七星家のご令嬢の言うことにゃ

シロヅキ カスム

【SS】七星家のご令嬢の言うことにゃ

「どうか、わたくしを『七の数字のつくもの』に近づけさせないでください。見るのもダメ、聞くのもダメ……とてもよくないことが起こりますの」


 ラジオをつけた時だった。

 椅子に座る彼女が、そんな奇妙な言葉を口にしたのは。

 たまたま流れた競馬の実況。その瞬間、彼女は血相を変えて『消してくださいまし!』と強い口調で俺に命じたのだ。


「これは、我が七星家ななほしけの言い伝えなのです。家の者はけして、七の数字にまつわるものに近づいてはならないと」


 なるほど。だから馬番号を聞きたくなかったのか。


「ほう、七がね」

「そう、七がです」


 俺は彼女を見た。

 名家、七星家のご令嬢れいじょうだけのことはある。艶やかな黒髪と白絹の着物姿がじつにうるわしい。


 ゆえに、椅子と彼女とを縛りつける荒縄がひどく浮いていた。

 まわりの景色もそぐわない、ヒビだらけの廃ビルの中ときた。唯一キラキラしているのは、窓硝子まどがらすの破片だけ。


 ピピピッ。

 携帯が鳴り、俺はさっと出る。

 届いた情報に、深くため息を吐いた。


「……七がダメだと、そう言ったなお嬢さん」

「ええ、そうです。よくないことが起きて――」

「残念。もうすでに、七は目の前にあるんだよ」


 拳銃を構える。

 誘拐したご令嬢へと、俺は銃口を向けた。 


「警察の介入で取引はパァになった。かわいそうだが、あんたには死んでもらうよ。それから最期に教えてやる……俺のコードネームを」


 殺し屋セヴン――つまり、七である。

 大きく見開かれた黒の瞳に、俺は別れを告げた。

 ――のだが。


「なっ、なんだ!」


 地震だ。

 廃ビルの天井が崩れる。それもあろうことか、俺の頭の上だけに瓦礫がれきが落ちてきた。


「……ああ、やっぱり不運が訪れてしまいましたわ」


 彼女の嘆く声が聞こえる。


「七のつく――相手に悪いことが起きますの。ラジオでしたら、七番のお馬さんに……そして、現にあなたも」

 

 そのようだね。

 暗くなる意識の中、パトカーのサイレンの音を耳にした。

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七星家のご令嬢の言うことにゃ シロヅキ カスム @shiroduki_ksm

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