第27話 惨殺の洞窟
此の異常な事態に皆、唖然として動けないでいる。当然だろう、僕等が大広間と呼んでいる洞窟内の一番広い其の場所の天井の高さは、ざっと一二~三メートルは有るのだ。
梯子も無いのに如何やって昇った?
何故、天井に逆さにぶら下がってる?
此の光景は本当に現実の物なのか?
「う、うああああ‼」
狼狽した一人の兵士が命令を無視して短機関銃を撃ち放った。
ケムラーは攻撃を素早く、横っ跳びに躱すと岩壁を蹴りながら、まるでピンボールの様に洞窟内を縦横無尽に飛び跳ね廻った。
「馬鹿者! 未だ銃撃の許可は出していないぞ‼」とのクレッチマーの声も虚しく、他の兵達も次々に銃撃を始めたが、ケムラーの動きを捉える事が出来ない。
僕の頭上にも流れ弾が飛んで来て、思わず「ひっ!」と身を屈めたら、「そっちに撃つと弾薬に有爆するぞぉ‼」とのクレッチマーの怒号に一瞬、銃撃の手が止まる。
其の間隙を縫って、五人程の兵士が固まっている真中にケムラーが滑り込んだ。
ケムラーの剣撃が一閃、二閃と翻る。
次の瞬間、五人の兵士が血飛沫を上げて斃れ込んだ。
誰かが、「わああ‼」と悲鳴を上げると同時に、更に三人が斬り斃された。
「退いていろ、貴様等ぁ! クルト・ケムラー、私が相手だー‼」
「ほう、其の馬鹿みたいな筋肉の張り具合――超人の出来損ないか?」
「無礼な事を云うな、此の下郎が~‼」
クレッチマーは雄叫びを上げてケムラーに突進するも素早くいなされ、擦れ違い様の鋭い真横一閃の胴薙ぎに――其の屈強な肉体を二つに割られた。
「双剣術なんて、昔を思い出して一寸だけ期待したんだが――其の程度の腕前で俺の『我流』剣術に敵うかよ――」
一瞬の静寂が場を包む。やがて指揮官を失った事を理解した兵士達はパニックに陥り、やたらに撃ちまくるが僕の居る方角には撃っては来なかった。勿論、有爆の危険性を気にしての事もあるだろうが、何故かケムラーの動きは意図的に此方の方角に銃撃が向かわぬ様にしてくれている感じがする。銃声と敵兵の悲鳴と、肉を切裂く斬撃の音が洞窟内に響き渡る。酷く耳障りで不快だ。
硝煙の臭いが充満して鼻に付く、血の香りも混ざって来る。
僕は之迄にも幾多の戦闘を経験して来たけれど、此の戦闘は何か嫌だ。何故か恐い。僕は眼を伏せ蹲った儘、動けなくなった。
――僕は脅えている……。
暫くすると、銃声も悲鳴も聞こえなくなった。如何やら戦闘は終結した様だ。
どちらが勝ったのか? 双方相討ちか?
確かめなければならないが、身体が小刻みに震えて中々動けない。僕は震える膝に懸命に力を込めて立ち上がり、漸く木箱の中から顔を出した。そして其処に見た景色は……。
洞窟の中は地獄絵図、其の物だった。
一体、何が起きたのだ⁉
僕は余りにも凄惨な光景に我慢が出来ず、嘔吐した。自らの吐瀉物で衣服が汚れる事も厭わずに――吐いて吐きまくった――。
僕は震える足取りで木箱から這い出ると、武器の集積場から短機関銃を手に取った。恐くて、恐くて、仕方がないのだ。武器でも持っていないと……。
兎にも角にも弾数が多いのが良いと思い、七十一発入りの円盤型弾倉を持つPPSh41を選んだ。役に立つかは解らないが。
ケムラーは敵では無いと思うが――味方でも無いのか……?
分らない?
解らない?
判らない?
彼はソビエト連邦の諜報員だ、GPUの秘密捜査官だろう。ならば僕を――パルチザンを敵とはしない筈――いや、そもそも彼は本当の事を語っているのか? ひょっとしたら全て嘘ではないのか?
あの尋常成らざる戦闘力は到底、人の物とは思えない。彼は此の大戦で流された大量の血に惹かれて、地獄の底からやって来た悪魔ではないのか?
駄目だ、考えが纏まらない。今、何をすれば良いかも解らない。僕は唯、震える足で洞窟内を歩き回っていた。
其れにしても信じられない。何を如何すれば、こんな不自然な屍が出来るのだ?
人間がまな板の上の魚や獣肉の様に、ブツ切りにされている。
よく見れば撲殺されたと思しき屍もある。
どんな怪力で殴られたのか、ヘルメットに拳骨の型が押し付いている。顔は頭蓋骨が砕けて奇妙にひしゃげている。
セミノロフとズボルトビッチが居た。二人の屍は言語に尽くしがたい状態である。
相当、恨みを買った様だな――でも裏切り者には御似合いの最後である。
僕は子供ながらに死体を飽きる程見て来た。かなり損壊した屍も幾つか見ているが、こんなに沢山の無残な屍を一度に見たのは初めてだ。いや、之で二度目になるか――一度目は、あの検体八号の時だ。
でも、あの時は遠巻きに眺めただけだったな。こんなに近くで見てはいなかった。
まてよ、検体八号? ケムラーの異常な迄の戦闘能力……雅か⁉
僕の導き出した答は――クルト・ケムラーという人物は、ソビエト政府が作り出した怪物 ――人造強化人間…………。
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