、自分の発明と資金援助して更なる改良をさせとけば、もっと安全な発電装置を完成させる事が出来たかも知れないのに……。

 そんな訳で人造人間の施術は何時も嵐の夜に行われた。雷の力を得る為にね。

 ケムラーも僕やアンリも嵐の夜に施術が行われたんだけど、やっぱり偶然だったんだよねぇ……上手い具合に落雷があって、通電装置がちゃんと作動したのは。

 科学に偶然が在ってはいけない! 全てが必然と成る条件を揃えてなければいけなかったのに――時代がいけないんだ。いや、兄上の頭脳が時代を百年以上、先取りし過ぎたのも問題だったのかなぁ。

 何はともあれ兄上の命令だしね、施術を開始する事となった。勿論、嵐の夜にね。   

 だが其の日の嵐は尋常ではない凄まじさでね。屋敷全体が軋む程だったけど、兄上が如何してもやるって云うから――僕は延期しようって云ったのに……いや本当だよ、本当に本当。信じてね。

 そして僕とアンリの二人は、兄上に教えられた通りの順序に施術を行った。一部の隙も無い程に完璧にね、全てが順調だった。

 ケムラーも嵐対策で雨漏りの修繕に集雷針の見守りと、びしょ濡れになりながらも必死に頑張っていたよ。時折フザけんなバカヤロー! と怒号を発していたけどね。

 奮闘する事、十数時間――改造手術の全ての工程が終了し、後は通電装置で兄上の身体に電気を流し込むだけとなったんだけど、幾ら待っても肝心要の雷が落ちて来ないんだ。

 焦ったよ。兄上の身体はどんどん状態が悪化するし、此の儘、失敗するのかと。

 僕らは祈った、無神家だけど祈ったよ。

 そんな不純な僕等の祈りが天に通じたか、待ちに待った落雷が遂にやって来た!



 必要以上にドデカイのが……。

 


 ドガガガガーンって、物凄い轟音‼

 いやぁ、あの落雷は凄まじかった。なんせ一撃で屋敷は半壊しちゃうし、ケムラーなんかは衝撃で百メートル近くも吹っ飛ばされたって云ってたからねぇ。

 僕とアンリも壁を付き藪って隣の部屋迄、打っ飛んだけどね。

 余りの衝撃に機械群は許容範囲を超えて爆発炎上、発火性の有る薬品類に燃え移って、あっという間に屋敷全体が火の海に包まれちゃったのよ、序に兄上の身体へも。

 そりゃもう皆、右へ左への大騒ぎさ!

 アンリは兄上を助けるんだって、炎の中に突っ込もうとするし、僕は其れを止めようとして、てんやわんやだし、ケムラーは諦めて傍観していたらしいし……。



 そんなこんなで、何とか炎の中から兄上の身体の一部は持ち出せたけれど、殆どが真っ黒焦げなっちゃってて、真面な部分は脳ぐらいしか残ってなかったのよ。

 取り敢えず脳はアルコール漬けにして置いといた。脳さえ在れば、別の身体に移植をして、何とか蘇らす事が出来るんじゃないかと思ったんだけど、之が中々上手く行かなくってねぇ、失敗の連続さ。

 先に話した通り、兄上は研究の核心を教えてくれなかった上に、屋敷が全焼してしまったろう。其の所為で、兄上秘蔵の膨大な研究資料も全て灰になっちゃったのよ。

 僕等は見る事が許されなかったから、其の内容は未だ闇の中って訳さ。八方塞がりだね。

 だからと云って、此の儘では事態は進展しないだろう。先ずは劣化の激しくなった、兄上のアルコール漬けの脳味噌を命からがら南極のとある氷窟に冷凍保存した後に、僕等は色々と頑張ったものさ。其れは、其れは思い返すと涙が出てくる程にね。

 兎にも角にも何かをしなくちゃいけないと思い、ありとあらゆる文献を読み解き、ありとあらゆる実験を繰り返して来たけれど――到底、大天才の兄上の所業には追い付ける訳も無く――こうなったら他人の研究を盗んじゃえって結論に至ってねぇ。

 だからといって、科学者としての誇りを捨てた訳じゃ無いよ。あくまでも一寸だけ研究内容を拝借するだけだよぉ。


 まあ、そんな訳で其れからの僕等は、東西南北の著名な科学者や医学者、ソレっぽい研究機関、果ては錬金術師や霊能者、アレっぽい団体等々あらゆる処を当たってみたけど、兄上の研究の足元にも及ばない物ばかりでねぇ……其れ以外にも世界中の不老不死伝説の有る場所を幾つも探索したりもしたけど、中々身の有る物は手に入れられず――結局、百年以上も世界中を放浪しちゃってるのよ。

 今回手に入れたドイツとソビエトの研究資料も、ざっと見た処じゃあ、兄上の復活には役立ちそうもないねぇ。


 だから此の御話しの結末は、未だ未だ先の事で御座います。

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