第20話 宴

 宴も中盤に差し掛かった頃、僕は酔い醒ましに入口付近で夜風に当たっていた。とは云え、そんなに呑んだ訳ではない。あの後もケムラーは、こっそり僕の御酒を呑んでくれたので僕は都合三口程しか呑んではいないのだが、其れでもやはり子供にウォッカはキツ過ぎるので本当に軽く酔っていた。

 するとセミノロフがふらりと現れて、僕と並んで横に座った。懐からタバコの箱を取り出して一本、咥えると僕にも勧めてきた。


「御前さんも、そろそろ覚えるかい?」

「イエ。僕ハ、未ダ結構デス……」


 そう云って手を翳すと、「やっぱり、女を先に覚えてぇかい」と相変わらずに下卑た冗談を云って笑いだしたが、不意に真顔になると僕に訊ねた。


「奴さんの様子はどんな感じだい?」


 やはりケムラーの事を訊いてきた。気になる存在なのだろう……副リーダーとしては……僕は何も隠さずに自分の忌憚ない意見だけを話す事にした。


「彼ハ、頭ガ良イデス。ソノ、何テ云ウカ――僕、子供。彼ノ心中、判リマセン」


 そう云うとセミノロフは咎める訳でもなく、「まあ、そうだろうな」と呟いた。子供に読まれる程、単純な男ではないと予想は付いていたのだろう。彼が一筋縄ではいかない人物だという事は子供の僕でも、十分に感ずる事が出来る。セミノロフも万が一程度の気持ちで、僕に探ってみろと云ったのだろう。元より期待はされていなかった様だ。


「彼はソビエト政府の秘密諜報員。其れも人造強化人間の秘密を携えた人物、と云う事で了解すればいいのかな? 他には本当に何も無ぇのかな……」


 セミノロフは今一つ承服しかねるといった感じで顎鬚を弄りつつ、再び御前はどう思うと訊ねて来た。他に何が有るのだろう。まさかドイツ軍の潜入諜報員とか? 其れならば、態々自分がドイツ系と名乗る筈は無いだろう。何せ彼のロシア語の発音は完璧なのだから――有りがちなロシア系の偽名を使えば良いだけだ。

 他に考えられるとすれば、ソビエト政府からの逃亡者?

 其れも無いだろう。何時如何なる時に赤軍の連絡員が訪れるかも知れない、パルチザン部隊に潜り込むなんて危険を冒す馬鹿は、そうそう居ないはずだ。

 想像を廻らせれば、他にも色々と考えられなくもないが、彼の様に目立つ容姿の人間は嘘を付きにくいだろう。ならば彼は事実を語っていると思う。

 そう伝えるとセミノロフは、「そうだよな。やっぱり御前さんは利発だな、頭が良い」と云って素で褒めてくれた。何時もの軽口が交じらない褒め言葉に、一瞬ドキリとした。何だか調子が狂うな。


「まあ、色々と思う処も有ったが之でスッキリしたぜ! 後は計画通りにやるだけだな、ぬかりなく……」


 そう云うとセミノロフは立ち上がり、大きくタバコの煙を吐いた。


「マルコ、宴は未だ半ばだ。こんな機会はめったに無え、もう少し楽しんで来な」


 セミノロフは其の儘、入口に向かい歩哨に立っていた団員達に声をかけた。


「御前等も行ってこいや! 暫く、俺が代わりに見張っててやんからよ」


 其の一言に歩哨の団員達は大騒ぎだ。


「えっ! いいのかよ、副リーダー‼」

「本当に‼」

「ああ。早く行かねぇと全部、呑まれちまうぜ」


 歩哨の団員達は、わあわあと叫びながら内部に駆け込んで来た。何故か僕も両脇を捕まれ、奥に引きずり込まれた。


「なんだ、御前等! 見張りはどうした」既に、大分酔っているリーダーが怒鳴る。

「副リーダー様からの粋な計らいさ!」

「俺達も呑むぜぇ‼」


 そう聞くとリーダーは、鼻頭を掻きながら、「あいつはカッコつけしぃだなぁ」と唇を歪ませた。どうも、あいつは気障が過ぎると心の中で呟いている。

「そうじゃねぇよ、あんたと違って気が利くだけさ!」と誰かが叫ぶと、「なんだよ! それじゃぁ、まるで俺が気の利かねぇ野面みてぇじゃねぇかよ!」と叫び返す。「その通り‼」との大合唱に、場は大爆笑に包まれた。

 リーダーは頭をボリボリと掻き毟り、「ちぇっ、やってらんねぇや」と小声でぼやいた後に軽く深呼吸をして気を取り直し、「ようし、酒はまだまだ有る。皆、今夜はトコトン呑むぞー‼」と気勢を上げると、他の団員達も負けずに「おおー‼」と大喝采を送り、場は更なる賑わいを呈した。

 僕にも再びコップが手渡されて又、ウッォカが注がれた。げんなりとする量だ。

 早くケムラーの横に戻って又、コッソリ呑んで貰おうと思っていたら、微かな視線を感じた。入口の方を振り返るとセミノロフの姿が見える。


 暗がりで表情は良く解らなかったが、彼は微かに笑っている様だった。そして、僅かに聞こえるかどうかの声で、「楽しみな……」と云って、外の暗闇に溶けていった。



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