移ろい
時というものは、ヒトからしても早く進むものだ。たった数十年しか生を紡げぬヒトでも、一日一週間は目を見張る程の勢いで過ぎ去っていくというのに、数千年生きている九尾──キュウにとって、数年なんてもの瞬きの間にしか過ぎなかった。過ぎなかった、筈なのだ。
「キュウ! あのね、今日ね、綺麗な花を見つけたんだ」
「そうなの? 僕にも見せて欲しいな」
「もちろん!」
適当にヒトから抽出した言葉遣いには未だ慣れぬ。それと同様に、キュウに対してこのようにまっすぐ接してくるアキラという少年にも、慣れることができていなかった。キュウがアキラに拾われてから三年と少し。三年だなんて、尻尾をふるりと震わせるだけで過ぎ行く年数であったのに、どうにもアキラと共に在ると長く感じてしまう。ヒトの感性に寄ったわけではない。絆されたわけでもない。だのに、どうして。
「……花はこんなにきれいなのにね、誰も俺と遊んでくれないの」
小さく、アキラは呟く。橙色を誇る花、確か千寿菊といっただろうか。小さな手の中で太陽の如く輝く花は、アキラの心情とはまるで逆のものを表しているようだった。黒髪、黒目。たった二つの要素を持って生まれてきただけで。ほんの少しだけ周りと違うだけで。それだけの理由で、アキラは自身と同じ年代の子どもから避けられていた。子ども特有の一緒に遊ばない、という嫌がらせは穏やかな心を持つアキラをどこまでも傷付ける。これだからヒトというものは愚かなのだ、とキュウは口には出さずに心内で独り言ちた。
「さみしい?」
静かに問う。できるだけ懐かれるように、と明るく聞こえるように取り繕っていたキュウの声色は、今だけはまるで夜の空のように静かだった。驚いたようにぱちくり、と瞬いたアキラはジ、とキュウの顔を見つめてふるりと小さく首を振る。
「ううん。俺には、キュウがいるから」
「そっか」
そうか。そう相槌を打って、キュウは尻尾を揺らす。成長するにつれて、アキラの保有する霊力量は増えていっていた。近年稀に見ないほどの器だろう、と妖怪の王と言っても過言ではない九尾のキュウが推測するくらいには。丁度良い霊力タンクだ、なんて利用しようとする心の裏腹に、どこか別の感情が芽生えつつあるのにキュウは気付かないでいた。否、気付かないフリをしていたというのが正しいだろうか。
ヒトは醜く汚らしい。自身もヒトから生まれた存在であるというのに、キュウはひどく人間というものを嫌っていた。数百年生き永らえる陰陽師をヒトとして捉えていいのかは不可解だが、キュウからすればヒトも陰陽師も同じ形をしたものだ。自身を消滅させようとする存在は須らく憎い。ただ、それだけの感情だったのだ。同じヒトの子であるアキラだけは別だ、なんて都合の良い思想なぞ持ち合わせていない筈だった。けれど、けれどもだ。家族にすら姿の見えない得たいの知れないキュウと真っ直ぐに向き合い、キュウだけを頼りにして、静かに逞しく生きるアキラという存在に、いつしかキュウは目を奪われるようになってしまっていたのである。このヒトの子は、吾が守ってやらねばならない、なんて庇護欲が湧いてくるのも時間の問題であった。
「アキラ」
「なぁに、キュウ」
「花、綺麗だね」
「へへ、そうでしょ」
ぱぁっ、と花の蕾が開くようにしてアキラは笑みを浮かべる。頭を撫でるアキラに反抗でもするように花を持つ手にするりと尻尾を絡めながらも、キュウはアキラという人間の手の温かさを確かに感じていた。
陰陽師としての素質を秘めるヒトの子に、情を抱いてしまった。その事実は少なからず大妖怪であるキュウの心を占める結果になっていた。妖怪を総括していたと言っても過言ではないキュウが封印から逃れてから姿を消していたためか、世間は妖怪騒ぎに塗れていた。と、言っても見えるモノにしか見えぬのだから変死体だとかそういったものが増えただけなのだろうが。守らねばならぬという感情が生まれたその瞬間から、決してアキラを此方の境界には触れさせぬとキュウはそれなりに回復した妖力を用いてアキラに妖怪を視認させないようにしていた。アキラには霊力があるため、いつ他の妖怪に目を付けられるか分かったものではなかったからだ。陰陽師の手付きでない霊力を保持する子どもというものは、力のない妖怪にとっては絶好の食事に成り得る。それ以上に、キュウはアキラに自身を一度封印した腐れ陰陽師と関わってほしくなかったのだ。キュウ自身も二度とあの男に会いたくないと思っているのは事実であるが。
だから、だからこそ。
「ハルさんに、着いて行きます。俺に力を下さい」
キュウを守るために。そう言って、何を考えているかも分からぬ男にアキラがそう懇願するのが、嫌で嫌で仕方がなかった。だのに、嬉しくて。自分の身なんて容易に守れる。ハルから聞いて分かっているはずだ。だというのに、キュウを守るなんて告げるアキラが、愛らしくて。根を張り、大樹のように育った情が温かくて仕方がなかったのだ。陰陽師の訪れを勘付いて本来の姿に戻ったというのに、恐れの感情を一切見せなかっただけで歓喜に塗れそうになっていたというのに。いつの間にかアキラの中でもキュウがそれほどまでに大きくなっていたなんて、知らなかった。アキラにも、ハルにも気付かれぬようにキュウは小さく息を吐く。どこへ行こうとも、陰陽師になろうとも、アキラはアキラだ。自分自身の役割は、ただアキラを守るのみ。他の陰陽師には決して屈せぬ。頭を撫でるアキラの手の心地よさを存分に味わいながら、キュウは静かに決意を固めたのであった。
魔法がはびこる世界なのに魔力無しで諦めてたら、どうやら陰陽師の素質があったらしい ライト @raito04
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