第2話 ネット初体験

「ところで、詩織さんはずっとその格好なんですか?」

「ん? 服のことか? この服じゃダメかの?」

「いや、ダメじゃないですが、さっきみたいにそれで外に出られてるとちょっと……」

「では、どんな服がいいのじゃ?」

「そうですね……」


 ノートパソコンを持ってきて立ち上げ、ブラウザで女性用の部屋着を検索っと。


「おーっ! これがネットか! ネットと言うやつか!」

「まあ、そんなに興奮されるものでもないですよ。今じゃ一般的なものですので。女性用の部屋着で検索すると……こんな感じですかね」

「おー、画像までこうやって一覧で表示されるのか! ふむふむ、最近はこういう服が流行りなのか。どれ……」


 スクッと立ち上がると、何やら念じ始めた詩織さん。と、いま着ている羽衣の様な衣装が眩く光り始め、それが治まると上下お揃いのタンクトップと短パン姿に……胸元がちょっとゆるい。


「どうじゃ?」

「い、いや、悪くはないですけど、それはちょっと刺激が強すぎませんか!?」

「刺激とはなんじゃ?」


 テーブルの対面に座っていた僕の方を、屈む様にして覗き込む。む、胸が見えちゃいますから!


「ちょ、ちょっと!」

「なんじゃ、もうちょっとちゃんとした感想を言わんか。お主、童貞か?」

「違います! でも、そんな格好で家の中ウロウロされて、間違いが起こったらどうするんですか!」

「私は別に構わんぞ」

「ダメです!」


 慌てて彼女の前からノートパソコンを取り上げて、別の服を検索。


「これ! これにしてください!」

「まったく、軟弱じゃのう。どれ……」


 再度衣装チェンジ……今度は黒字にピンクのジャージの上下姿となった。ふぅ……ま、まあそれならまだ大丈夫かな。


「そ、それならそのまま外にも出られますから!」

「うむ、なかなか動きやすいのう。気に入った。ところで、その『ネット検索』とやらはどうやったのじゃ?」

「ああ、ブラウザのここに検索するワードを入れて……って、キーボード打てますか?」

「大丈夫じゃ。前回下界に来た時に、タイプライターをいじったからの!」

「タイプライターって……まあ、いいや」


 ノートパソコンの使い方と、ブラウザの立ち上げ方、それに検索の仕方などを一通り教えると、詩織さんはすぐに覚えてしまった。流石神様と言ったところかな? 隣で見ていると、某大手通販サイトや、小説投稿サイト、そしてカクヨムのサイトを勝手に検索して見始めている。


「面白いのう。部屋にいながらにして、こんなに多くの情報を集められるとは!」

「神様なんだし、天界にいればパソコン使わなくても情報は分かるんじゃないんですか?」

「まあ、見ようと思えば下界の様子はうかがえるが、流石にネットの中までは覗けんからな。なるほど、なるほど。最近下界から帰った神たちが、皆スマホを持ってる理由が良く分かったわ」


 スマホ、持ってるんだ。一体誰が契約してるんだか。その後、買ってきたお惣菜などで夜ご飯。下界に来ているときは普通にご飯も食べるし、酒も飲むらしい。缶ビール、買い足しておかないとなあ。詩織さんはネットにどっぷりハマってしまって『気にするな』とのことだったのでテレビなどを観て、風呂に入って先に寝ることに。


「それでは、先に寝ますので」

「うむ。私はもう暫くネットを楽しんでから寝る。まあ、寝なくても大丈夫なんじゃがな」

「じゃあ、おやすみなさい」

「おやすみ、ゆっくり休むがよい」


 ……誰の家なんだか分からなくなってきたな。ちょっと慣れてきた自分も怖いが、眠いので今後のことは明日ゆっくり考えることにしよう。


 翌朝、スマホのアラームで目を覚ますと、右手が重い……と言うか動かない!? 慌てて布団を剥いでみると、詩織さんがしっかりしがみついていた。


「な、ちょ、ちょっと! 何でベッドに入ってるんですか!」

「うーん、なんじゃ、騒がしいのう」

「寝ないでもいいんじゃなかったんですか!?」

「寝ないでもいいが、寝ようと思うと眠くなるのじゃ」

「……で、なんで僕のベッドに」

「なんでも何も、ベッドはここに一つしかあるまい?」

「……」


 まあ、そうだけど、リビングのソファーで寝るとか、そもそも神様なんだからその時だけ天界に戻るとかできそうなものだけど。


「良いではないか。美人に抱きつかれて寝られることなど、そうそうないぞ」

「そりゃ、そうですけど……今後もベッドで寝るんでしたら、僕はソファーで寝ますので!」

「それより、今日は休日でお主も仕事は休みなんじゃろう? 欲しい物がある。ショッピングに行くのじゃ」


 ベッドから起き出して朝食の準備。パンと目玉焼きとコーヒーだけど、美味しそうに食べてくれたのはちょっと嬉しい。その後僕が出かける準備をしている間に、詩織さんの服装は変わっていた。ブラウスにスカートにジャケット。髪はポニーテールにしてちょっと大人っぽい。


「どうじゃ、なかなかじゃろ?」

「は、はい」

「では、出かけるぞ」


 どこに行きたいのかも聞かされていないが、とにかく部屋を出て駅に向けて歩きだす。詩織さんは手ぶらなんだけど……やっぱりお金は持ってないんだろうな。


「と、ところで欲しいものとは?」

「タブレットじゃ」

「タブレット!?」


 なんでも昨日の夜、ノートパソコンで小説投稿サイトの小説を読み始めたが、ノートパソコンだと体勢を変えることも難しく……で、検索してタブレットのことを知ったらしい。


「持ち運べて便利ではないか! あんな板の様なものに小説やらなんやら何百冊も入るのであろう? 電子書籍とは便利なものよ」

「じゃあ、電気屋ですね……で、お金どうするんですか?」

「取り敢えず立て替えておくが良い。タブレットが手に入ったら何とかしよう」

「まあ、いいですけど」


 何とかするって、ホントかなあ。詩織さんが神様……人ではないことは間違いなさそうだし、取り敢えずここは信じておくことにしよう。


 電車で電気街に移動。詩織さんの様な凄い美人が隣にいるものだから、結構な注目の的になってしまう。僕なんて平々凡々なサラリーマンだから、釣り合わなさが半端ないのは言われずとも分かっている。気にしていてもしょうがないので、とにかく目的の店に行ってタブレットを物色。詩織さんなりに大きさや重さのこだわりがあるらしく、じっくり選んでからお買い上げ。ケースやら周辺機器やら色々まとめて、八万円ほどになった……懐に優しくない。


「良い買い物ができた! よし、昼食じゃ。昼食はハンバーガーが良い」

「ハンバーガーですか!?」

「そうじゃ! 前に来た時はなかったからの。美味いらしいではないか」

「まあ、美味しいですけど、神様の口に合いますかね」

「良いから行くぞ!」


 手を引っ張られて、電気屋近くのハンバーガーショップへ。ネットで調査済みのセットメニューがあったらしく、僕も同じものを注文して二階の席へと向かった。少し時間が早いからか、窓際の席も空いている。


「おお、こうやって見ると凄い人の多さじゃのう。この国も発展したものよ」

「一体いつの時代の話をしてるんですか、こんなものですよ。天界からも見れるんでしょう?」

「その気になれば、な。私は文芸の神じゃから、別に人混みには興味なかったからの。さて、ハンバーガーとやらを頂くとしようか!」


 そう言って豪快にハンバーガーに齧り付き、ご満悦な詩織さん。美人なのにこのギャップ……惚れてまうやろー!! いや、いかんいかん。神様と人は違うのだから自重せねば。


「ところで、聖也は例の祭りには参加せぬのか?」

「例の祭り? ああ、カクヨムコンですか? いや、小説を書いてみたい気はしてるんですけどね、前回のコンテストは出せず終いで。それに次は約一年後ですよ。まだ気が早いでしょう?」

「何を言っておる。祭りとは、終わったらすぐに次の祭りの準備が始まるものなんじゃぞ。その様な心構えでは、祭りの一次審査すら通らんぞ」


 『一次審査』とか言い出した詩織さん。どうやら昨日の晩、カクヨムコンの情報も漁ってかなり詳しくなっている様子。僕より詳しいじゃないか……


「詩織さんは文芸の神様なんですよね? 詩織さんにお祈りすれば、なんかこう凄い小説が書けたりしないんですか?」

「できなくはないが、それではつまらんじゃろう。文芸の神とは言え、ホイホイ面白い小説を世に送り出したり、なんでもかんでも優勝させたりするわけじゃないぞ。ちょっとした閃きを与えたり、執筆中にずっと健康にしてやったり、まあそんな感じじゃ。どちらかと言うと読むのが好きなのでな……そう、『読み専』じゃ!」


 うーむ、そんな『読み専』の神様に居座られてる僕って一体……確かに、書くことを楽しみたい人間が、無条件に面白い小説を書けてしまったらあまり楽しくはないかも知れないなあ。


「お主が祭りに参加するのであれば、今回世話になっている礼として投稿の仕方をレクチャーしてやっても良いぞ」

「レクチャーって……詩織さんはそこまでカクヨムコンに詳しくなったのですか!?」

「フフン、神じゃからな。それより、ハンバーガー、美味いのう! おかわりしても良いか?」

「どーぞ。どれにしますか?」

「よし、次はこれと……あとナゲットもじゃ」

「はいはい」


 タブレット代を立て替えたからか、ハンバーガーを奢ったからか……昨日下界に来たばかりの『文芸の神様』に、カクヨムコンについてレクチャー頂くことになった僕なのでした。

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