君に魔法をかけるよ


神崎君は、私が話し終わるまで、静かに話を聞いてくれた。

「そうか。」

「うん。そうなの。私は『アンラッキー7ちゃん』なんだって。」

神崎君は、しばらく黙り込んだ。だんだん不安な気持ちになって、

「ごめん、変な話して。嫌な思いした話ばかりで、嫌な気持ちにさせちゃったよね。ごめんなさい。」

沈黙に耐えられなくなって、思わず謝っていた。

「あ、いや。ごめん。話聞かせてもらったのに、黙ってしまって。」

「ううん。ごめん。」

私は、思わず俯いてしまった。

「どうやって話そうか考えてて。」

「話?」

「うん。まず、さっき俺に『貧乏くじ』って言ったけど、俺はそうは思ってない。」

「うん。」

私の話をちゃんと聞いてくれたから、神崎君の話もちゃんと聞こうと思って、相槌だけ打つことにした。

「あと、君の時計が遅れていて君と同じバスに乗れて、俺はラッキーだったと思っている。」

「うん。」

「あの時乗り合わせていたから、君に椅子も譲れたし。あの時は、君にとっては、人がたくさん乗り込んできて押しつぶされそうになったことが、君の言う『アンラッキー7』だったかもしれないけど、俺と乗り合わせて椅子に座ることができてそれが回避できた。つまり、君にとってもラッキー7でもあったということだ。」

「うん?」

何が言いたいのかな、と思いつつ、「うん」と相槌を打つ。

「それから、大凶は、今の現状がどん底、これから上昇していくのみ!という解釈もできる。今の普通だと思っている状況が君にとって大凶ならば、未来には幸せしかないとも言える。」

「うん。」

「それから、7歳の七五三の時に土砂降りは、この世界に、日本に、同じ地域に、同じ年の子が何人いると思っているんだ!ということで、そもそもアンラッキー7で天候を左右できるはずがない。」

「うん。」

「あと、辛いチョコレートを引き当てた話。君にとってはアンラッキーな出来事だったかもしれない。でも見方を変えれば、他の友達は食べなくて済んでラッキー。周りの友達をラッキーな気持ちにした。その行為は巡り巡って君もラッキーだということもできる。」

「うん。」

ちょっと強引な気もするけど、確かにそうだ。考え方を変えれば、友達を助けたことにもなる。

「こうやって一つ一つ考えていくと、君のいうジンクスに当てはまるものは意外と少ない。そして、たとえ当てはまったとしても、見方によってはラッキーだったり、アンラッキーなことがあったから、ラッキーなことも起きたということも、思い返せばあるのではないかと思う。」

一度、言葉を切る。それから、神崎君は、今朝のことを話し始めた。

「ちなみに、君がアンラッキー7と考えそうな出来事。朝、倉庫の鍵忘れていただろう?」

「うん。」

「あの時もきっとアンラッキー7だって考えたと思うんだ。だとしたら、あれは7時45分の出来事。47分でも37分でもなかったよ。」

「時計見たの?」

相槌しか打たないって思っていたけど、最後の言葉に思わず質問してしまった。そういえば、チラッと腕時計を見ていたような気がする。

「俺が、時計をみるタイミングって結構35分、45分、55分って、5分が多いんだ。時計だけじゃない。なぜか、5をみることが多いなって思うことがあるんだ。だから、人それぞれタイミングってあるんじゃないかなって、君の話を聞いて思ったよ。君のタイミングは、7に合っているんじゃないかな?もし君が、7にまつわるという定義でアンラッキーを考えるとしたら、俺だったらアンラッキー5だな。」


神崎君は、小さく笑って、また話し始めた。

「俺は、高校に入学して以来、周りから暗くて、誰とも話さない人に見られていたから、これからも誰も話してはくれないだろうなと勝手に思って諦めていた。けれど、君は、バスで椅子を譲った日、わざわざ俺の席まで来てお礼を言ってくれた。周りの目も気にせず。」

「周りの目?」

「あはは。君はそういう子だよね。でも、それが嬉しかったんだ。」

神崎君の方から、自分のクラスでの様子を言ってくれたから、私は、ずっと疑問だったことを口にした。

「神崎君は、なんで誰とも話さないの?お昼どこに行っているの?なんですぐ帰っちゃうの?理由があるの?」

それに、神崎君はきちんとこたえてくれた。

「誰とも話さないわけではない。話したくないわけでもない。ただ、何を話したらいいのか分からないんだ。お昼は、屋上で食べている。なんですぐ帰るかは、保育園に弟を迎えに行かなくちゃいけないから。」

「弟?」

「ああ、うちは父子家庭で、4歳の弟がいる。朝は父が保育園に連れて行って、帰りは俺が迎えに行っている。授業が終わったら急いで帰らないと、保育園の終わりの時間に間に合わないんだ。」

「……。」

言葉に詰まった。なんて返事をしていいか分からなかった。なんでお母さんがいないの?なんて聞けなかった。えらいね、とも言えない。辛いね、とも言えない。

家に両親がいて、ご飯が出て、お風呂もわけていて、洗濯もしてくれる。そんな家で何もしないで暮らしている私には、到底その大変さが理解できるものではない。


「私の大凶なんて、柔らかいソファに座ってくつろいでいるようなものだ。」

なんでそんなことを言ったのか、自分でも分からない。でも、神崎君は、そんな私の言葉に、気を悪くするどころか、“面白い”と言ってくれたのだ。


「君の表現は面白くて好きだな。さっきの『アンラッキー7ちゃんの心のお家』の話もいいなと思った。いつもは家に隠れているのに、アンラッキーなことが起こると、心のお家から出て、心の中をお散歩しまくるんだろう。君は気が気じゃないよな?早く家に戻ってよ、心の平穏のために!とか言ってそう。」

「うん、確かに言ってる。」

素直にそう答えると、

「あはは。」

また、笑った。

「俺もできれば友達欲しいなとは思うよ。」

でも、仕方ないよねって笑った。


花奏から神崎君の噂を聞いて以来、今まで聞こえてこなかったクラスで囁かれている声が聞こえてくるようになっていた。神崎君は、みんなから遠巻きにされている。どんな人か分からなくて怖いからだという。

でも、一度話してしまえば、お父さんと弟思いの優しいお兄さんに他ならない。

事情を知ってしまえば、話してどんな人か分かれば、きっとすぐにみんなと仲良くなれると思った。でも、いきなりさっきの家庭の事情を話し始めたところで、みんな驚くだけだろう。


ああ、もどかしい。私は知っているのに!神崎君は優しいいい人だって。


悔しそうな顔をしていると、

「君には『アンラッキー7』だったバスの乗り遅れや、7番会場準備も全て、俺にとってはラッキー7だったんだ。おかげでこうやって話せる友達ができた。」

「友達?」

私には、今まで男友達はいない。男友達ってどういうものかよく分からない。

「もし、君が俺のこと友達って思ってなかったとしたら、それは俺にとってアンラッキー、でも、俺は今話せていることだけでもラッキーだって思っているから。見方や立場や考え方一つで、アンラッキーがラッキーになったりすることを、君に知って欲しい。」

「……」

言葉が出てこない。


神崎君の話は続く。

「今から、君に魔法をかけるよ。」


「魔法?」

唐突に出た言葉にびっくりする。

「次、誰かに『アンラッキー7』って言われたり、心の中の『アンラッキー7ちゃん』がうろうろして苦しくなったら、アンラッキー7のアンのあと、一回とまってみて。」

どういう意味だろう。思わず、

「アン。」

と、言ってみる。すると、嬉しそうな顔をして、

「そう、それから、『ラッキー7』って言うとさ、こうなる!」

神崎君は、吸うっと大きく息を吸い込むと、誰もいない教室で、

「杏!ラッキー7!」

と大きな声でいうと、私を見て笑った。

「ね?アンラッキーのアンの後に句点か!マークを入れるんだ。そうしたら、ほら、『アン!ラッキー7』、つまり『杏はラッキー7』って意味に変わるだろう?杏七という君の名前は、『アンラッキー7』なんかじゃない。『杏!ラッキー7』なんだよ!」

「神崎君…。」

ダジャレに近いことを、大真面目に『魔法』だって言って、嬉しそうに笑う神崎君を見ていたら、急におかしくなってきた。

私も大きく息を吸うと、


「杏!ラッキー7!」

「杏は、ラッキーガール!」


立て続けに大声を出した私に、神崎君は一瞬驚いた顔をしたけど、そのあと破顔した。その、神崎君のあふれんばかりの笑顔に、さっきまでのモヤモヤした嫌な気持ちは、どこかへすっ飛んで行った。

「私は、『杏!ラッキー7!』実は『ラッキーガール!』そして、神崎君とは『お友達!』」

そう言って、笑顔で神崎君を見つめると、

「それは反則だ……。」

と、言って顔を赤くするのであった。



******************

後日


「今日お昼別で!」

花奏にそういうと、お弁当を持って教室をでた。

向かう先は、屋上!

「神崎君はどこかなあ?」

キョロキョロ屋上を見渡す。

結構屋上で食べている人いるんだ。知らなかった。屋上の端っこに座る神崎君を私の目が捕らえた!

よし!後ろから近づいて驚かせようっと。

そうっと近づいて、

「神崎君!」

って声をかけると、

「ああ、君か。」

リアクションが薄くてがっかりした。もっと驚いてくれても…ん?

そう、振り返った神崎君の手元に釘付けになっていた

「そ、そのお弁当!?」

「え?あ!しまった!」

慌てて後ろに隠すけどもう遅い。

神崎君が持っている、蓋を開けたばかりのお弁当は、くまさんのキャラ弁だった!!

「弟がさ、にいにと同じがいいって言ってさ、毎朝チェックするんだよ。」

神崎君は、降参したように、ゆっくりとお弁当を膝の上に戻すと、

「これ、クラスの奴らに見せられないだろう?」

顔を赤くして恥ずかしそうに笑った。

困った顔をしているけど、嫌な顔はしていない。弟が大好きなんだろうなって思った。

私は、神崎君の横に座ると、自分のお弁当の包みを開け始めた。

「そのお弁当とっても可愛いよ。で、美味しそう!くくく、あははは。」

思いっきり笑ってしまった。

「ほら笑うだろう。だから嫌だったんだ。」

恥ずかしそうに笑う神崎君が、あまりに可愛くて、独占したいと思ってしまった。

こんな神崎君を知ったら、クラスの女子の間で人気出ちゃうよ。きっと。


しばらくは、私だけ。

ごめん、神崎君。友達増やすのはしばらくなしで。


これは、あなたが私に魔法をかけてくれた…

「アンラッキー7」が、「杏!ラッキー7」に変わった大切な出会いなんだから。




「いただきまーす!」

パカッ

お弁当の蓋を開けると、

「なんだそれ!?」

神崎君が驚いた声をあげた。信じられないものを見るような目で、私のお弁当を凝視している。

「ん?」

蓋を開けた私のお弁当は、全面緑色だった!?


あー、よりによって今日がこの日だったとは……


もう一度蓋を閉めようと思ったけれど、もう遅い。

ゆっくり蓋を置くと、

「これは、ピーマン弁当です……。」

神崎君にお弁当を見せる。

「え?ピーマン…?敷き詰めてあるやつ全部?その緑色のやつ内蓋じゃなくて?全部ピーマン?」

こくりと頷き下を向く。

「ピーマン、大好きなので…。そして…ただいま12時7分です…。」

ピーマン弁当と腕時計を見せながら、私が拗ねた顔をすると、

「ぷっ。あはははは。」

今までで一番笑う神崎君なのであった。

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君に魔法をかけるよ 雲母あお @unmoao

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