第23話 諜報員対諜報員
何て素早い野郎だ……GPU特別捜査官、暗号名『風』
あらゆる場所で俺の追撃を避け、尚且つ俺を犯罪者に仕立て上げて、行く先々で地元警察に追われる羽目になっている。俺を警察に追わせる為に民間人迄、殺して。
今回は遂に女子供に手を出しやがった。俺の仕業に見せ掛けて……。
畜生、『風』の野郎‼ 必ず取っ捕まえて打っ殺してやる‼
貴様の御陰で折角、手に入れた赤軍将校の身分証や制服なんかも、役に立たなくなっちまった。今の御時世、平服を調達するのも一苦労だってのによ。
だが遂に追い詰めたぞ。彼方此方でチンピラや不良兵士を買収しまくって、すかんぴんになっちまったが、漸く貴様の行先を突き止めたぜ――スカンジナビア半島、スウェーデン王国の首都、ストックホルム――。
本来貴様はウラジオストックから潜水艦に乗って、大回りでスウェーデン入りを企んでいたのだろうが、其の計画は既に不可能だ。西寄りに追い詰めて良かったぜ。
『風』、貴様は必ずエストニアを目指すはずだ。バルト海を渡って、一気にストックホルムに辿り着こうという腹積もりだろうが、そうは問屋が卸さねぇ! 貴様と散々、鬼ごっこをして廻り回った挙句の果てに再び最初の因縁の地、モスクワ近郊で待ち伏せ出来るとは――之も運命ってやつだな。
此の小さな飛行場が『風』……貴様の最後の地となるぜ……等と妄想しつつ、一寸格好付けた気分に浸っていると、大枚はたいて買収した赤軍将校が幾分慌ててやって来た。
「旦那、『風』の奴は此処には来ません! 単車に乗って陸路で行っちまった‼」
――又、やられた……。
「取り敢えず旦那、此処の小基地に在る偵察隊の単車を盗んで下さい。二~三日分の食糧とガソリンを用意しときますから。其れでは夜陰に紛れて、19:00に何時もの場所で落ち合いましょう。其れと『風』が辿ると予想される道程を記した地図が之です」
流石に大金を掴ませただけあって、此の男は良く働いてくれる。想像以上に。
奴とは之からも繋ぎを取っておこう、色々と役立ちそうだな。
ソビエト赤軍の単車といえば、TⅠZ・AM・600。一応、イギリスのBSA・M33・10の模倣品というが、本家と比べるとイマイチといった感が否めない。
おまけに此の基地に有る二台の単車は何方も、かなり使い込まれたポンコツである。しかし此の切羽詰まった状況下では他に選択肢は無い。仕方なく少しでもマシな方を盗み出し、合流場所に向かった。思ったよりは良く奔るが耐久性については一抹の不安が残るな、之で両軍入り乱れての戦場を奔るのは少々、心許無い。
奴は既に待ち合わせ場所に到着していた。
約束通りにガソリン缶を二つと、缶詰等の食料品を三日分程用意していた。
流石に優秀な奴だな、しかし奴は優秀で有るが故に情報も正確な為、時たま凹まされる事が有る。今回も其れだった。なんと『風』が乗っている単車は、ドイツとの開戦当初にアメリカ政府から物資供給された、高性能の軍用車両であるという。つまり、ハーレー・WLA・750だ。何て嫌な情報だ。追いつけるか――泣き言を云っている場合じゃない、行くしかない。
「其れじゃあ、旦那。御武運を」
そう云いながら奴は、紐で巻いただけの簡素な水晶の首飾りを手渡した。
「幸運の水晶か、洒落た事するな」
「へへっ、意外とロマンチストでね」
俺は其の水晶の首飾り掛けて、「どうだ、似合うか?」と気取って云った次の瞬間、紐が解けて水晶が地面に落ちた……。
縁起もバツも悪すぎる。奴は其れを見なかった事にして、「じゃあ、失礼!」と足早に去って行った――いいさ、俺は呪事なぞ信じねぇ――。
『風』を追って、はや四日目。最初の勢いは何処へやら……少し諦めが出て来た。
其の間に赤軍に追われる事が二回、ドイツ軍に一回、全て何とか躱したが、あのポンコツ単車は三日目の朝に壊れやがった。
今は『風』が通過したで在ろうと予想される道程を、地図上で確認しながらトボトボと歩いている始末だ。
「もう、やんなっちゃったなぁ……」
そんな弱音が繰り返し零れる。腹も減ってきたし――もういいや、最後の食糧食っちまおう、後は野となれ山となれだ!
草むらに隠れて腰を下して最後の鰯の缶詰を頬張っていると、傍らに廃棄車両が有る事に気が付いた。大型の単車である。
其処に俺の目は釘付けになった。胴体に描かれている紋様は赤軍の物だが、其の車種はソビエト領内では非常に珍しい米国車、ハーレー・ダビットソンである。
アメリカがソビエトに提供した資金や鉄鋼材は莫大な量だが、銃器や車両等の現物数は其れ程多くは無い筈だ。
ならば之は『風』の使用した物の可能性が高い。其れに未だエンジンが微妙に温かいぞ……ガス欠で乗り捨てたみたいだ。
やった! 追いついたかも⁉
俺は素早く缶詰を平らげると、懐から小型望遠鏡を取り出して辺りを見回す。
居やがった! 一キロ程先に。
俺は急ぎ、尚且つ慎重に『風』を捕らえるべく、間合いに詰め寄る。ガサガサと草むらを掻き分けて、一人の男が現れた。一人の男が其の前に立ち塞がる。
「――御久しぶり……」
其の一言を合図に一人の男は懐の拳銃を抜きさるが――更に素早く、一人の男の握る白刃が一閃した。因縁の勝負は此処に決する。
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