第30話:浄化の旅へ

「はぁぁぁ、お腹空いたぁ」


 あちこちぶらぶらしながら歩いてたら、町まで二時間近くかかってしまった。

 とりあえず腹ごしらえだ!


 ――そう、思っていたんだけど……。


「ない!?」

「お嬢さん、まさかお金を忘れたのかい?」

「う、ううぅぅ……そんなバカなぁぁ。昨日ちゃんと忘れないようにって、枕元に――あ」


 枕元に置いたまま、リュックに入れるの忘れてるうぅぅ。


「うああぁぁ、どうしよう、どうしようっ」

「そう言われてもねぇ」


 屋台のおじさんが串焼きを持って、じっと待っている。

 せっかく焼いてくれたのに、買わないなんて申し訳なさすぎる。

 でもお金がない。


 あ、そうだ!


「おじさん、私お金を持ってくるの忘れたんだけど、取りに帰れないの。だから働かせて? お給料安くてもいいから、何日か働かせてもらえないかな?」

「働くだぁ? けど何日もって……あ、あぁ、うん、そう、だな。ならおじさんの――」

「おやじ。それと、あと追加でもう一本だ」


 後ろからにゅっと伸びた腕には、銅貨が四枚握られていた。

 この声は……


「ア、アディ……」


 恐る恐る振り返ると、すぐ後ろにアディが。

 やっぱり無事だった……あ、なんか顔が怒ってる。


「よお、おっちょこちょい。お前、無一文でどうやって旅に出るつもりだったんだ」

「あぁ、それ私のお財布巾着!?」

「大神官のじーさんに渡されたんだ。てめぇ、ベッドに置きっぱなしだったそうじゃねえか」

「ひひ、ふひひ」

「笑って誤魔化すな」


 ゴスっと後頭部にお財布巾着を置かれて、ちょっと痛い。


「な、なんだお嬢ちゃん。財布を届けて貰ったのか。し、仕事はどうする?」

「うん、ありがとうおじさん。財布が来たから、お仕事の件はなしで。ごめんね」

「いや、まぁいいんだよ。気が変わったらまたおいで」

「うん!」


 受け取った串焼きのうち一本は、アディが持って行く。「駄賃だ」と言って。


「ったく。お前、あのおやじの所で働くつもりだったのか?」

「そ、そうだよ。働かせて貰って、次の町までの路銀を稼ぐつもり、だった」

「……バカ野郎が。人を簡単に信用するなって、教えただろう。あのおやじ、お前を舐めまわすように見てたんだぞ。そんな男がお前に何をするか、ちょっと考えれば分かるだろう」


 ……あー……変態おやじか。

 いかんいかん。最近優しい人に囲まれてたから、ちょっと油断しちゃったな。


 アディから受け取ったお財布巾着をリュックの奥に入れ、それから――


「ア、アディ。財布ありがとう。じゃあ行くね。大丈夫、これからはちゃんとしっかりやるから」


 なるべくアディの顔を見ないようにして、くるりと背を向けた。

 アディの顔見たら、寂しくなるもん。

 一緒に来て欲しいって、言ってしまいそうになるもん。


 だから見ないように――あぐっ。


「アディ、痛いイタイイタイ。頭鷲掴みすんなっ、バカ力なんだからっ」

「だーれがひとりで行けっつったよ」

「な、なにがだよっ」

「旅だよ、旅。てめぇ、護り手も連れずに、ひとりで行くつもりか」

「だ、だってっ。だって私……聖騎士候補の人たちは、みんないいひとたちだけど。でもっ」


 彼らに護られたいという気持ちが湧かない。

 私は……私が護られたいのは……。


「奴らから選ばねえってんなら、俺が……俺ならどうなんだ?」

「え……アディ……を? で、でも、何年も旅をすることになるんだよ!」

「だからどうした」

「目的地は北の大陸なんだよ! 船に乗って、海を越えて、ずっと遠い場所なんだよっ」

「だから、それがどうした」


 どうしたって……アディの時間を、奪ってしまうことになるんだよ。


「俺がそうしたいだけだ」

「アディが、そうしたい?」

「俺が……あぁ、クソッ。そもそもてめぇの護り手は、最初っから俺だったんだよっ」


 ……へ?


「大神官のじーさんが言うにはな、俺がてめぇの護り手に選ばれてんだよ」

「……えぇ!? ア、アディが!? え、いつ、なんで?」

「知るかボケッ。んなもん女神に聞きやがれっ」


 アディ、顔真っ赤だ。


 でも女神に聞けってことは、決めたのは女神ラフティリーナ!?

 え、アディめちゃくちゃ凄くない? 女神に選ばれたせいき……ん?


「アディが聖騎士?」

「言うな。それだけは言うな」

「ぶふぅっ。に、似合わない。アディが聖騎士――ぶはぁっ」

「笑うなクソチビ」

「イタイイタイイタっ。頭ぐりぐるすんなっドチビ!」

「な、んだと……てめぇ」


 言ってやった。言ってやったぜ。


「確かに私は同年代の中でも小さい方だけど、それはアディだって同じじゃん。小さい女の子はかわいいって言われるけど、小さい男はねぇ――ってイタイイタイイタッ」

「てめぇ、人が気にしてることをっ」

「え、気にしてた? 気にしてたのアディ? ぶふぅっ」

「笑うなっつったろうがっ」


 あぁ、なんだか懐かしい。

 ずっと昔もこんなだった。毎日アディとバカなこと言って、笑ってたっけ。

 食べるものも少なく、いつもお腹空かせてたけど――でも、毎日楽しかった。

 アディがいてくれたから。


「おら、行くぞ」

「アディ……本当にいいの?」

「は? じゃあ聞くがお前、北の大陸に向かう船がどこから出てるのか知ってんのか?」


 ・ ・ ・ ・ ・ ・ 。


「港」

「だからどこの港だよっ」

「え、港ならどこからでも乗れるんじゃないの?」

「お前、何年かかっても北の大陸に行けねえぞ」

「うえぇー、違うのぉ!?」


 ここから一番近い、西の端の港町に向かおうと思ってたのに。

 そこじゃない? どこ?


「だから俺がついて行ってやらなきゃならねえんだろうが。心配すんな。俺がちゃんとお前を……今度こそ、護ってやる」


 その言葉を聞いて、胸が……凄く、ドキドキした。

 ま、護ってやるって、子供の頃だってよく言われてたじゃん。

 な、なんでこんな、ドキドキするの?


「おい、さっそく迷子になるつもりか?」

「え、あ……待って。串焼きだけじゃ足りないからぁ」

「ったく……あー、じーさん言ってたぞ。食い過ぎんなって」

「むぐっ。ウ、ウィリアンさん……でも朝から串焼き一本じゃ、お昼まで持たないからぁ」


 アディがため息を吐きながら、一軒の屋台を指さした。

 んほぉ! 焼きたてのパン屋さんだぁ。

 あれもこれも美味しそうに見えて、思わずたくさん買っちゃった。


「だから食い過ぎんなって言われただろうが」

「お、お昼用だもんっ」

「はぁ……分かったから。夕方までにオールドの町へ行くぞ」

「オールド? オールド、オールドっと」


 リュックかた地図を取り出して開く。

 オールドってどこ?


「いいから着いて来い」

「あ、待ってっ。地図見ないと迷子になるよっ」

「お前と一緒にすんな。オールドは北だ。ほら、行くぞ。荷物を貸せ」

「あっ」


 アディがリュックを持ってくれた。

 それから私の前を歩き出す。私の歩幅に合わせて、ゆっくりと。

 

 こうして私の――ううん、私たちの浄化の旅は、始まった。

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貧民街生まれの虐げられた婚外子令嬢は、物理殴りの無自覚聖女でした。 夢・風魔 @yume-

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