5. なんとなく、海へ

 ミミズクは夜目がきくので、幸い、夜道の探し物は苦になりません。しかしその反面、夜目には街灯や車のライトは眩しすぎるのです。

 目を開いたり細めたり、ブッコローは苦心して探し回りました。

「空から眺める夜景は美しいのに、やれやれ、どこもかしこもピカピカでクラクラする。ミミズクじゃあるまいし、人間は人間らしく、夜は眠るべきだよ」

 文句をいいながら路地を抜けたそのときです。トラックの強烈なヘッドライトが、ブッコローを直撃しました。両眼に稲妻が走り、世界は真っ白な光にかき消けされ……。


     ☆   ☆   ☆


 気がつくと、ブッコローははるか空の上をふらふらと飛んでいました。どうやら間一髪、反射的に飛び上がって難を逃れたようです。まだ目の前がチカチカして、夜空に赤や青の残像が見えます。ただ運の良かったことに、緑のノートだけはしっかり翼に抱えていました。

「おじいちゃんの誕生日が僕の命日だなんて、冗談じゃないよ」

 それにしても、わずかばかり気を失っている間に、思いのほか町から遠のいてしまったようです。

 ふと、潮風の香りがかすめました。

「海だ」

 見下ろすと、夜の海が静かに横たわっています。

 ブッコローは、吸い込まれるように浜辺に舞い降りました。そうして、短いかぎ爪の足を放り出し、疲れた体を柔らかな砂の上に座らせました。

 海とは、こんなにも広大だったでしょうか。

 目の前を遮るものはなにもなく、波の音がゆっくりゆっくり繰り返しています。空には星たちがささやかな光を灯し、西の方には、白い半月が高く上っていました。時刻は、もう夜の9時です。


 ——海の広さは、目にして初めて思い出す。狭い頭の中に、とても収めておくことはできない。


 ブッコローがノートに記したときです。

「ブッコローさん?」

 後ろから呼ぶ声がしました。立っていたのは、有隣堂のザキさんでした。

「ザキさん、どうしたんですか、こんなところで」

「どうしたって、……ただときどき来るんですよ。なんとなく、海を見たいなって」

「なんとなく、ですか」

 二人は海の方を向いたまま、並んで座りました。

「ブッコローさんこそ、どうしてここへ?」

「僕はただ、気づいたらここにいたんです」

「じゃあやっぱり、なんとなくですね」

「……まあ、そうですね」

 ブッコローは、今朝つい誤魔化してしまった本のことを打ち明けました。それから、そのあとも本が見つからなかったことや、これからおじいさまの誕生会に出かけることも話しました。ザキさんは、ただ静かにそれを聞いていました。

「さあ、そろそろ行かなくては」

 ブッコローは尻尾の砂を払いました。

「本のこと、正直に謝って、怒られてきますよ。間抜けな孫だってね、はは」

「ブッコローさん、あのね、それはいいけど、おじいさまへのプレゼントは?」

「ぎゃっ!」

 ブッコローは面食らって大声をあげました。なんということでしょう!自分の探し物ばかりに夢中になり、大切なプレゼントのことをすっかり忘れていたのです!

「間抜けな孫どころの話しじゃない!」

 いまさら町へ引き返そうとも、どこのお店も閉まっていますし、なによりそんな時間はありません。

「なにが『知の象徴』だ、『嘲笑ちょうしょう』だよ、大間抜け!」

 取り乱すブッコローを、ザキさんがなだめました。

「ブッコローさん、落ち着いて。これよかったら、おじいさまに」

 小さなカバンから取り出したのは、かわいいリボンのついた細長い小箱です。

 ブッコローは、息を飲みました。

「前から欲しかったガラスペンなんだけど、今日たまたま自分へのプレゼントに買ったの。でも、わたしの分はいつでも買えるから、どうぞおじいさまに」

「そんな、受け取れないよ。ザキさんが欲しかったものでしょう?」

「だって、パーティーに手ぶらじゃ困るわ。さあ、急いで、遅れちゃう」

「ザキさん、……ありがとう!ザキさんの分は、必ず買って返します!」

 ブッコローは小箱を大切に胸にしまい、パッと潮風に舞い上がりました。

「ありがとう、行ってきます!」

 ザキさんが手を振る間もなく、小さなミミズクの姿は、あっという間に星の影に溶けてしまいました。

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