ドイツから来たスパイ

柴田 恭太朗

花粉さえなければ

 ブリッツはドイツから来たスパイ。典型的なゲルマン人である。高い身長、引き締まった筋肉質の体躯。直線的な輪郭の顔、濃い眉、高く細い鼻梁、そして口元は真っ直ぐに引き結ばれている。


 髪の毛は濃色でシルクのような光沢をもち、軽くカールしている。短くまとめられたヘアスタイルは清潔で、誰にも好かれる。肌はそばかすのかけらが残る白い肌ペールスキン。切れ長の眼は灰色で、彼の炎のまざなしに見つめられると、女性は稲妻に打たれたように恋に落ちてしまう。まさにブリッツ稲妻


 彼のファッションスタイルは常にクリーンでモダンで、TPOに合わせ、クラシックなスーツであれタイトなジーンズであれ、時にはシンプルなカットのTシャツですらさまになる。彼が選ぶ服装は実用性を重視する一方でスタイリッシュな印象を与えるようにセレクトされていた。


 完璧な一流のスパイ、そしてすべてに恵まれた男。それがブリッツであった。


 しかしそれもこれも日本へ来るまでのこと。

 成田で飛行機を降りたときから、ブリッツの不幸ははじまった。

 ドイツでは発症しなかったが、彼はひどい花粉症だったからだ。


 ブリッツが日本に着いた瞬間から鼻水はとまらないし、休むことなくクシャミ連発、目も真っ赤である。花粉の最盛期に日本に来てしまったことを後悔している男、それがブリッツ。


 ところで彼のコードネームは007である。7を偏愛する彼が自ら選んだ番号。ダブルオーセブンではない、勘のいい方ならお分かりのとおりヌルヌルズィーベンとドイツ語読みする。


 ヌルヌルズィーベン。東北ロコがうたう粋なライムのようであり、花粉の飛び散る渦の中、なすすべもなく体中の穴という穴から粘液をたれ流す男のイメージ。


 日本のスギ花粉の洗礼を受け、いまブリッツは全身でヌルヌルズィーベン007を体現している。


 日本に来なければ幸せなスパイ人生をまっとうできたのに。

 残念な男。それがブリッツ。

 007アンラッキー7だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ドイツから来たスパイ 柴田 恭太朗 @sofia_2020

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ