Here, he comes in.
日暮れのサルーン。
剥き出しの木の床と打ち付けられただけの木の壁の中で様々な者が集い、酒を呑む。
薄暗いランプの下、賭け札をする者。
カウンターで独り、ショットグラスを見つめる者。
それらを目当てに売春を営業する者。
皆、思い思いに酒を呑んだ。
その思い思いの客の為に店主はカウンター奥の蒸気配膳装置を回し、それを有り合わせのパーツで修繕された
壁にかけられたお尋ね者の張り紙にはダーツが何本も刺さったままである。
保安官もいないこの町では、それは舞台俳優のポスターと同じ扱いであった。
そこに一人、男が入ってくる。
身の丈は6ペデース以上あり、コツコツと鉄板で補強されたブーツで歩く度、ダブルのボタンで留めずベルトで纏めただけの長いダスターコートの下からカチャカチャと金属が擦れ合う音がする。
この辺りでは珍しく羽飾りのついた黒い中折れ帽を目深に被っており顔はよく見えないが、痩けた頬を無精髭が覆っていた。
サルーンの外には先程の蒸気車両が停まっている。
見慣れない客を見て、サルーンの中が一度静まる。
その静寂の中、新参のこの男は店内を端から端まで見渡した後、そのままカウンターへ向かう。
コツコツと。
周囲からさざ波のような話し声が出始める。
ここは吹きだまりの集会場。
皆、某かに警戒して生きている。
敵か。
味方か。
それ以外か。
その判断を誤った者から死んでいった。
コツコツと。
「ウィスキー」
カウンターに辿り着いた男が店主に告げる。
足元の腰掛けを確認しつつ。
「コーン?ライ?」
この男の言葉に店主は片眉を上げて応える。
足元の散弾銃を確認しつつ。
「ライで。後、マスター、あんたにも何か一杯」
そう言って男はベルトを解き、腰掛けに座ると、1シリング銀貨を一枚カウンターに置く。
「もしこれで余ったら、その分は次に回して欲しい」
男は囁くように店主に告げた。
「アイ、ミスター。ライだな。これなら、ボトルもいけるな」
アイリッシュの訛りで店主は客用のボトルを用意し、既に出しておいた2つのショットグラスのそれぞれにウィスキーを注いでいった。
店主のこの行動を見て、店内は再び活気に満ちる。
店の奥では再びポーカーが始まった。
「ねぇ?ナニしにここに来たの?おにーさん」
カウンターで独り男が呑んでいると、女が声を掛ける。
緩く編み、幾筋も垂らした髪に覆われた強めの化粧の下は、胸元が大きく開き下のコルセットのレースが見えそうな服をしている。
ハイヒールから続くリボン飾りをあしらったストッキングを見せるスカートからもペティコートが覗きそうに足を組み、
「人を捜しに……旅をしている」
女を一瞥すると、男はぼそりとそれだけ呟いた。
後ろの方では、ポーカーが盛上がっている。
「どんなヒト?」
女は興味深げに訊ねて来る。
「色々だ。何人かいる」
男は面倒げに返答する。
「この辺りは、昼間は100°F近くなる日もあるけど、夜は冷えるからね。誰かと一緒だと、あったかいよ?」
女は食い下がる。
「営業熱心だな。マスター、ショットグラスを」
男は店主に告げ、新たに注いだ1ショットを女に差出す。
「ありがと。それで、今夜はいかが?」
女は半分程飲干すと、そのまま営業を続ける。
「帰る場所、無いのか?」
男は淡々と返す。
「うーん、無い訳じゃないけど、最近は一人が多いから、寒くって」
女の声色が少々変わる。
「そうか……」
「ハッハァ!
後ろのポーカーの組が盛上がり、勝った髭の男がスペイン語混じりに喚声を上げる。
「へへ、これなら明日の仕事も上手くいきそうだ」
髭の男は大分呑んでいるのか、上着を脱ぎ、袖を捲ったシャツとベストだけの格好で札束と硬貨を数えている。
「一人……見付かったよ……」
「え?」
カウンターの男はそう言うとショットグラスを持ったまま立ち上がり、ポーカーをしていた男達のテーブルへ歩いて行く。
「
東部訛りにそう言って、グラスに入ったウィスキーを渡す。
「おぅ、新入りの旦那、気が利くね」
髭の男は一息に飲干した。
「人探しに旅をしているのだが、一つ私も運試しをさせて貰っていいですかね?」
無精髭の男が告げる。
「オゥ!
「ええ、何だが私にもつきは来ているようで、それを確かめたくて」
「おぅ、なら、配らせるぜ」
そう言うと黒髭の男は先程卓にいた男にデッキを渡す。
「コイツは今俺に負けたばっかりだからな、新参者のあんたにも、俺にも、どっちも味方しない、丁度良い塩梅のディーラーだ」
デッキをシャッフルしている男を指差し、黒髭の男は笑う。
2人の髭の男に5枚ずつ、カードが配られる。
「「コール」」
2人の髭の男は同時に銀貨を場に出し、ゲームが続行される。
スペイン語訛りの男が手札から3枚を選び、伏せて捨てる。
ディーラーはその男に3枚を配る。
東部訛りの男は2枚を選び、同じようにする。
ディーラーも同じく、2枚配る。
互いに配られたカードを確認する。
スペイン語訛りの髭の男は大きく口の端を上げる。
東部訛りの無精髭の男は方眉を上げる。
「レイズだ。にいちゃん、悪い事は言わねぇ、ここで降りたが賢明だぜ?」
そう言いながら、スペイン語訛りの髭の男はまた銀貨を加える。
「ご忠告痛み入る。ただ、こちらもレイズで」
そう言うと、東部訛りの髭の男はまたしても銀貨を加える。
「おおぅ?」
「運試しなので」
「なら、これでどうだ?」
そう言うと、スペイン語訛りの男は先程の勝ち分を全て場に出す。
「
スペイン語で大見栄を切る。
「良いね、コール!オールイン!」
「ほぅ!」
スペイン語訛りの男は嬉しそうに手札を明かす。
「
「おやおや、これは……」
東部訛りの男は困惑しながら手札を明かす。
「Aのスリーカードで、こちらの勝ち。シニョール」
「な……」
「それで……何を懸けた?」
「
そう言うと東部訛りの男はダーツで穴だらけになった壁の手配書一枚剥がし、卓上に投げ出す。
そこにはスペイン語訛りの髭の男の似顔絵が印刷されていた。
「『生死問わず《DEAD or ALIVE》』……でしたな?」
「てめぇ!賞金稼ぎか!?」
スペイン語訛りの男が立ち上がりナイフを翳す。
銃声。
ナイフを持った男の足から血が滴る。
ダスターコートの下から硝煙が上がる。
「もう一度訊ねるが、『生死問わず』……でしたな?」
東部訛りの男は回転式拳銃を翳しながら顔を近づける。
「ところで、私の事を憶えていてくれていると嬉しいんだが?」
「てっめぇ……誰だ……?」
銃声。
「あれは、『全て』を奪う
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