9に向かって走れ!

たおたお

第1話 突然の同居人

 僕は遠藤聖也(えんどうせいや)二十五歳。入社三年目で、会社の仕事もだいぶ慣れてきた頃。小さいながら一つの仕事を任せてもらえる様になって、会社がちょっと楽しくなってきた。そして時間的な余裕も生まれてきたので、プライベートも充実させたい、そんなことを日々考えている。


 僕はどちらかと言えば、いや、完全にインドア派。休日にフラッと一人で出かけることもあるが、基本的には家で読書(漫画含む)したり映画を見たり、ゲームやネットサーフィンもいいな。人付き合いが苦手と言うわけではないけれど、一人で過ごしているのが気楽でいい。たまに会社の同期や先輩に誘われて遊びに行くことはあっても、やっぱり折角の休日に仕事の話をするのは気が重いんだよね。『人付き合いが悪い』、そう言われない程度に付き合っていればいいかな、そう思う。


 そんな僕がプライベートな時間を充実させるべく注目しているのが、『小説の執筆』だ。元々文系だし、文章を書くことは好きだ。長い物語なんて書いたことはないけれど、昨今流行りのネット小説サイトなどを見ていると『ひょっとして頑張れば自分でも書けるのでは……』なんて考えてしまう。いや、きっとそんなに甘い世界ではないんだろうけど、趣味で書く分には軽い気持ちで始めてみても良いのではないだろうか。『小説の書き方』をネット検索して勉強したりもしてるし、最近はスマホさえあれば書ける様なので一昔前に比べれば随分敷居が下がっていると感じる。


 『書きたい』、そう思ったもう一つの理由、それはコンテストの存在だ。『カクヨムコン』と呼ばれる大規模なコンテストがあり、もうそれは祭り状態。この祭りの間はSNSなどでもやたらと小説を目にした。実際にサイトを見に行ってみると日々新しい小説が更新されていて、思わず登録して読み漁ってしまった。今回はいわゆる『読み専』で過ごしたけれど、次回はなんとか書く方でも参加したい……そんな欲望がむくむく膨らんできて、なかなかに抑えるのが難しい。まあ、参加すると言っても次のコンテンストは今年の後半なんだけどね。


 今日も少しだけ残業して、家までは電車で一時間ほど。スマホで小説の書き方サイトや投稿サイトの新作を漁っている内に、あっと言う間に最寄り駅に到着していた。駅から家まで歩く途中、スーパーに寄って夕飯用の惣菜などを買い込み、ぶらぶらと家へと向かう。最寄り駅から徒歩十五分、築年数はそこそこ新しいマンションの三階に僕の部屋がある。2LDKは一人暮らしには広すぎるぐらいだけど、会社にもっと近いワンルームに住むよりはこっちの方がいい。


「ただいまー」


 ガチャガチャと鍵を開けて、誰もいない部屋に入る。返事がないのは分かっていても『ただいま』と言ってしまうのは、まあ習慣みたいなもの。


「おかえりー」


 が、その日は違っていた。中から女性の声。最初、返事があったことに違和感がなく、靴を脱いで中に入ろうとしてようやくその異変に気がついた。


「!? あ、す、すみません! 部屋を間違えました!」


 脱げかけた靴を慌てて履き直し、部屋の外に飛び出す。あ、焦ったー! ぼんやりして、隣の部屋に入ってしまったか!? ドキドキしながら表札を見ると……『305 遠藤』の文字。あれ? 合ってる!? じゃあ、中かからしたあの声は一体!?


「……」


 もう一度そろーっとドアを開けて中の様子を覗くと、いつもの玄関。靴は……僕のスニーカーなどがあるだけ。でも、廊下奥のリビングは明かりがついていて、人影が。泥棒!? いや、玄関の鍵は掛かっていた。ってことはベランダの窓を破って入った!? でも、さっき確かに『おかえり』って言ったし……泥棒なら逃げそうなもんだけど。


 足音を立てない様に廊下を進んで、リビングのドアを少しだけ開けて中の様子を覗き見する。と、ソファーにもたれ掛かって雑誌を読んでいる茶髪の女性が。


「なにをボサッと突っ立っておる。お主の家じゃろう。はよ入ってこんか」


 雑誌から目を離すことなく、彼女はそんなことを言った。やっぱり……ここ、僕の家だよね!?


「あの……」

「なんじゃ?」

「ど、どちら様ですか?」

「お主が帰ってくるのを待っておったのじゃが、暇で暇で。最近の雑誌とやらは面白いのお。色々なことが書いてあるわ」

「いや、だから、どうやって入ったんですか!?」

「まったく、細かいのお」


 雑誌をテーブルの上に置くと、スクッと立ち上がった女性。服装は昔の着物……というか羽衣? 髪は長くて背中辺りまでありそう。整った顔つきの美人だが、僕には全く心当たりのない、会ったこともない人物だった。


「私は文芸の神じゃ」

「文芸の? そんな神様聞いたことないですが……」

「八百万の神と言うものを知らんのか」

「いやいやいや、そんなこと言われても信じませんからね! 一体どうやって入ったんですか、不法侵入ですよ! 警察に連絡を……」

「あー、待て待て。まったく、疑い深いヤツじゃ。まあ見ておれ」

「……」


 まだ信用できず疑いの目で彼女の方を見ていると……彼女の姿が何の前触れもなく掻き消えた! えっ!? き、消えた!? 驚いて自分の周りをキョロキョロしていると、不意にインターホンが鳴る。


「ピンポーン!」

「!?」


 モニターを確認すると、そこにはカメラに向かって手を振っているさっきの女性。慌てて玄関に走っていってドアを開ける。鍵、掛かってるよね!? さっき掛けたし。


「ほれ、これで分かったか? 私にとってドアや壁など何の障壁にもならんのじゃ」

「わ、分かりましたけど、と、とにかく入ってください! その格好は目立ちすぎです!」

「誰かに見られても、コスプレと思うだけじゃろうて」

「なんで神様がコスプレとか知ってるんですか。とにかく!」


 文芸の神様? を中に招き入れて再びリビングへ。彼女がソファーに座ったので、僕はテーブルを挟んで反対側のカーペットの上に正座。


「それで、その……神様が一体僕に何の用なんですか?」

「気まぐれじゃ」

「えっ!?」

「だから、たまには下界で過ごしてみようと思ってこっちに来てみたら、たまたまこの部屋だったのじゃ。これも何かの縁だから世話になろうかと思っての」

「……」

「ここ最近、十二月になると祭りがあるじゃろう? やたらと皆が小説を書くと言う。あれに興味があってのう。あんな大規模な祭り、なかなか見られんからの!」


 神様は祭り好きとどこかで聞いたことがあるけど、この人も例に漏れずそうらしい。ちょっと興奮した様子で祭りのことを熱く語る神様……でも、その祭り、多分ネットの中だけで、実際にはやってないですよ。


「それはカクヨムコンと言うコンテストのことですかね?」

「おー、それじゃそれじゃ。天界でも噂になっておる。多くの者が参加して文章で競い合うと言う……」

「でも、それ、一般的な……そのワッショイ、ワッショイって人が集まって神輿を担ぐような祭りじゃなくて、ネットの中でやってるコンテストなんですけど」

「ネットか。それも一度体験はしてみたいが、祭りは祭りじゃ。方法や手段などどうでも良いのじゃ」

「はぁ」


 その神様が、如何にカクヨムコンがワクワクする祭りなのかを熱く語っているのを、正座のまま聞く僕……何だこれ!?


「そう言うわけじゃから、しばらくここで世話になる」

「世話になると言われても……神様なんだからご自分でもっといいお部屋なりを借りられた方が……」

「下界は久々じゃから、分からんことも多いのじゃ。お主がナビゲートしてくれることを期待しておる」


 時々『ナビゲート』とか最近の言葉を織り交ぜてくるんだよなー。もう何を言っても同居は避けられない様子なので、仕方なく了承することに。休日にはあちこち連れて行けとリクエストされたが、流石に人前で『神様』もまずい気がするなあ。


「ならば詩織(しおり)とでも呼ぶが良い。文芸の神っぽい名前じゃろ、しおりだけに」

「……分かりました。では『詩織さん』でいいですね」

「うむ。よろしくな、聖也よ」


 こうして、ほぼ拒否権もなく詩織さんと同居することになった。落ち着いて見ると凄い美人なんだけど……流石に神様に欲情したらバチが当たりそうだな。自重しなければ。

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