第34話 ヴィクトル・フランケンシュタイン
「さてと、何から話し始め様か」
エルは扉の外の事は気にも留めずに、笑顔で僕に語り掛けてきた。
仲間の事は気にならないのだろうか? いや、きっとあの二人が殺られる筈など無いと解っているのだろう――と云う事は……。
ケムラーだけでは無く、ハルベルト――否さ、アンリも人造人間なのか? 其の質問に彼は平然と、「うん、そうだよ。因みに僕もだけど」と全く隠す事も無く答えてくれた。随分、あけっぴろげな人達だな。
尤も普段はちゃんと正体を隠しているそうで、今回は子供一人にバレただけだから特に問題無いと云う。確かにそうだろう。僕が誰かに彼等の事を話したとしても信じる者は居ないだろうし、子供の空想だと笑い飛ばされるのがオチである。
余りにも浮世離れし過ぎているのだ。実際に僕も未だ半信半疑なのだし。
彼も僕の考えを察している様で、「僕等の事を話しても誰一人、信じる者は居ないだろうねぇ。だから逆に安心して語れるのさ」と陽気に笑いながら自分達の秘事を、まるで楽しむ様に語り始めた。
「一応、主人格は僕なんだよ。仮だけど――でも、あの二人はそんな僕に対して敬意を払う事も、敬う事もしてくれないけどね」
何と無く理由が分かる気がする。
「先ずは改めて紹介から始め様か。君と行動を共にしていたのはクルト・ケムラー。彼は僕の助手兼、小間使い兼、用心棒兼、愛人予定だ。頼りになる良い男だよ」
最後の愛人予定は未定の儘だろう。
「通信士官のカール・ハルベルトの本名はアンリ・クレルヴァル。彼は僕の共同研究者でね、僕等は科学者なんだよ」
学者には変人が多いと思うのは偏見かな。
「そして何を隠そう、僕こそが世界で唯一『人造人間』を作り出す事に成功した――偉大なる天才科学者――の、実の弟なのだよ」
彼では無いと思っていたが……其れにしても何故に彼は、こんなにも芝居がかった大仰な身振り手振りで、話しをするのだろう……。
「ナチス親衛隊大尉、フランツ・スタインベックなぞは世を忍ぶ仮の姿である。而して其の正体はぁ――兄上の意志を継ぎ、生物科学の次代を担う美貌の天才科学者ぁ……」
其処で彼は深く息を吸い込み、まるでオペラ役者の様な立ち姿で恍惚の表情を浮かべた。物凄い自己陶酔である……しかし彼の次に発した一言に僕は更に驚く事に――否さ、混乱の度合いを深めていくのである――。
「エルネスト・フランケンシュタイン博士と申します、どうぞ御見知り置きを。あっ、兄上の名はヴィクトルね!」
「フランケンシュタイン?」
僕は思わず訊き返した。
「そう、フランケンシュタイン。ひょっとしたら聞き覚えが有るかな?」
確かに有る。しかし、それは小説の中の人物の名前だ。架空の物語の……。
呆気にとられた僕の顔を楽しむ様に、彼は微笑みながら僕に語り続ける。
「君に不思議な御話しをしてあげよう。信じるか信じないかは君の自由だよ」
其れは何処かで聞いた事があり、初めて聞いた――摩訶不思議な怪奇譚……。
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