第35話 三人の人造人間
時は十八世紀半ば――産業革命が産声を上げ、未だ科学が未成熟な其の時代に――スイスの裕福な貴族の家庭に一人の寵児が生誕した。
ヴィクトル・フランケンシュタイン。
幼き頃より学業優秀で神童の名を欲しい儘にして来た彼は、何時の頃からか死を克服し、新たな生命体を作り出す事を自らの使命と決め、其の研究に没頭し始めた。
勿論、兄上の実弟である僕と兄上の忠実にして有能な助手のアンリの助力も忘れてはならない処だよ。
僕等は神の倫理に唾を吐き、非合法と知りつつも、毎晩の様に墓を掘り返しては死体を盗み出して、実験を繰り返していたよ。其れも人類を死の摂理から解放する、偉大なる事業の為と思えばこそ頑張れたのさ。
そして苦節、十数年――遂に研究の成果が実を結ぶ時がやって来た。
或る日、僕等はとある町の処刑場に足を運んだ。勿論、目的は新鮮な死体の入手だ。
何時もの如く、墓掘り人夫には賄賂を渡してあるので処刑後直ぐに、遺体は僕等の屋敷に運び込ませる手筈である。
此の日に処刑される者達は三人。妻殺しの中年男――強姦殺人罪の十代の少年――そして十余年に渡り、殺しを続けて来た連続殺人犯の青年――やっとの事で捕えたんだと、役人共は威張っていたねぇ。
通称、『怪物巨人』のクルト・ケムラー。
其れが彼との初めての出逢いだった。
話を聞くと此の男、相当に面白くてねぇ……大量殺人犯とはいえ、彼が殺したのは全てが悪徳な商人、軍人、役人、貴族という具合で弱い者や一般市民には一切、手を掛けていないんだ。彼曰く、そういった連中は殺しても面白味が無いんだってさ、カッコ付けてるよねぇ。正義の味方は気取れないけど、だからと云って無頼漢にも成りきれない――彼はそんな男なんだよ。
刑が執行された時、彼は死の瞬間迄、笑顔だったよ。切り落とされた彼の生首は何と舌を出して笑っていたんだ、凄い胆力さね――そんな彼の性格が兄上の御気に召してね。最初の予定では一番若い少年の死体を使おうと思っていたが急遽、変更したんだ。
兄上曰く――彼の個性は気力、体力、精神力が丈夫で生命力に溢れている。彼ならば実験体として最適だとね――僕とアンリもそう思ったよ。其の時、僕等は何か漠然と予感がしたんだ、彼ならば若しやと……。
そして其の予感は雅に的中した。術後から四日目の朝、彼は目覚めたんだ! 遂に兄上の業が神の領域を跨いだ瞬間だった‼
一七七二年の夏、クルト・ケムラーは人類史上初の絶対死から蘇った最初の人間、人造人間第一号と成ったのさ‼
其れから一年後に実弟の僕が――更に一年後には兄上の一番助手のアンリが――其々、施術に成功し――此処に三体の人造人間が誕生したって訳なのさ‼
「一七七二――って……み、皆さんの年齢はいったい、い、幾つなんですか?」
「僕が一九三歳、ケムラーが一九八歳で、一番年上のアンリが二百四歳だね」
彼等は皆、二百歳近くだというのか……とても信じられない。真実なのだろうか。
しかし冗談や嘘とは思えない、何か真に迫る感じが言葉の端々に絡み付いている……彼は軽い口調ながら本当の事を云っているのだと思う。そうすると彼は二二、いや、二三歳で――ケムラーは二七歳――アンリは三三歳の儘、時を止めてしまったのか。
エルは困惑する僕の表情を楽しみながら、再び話し始めた。
「信じられるかい? 当時は未だ生体移植の概念も朧気で、血液型の区別さえ解明されていないのに、死人を蘇らせたんだよ。そして其の蘇った者達は予定通り不老と成った。更には君も既にケムラーを見て解っていると思うけど、尋常成らざる身体能力を持ち合わせるというオマケ付きだったんだ」
因みに彼等の身体能力に付いては凡そだが腕力、脚力、瞬発力、持久力、耐久力、其の他総てにおいて常人の二~三倍近く有るそうで、潜在能力の全てを開放しているのかも知れないとの事である。
寿命に付いては今の処、想像が付かぬらしい。病気は施術以降、患った事が無いらしく、コレラ菌やペスト菌を注入しても瞬時に細菌が死滅したそうだ。そういえばケムラーも青酸化合物を盛られた時に、五分後には毒素を排出したと云っていた。
骨折や内臓破裂を起こしても数時間で治るとの事で、回復力に至っては常人の十倍以上は有ると思われるそうだ。
「兎に角、僕達は丈夫なのよ。頑丈ね!」
エルは得意満面に答えた。
確かに凄い。其れではきっと時間的に考えて、他に何十何百の人造人間達が居るのであろう。彼等は歴史の闇に隠れて、何を考え、何をしようとしているのか? 僕には想像も付かない壮大な計画が有るのだろうか? やはり彼等こそが、次代を担う選ばれた新人類なのであろうか……。
そんな感想を述べると、エルは少し極まり悪そうに否定した。
「あっ、いや――そんな大層な計画なんて立てても無いし、其れに僕等三人しか居ないんだよ。人造人間は……」
僕は意外な答えに拍子ぬけした。そういえばケムラーは、「僕を拵えた一味が、研究に行き詰った」と云っていたな。
そうだ、確かあの小説ではフランケンシュタイン博士は死んだのだ。では彼等を作った博士というのも、もしかして?
「偉大にして親愛なる我が兄上、ヴィクトル・フランケンシュタイン。彼の復活の為に僕等は奮闘努力を続けているんだよ」
エルは一寸、侘しげに語りだす。
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