君に魔法をかけるよ

雲母あお

アンラッキー7の杏七

「おはよう!遅いよ、杏七!」

「え?時間通りでしょう?」

「朝、宿題一緒に見直そうって言って、7時30分に教室集合だったでしょう?」

「うん。だから今7時30分でしょう?」

私は、自分の腕時計を見る。確かに7時30分を指していた。

「見せて!あ…その時計遅れてるよ。ほら、教室の時計見てみなよ。」

そう言われて、時計に視線を送ると、

「え!?7時37分!?なんで?あれ?あ、ごめん。」

ガバッと頭を下げて、クラスメイトの花奏に謝った。

「いいよ。仕方ない。また、時計が7分遅れてるとか、杏七の『アンラッキー7』は、まだまだ健在だね!」

花奏は冗談めかしてそう言った。どうやら、私が遅れてしまったことは許してくれたようだ。

「ほら、先生あと10分ちょっとで教室に来ちゃうから、宿題の答え合わせさっさとやっちゃおう!!」

「あ、うん!」

慌ててカバンからノートを出すと、花奏の隣の席に座って、宿題を見せ合いっこを始めた。

花奏の隣の席が、私の席。



「あ、杏七、その問題違ってるよ。」

「どれどれ?」

「この問題。ここの計算違ってる。」

「あ、本当だ!ありがとう、花奏。助かったよ!」

「いえいえ、こちらこそ。私も分からないところ教えてもらったし。」

私が間違えた問題をやり直していると、宿題の見直しが終わった花奏が、顔を近づけてきた。

「でさ、さっきさ、地味男と一緒に教室に入ってきたけど、今日一緒にきたの?」

「地味男って?」

「神崎君のことだよ。」

「神崎君?なんで地味男?」

「わかんないならいい…。なんでもない。で、一緒に来たの?」

「バスが一緒だったんだ。早く乗ったつもりが、いつもより1本遅いバスに乗っていたなんて。本当にごめんね。」

再び頭を下げる。

「いいよ。もう。杏七は真面目なの知っているし。」

花奏は、私の頭をよしよし撫でながら、そう言って笑った。

「ありがとう。」

私と花奏は、中学校の時からの友達だ。

その頃から、私のドジは有名で、何故かは分からないけれど、特に「7」の数字にまつわるドジや、失敗が多いのだ。今回の腕時計も然り…。

そこへきて、名前が「杏七」だから、誰が言い出したのか、私がドジを踏むと、杏七の七をラッキー7と読んで「アンラッキー7」と言われるようになった。

嫌だなあと思うこともしばしばだったけれど、仲間がそう呼ぶ時、「もう杏七は仕方ないなあ」と愛のこもった私のドジを許容してくれる言い方だったので、仲間に愛されているなあと感じてもいたのだ。

それでも、やっぱりちょっと辛い。


高校に入って、中学校が同じなのは花奏だけで、花奏以外私をそう呼ばない。花奏も私と2人の時にしか言わないから、広まることもなく内心ほっとしていた。ただ、中学3年間呼ばれてきた私の心の中には、「アンラッキー7」ちゃんのお家が建てられ、いつも住んでいて、嫌なことやドジを踏んだ時、不幸だと思うようなことがあったときは、お家から出てきて、私の心を歩き回るので厄介だ。

君が出てくると心がぐちゃぐちゃになるから、「早くお家に帰って!」って思うけど、なかなか思うようにはならない。

はあ、嫌な気分だな。

心の中をまだ『アンラッキー7ちゃん』は歩き回っている。

『アンラッキー7の杏七』って言いながら……


次の日。

朝、時計が遅れていたことを忘れていて、昨日と同じバスに乗り込んだ。最寄りのバス停を7時7分に出るバスだ。

昨日と同様席は満席になっていた。昨日も座れなくてアンラッキー7って思ってたのに、時計のせいで今日もこのバスになってしまった。いつも乗るこのバスの一本前のだと、座れるんだけどなあと思いつつ、後方へ移動すると、神崎君が座っていた。

「おはよう。」

挨拶をすると、

「おはよう。」

と、返してくれた。

神崎君とは2年生になって初めて同じクラスになった。1年の時の神崎君のことは何も知らない。そして、4月から今まで話をしたこともなかった。昨日バスで見かけた時は、名前も出て来なかったくらいだ。

学校までは、あと7つのバス停に停車する。私の最寄りのバス停から4つ目のバス停に停車した時、バスを待っている人がたくさんいて、どんどん乗り込んできた。

「え…えっあ…」

前から人が押し寄せて、後ろへ押されていく。どうしよう。あんなに乗り込んできたらぎゅーぎゅーで。でもどうしようもない。その時、不意に右腕を掴まれたかと思うと、次の瞬間椅子に座っていた。

「え?あれ?」

何が起きたか分からないでいると、

「そこ座って。」

神崎君が席を譲ってくれたのだ。

「いいの?神崎君大丈夫?」

「ああ。大丈夫。気にしないでいいから。」

そう言ったきり、満員のバスの中で話すこともできず、バスは走り出した。



「おはよう。」

教室に入ると、花奏が声をかけてきた。

「おはよう。」

席に座る。

カバンから教科書などを出していると、

「今日もまた一緒だったね。」

「うん。バスが同じだったから。」

「神崎君、気をつけたほうがいいよ。」

「なんで?」

「だって、暗くない?」

「そう?」

「4月から同じクラスだけど、誰かと話しているところ見たことないよ。いつも1人でいるし。お昼休みはどっか行っちゃうし。何しているのか、何を考えているのか全然分からない。一年の時からあんな感じらしいよ。」

「そうなの?でも花奏、よく知っているね。神崎君のこと。」

「な、何言ってんの!?私はただ、みんながそう言っているから…。それに『アンラッキー7』の杏七が変な男にひっかからないか心配して…。」

いや、私なんか、昨日初めて顔をちゃんと見たくらいだし。挨拶したの今日が初めてだし。あ、そうだ。忘れないうちにお礼を言わなくちゃ。

「心配してくれてありがとう。ちょっと行ってくるね!」

「え?」

私は、授業の用意を終えると、椅子から立ち上がり、窓際の一番後ろの席に座る神崎君の元へと歩いて行った。

「神崎君。」

私が神崎君が座っている席の前に立つと、読んでいた本から顔をあげ、

「何?」

返事をしてくれた。ほら、ちゃんと返事ができる人に悪い人はいないのだよ、花奏!

「さっきはありがとう。とても助かりました。」

お礼をちゃんといえて、ホッとした。困ったところを助けてもらったのに、お礼が言えなくてモヤモヤしていたのだ。

「いや。律儀にお礼言ってくれてこちらこそありがとう。大したことないから気にしないで。」

「あの時間のバス、いつも混んでいるの?」

「いや。時々だよ。でもあんなに混んだりしないな。今日みたいことは、今まで経験がない。きっと何か部活の遠征とか、団体で動くことがあったのかもね。たまたま運が悪かっただけだよ。」

運が悪かっただけ。


『アンラッキー7』の杏七…

不運な私がたまたま乗り込んだから…。


そんなわけないと頭では分かっていても、不運に見舞われることが多く、なんだか自分のせいなのではないかと、自然に思ってしまう…。

「なんか、ごめん。」

「え?なんで謝るの?あんなの君のせいじゃないだろう?」

「うん。でも、ごめん。私はそういう人間なんだよ。多分。きっと。」

なんだか暗い気持ちになった。どうしようもない気持ちになったのだ。

また、心の中の『アンラッキー7ちゃん』が、お散歩しようとしている。いつも私の心を歩き回って、私の心を荒らすんだ。

「どうした?」

心配そうに見られているのに気がついて、慌てて笑った。

「な、なんでもない!ごめん。よくわからないこと言って。とにかくありがとう!助かりました!」

そう言って席に戻った。

花奏から、何があったのか聞かれたけど、答えられなかった。

『運が悪かっただけ。』

その言葉が、なぜだか心にずしっときた。

運が悪いっていえば、なんでも片付けられるものなの?

『アンラッキー7ちゃん』が、私の心を掻き乱す。


『アンラッキー7』


久々花奏からあのあだ名を言われたからだ。

しばらく聞いてなかったから、もう平気だと思っていたけど、昨日花奏に言われてから、また気にしてたんだな、私。


それにしても、7にまつわる不運が多いのだ。

一部、紹介しよう!


*昨日の時計、7分遅れていた。

*お昼休み学食で、並んだ番号が7番。私の前、そう6番の人で品切れ。食べたかったメニューにありつけなかった。

*おみくじをひいたら7番が出た。一緒に行った友達に、ラッキー7だからきっと大吉だよー!と、巫女さんに番号を伝えると、大凶だった。

*偶然、買い替えた携帯番号が7がたくさん入った番号で、いいことあるかもよって言われたけど、間違い電話がよくかかってきた上、携帯自体が不良品で7日で壊れてデータも全て飛んでしまった。無償で交換してくれたけど、写真などのデータは復元出来なかった。「7日だから、大した量じゃなくてよかったですね!」なんて、お店の人に言われたけど、「同じ写真は2度と撮れないんだから!」と、心で叫んだが、音声にはできなかった。小心者です。

*7歳の七五三の時だけ土砂降り。

*じゃんけんで決めた順番が7番目だった時、ひとつだけ辛いのが入っていたチョコレートを当てて悶絶。

……などなど。挙げたらキリがない。


そして、今日は、たまたま乗ったいつもと違う時間のバスが、激混み。昨日に増してアンラッキー。今までそんなこと一度もないって。私が乗った日だけ。


はあ。なんでこんな名前なんだろう。

名は体を表すから?どっちが先?生まれた時から不運の定めだから、この名前になったの?それともこの名前をつけたから、こんな人生送っているの?


そんなこんなで、日々は過ぎ、4月から5月になっていた。5月末に体育祭が行われるので、委員とか準備の担当とか決める時間。

学級委員長が、前に出て仕切ってくれている。

「こういう時、なかなか担当が決まらないと思ったので、こんなものを用意しました。」

くじ引きの箱を教壇の上におき、黒板には、模造紙を張り出した。模造紙には、1から30まで、クラスの人数分の番号が書かれ、それぞれに役割が書かれていた。

「番号に、それぞれ役割が割り振ってあります。1人ずつ引いて決めちゃいましょう!」

明るくいい放つと、端から順番に委員長が回って、番号が書かれた紙が入っている箱から1人1枚引いていく。私の番になった。ドキドキしながら番号を引くと、

「7番…」

また、7だ。7から逃れられないのだろうか。

黒板に張り出された模造紙を見ると、7番は、会場準備と書かれていた。全員がくじを引き終わり担当が決まると、委員長は、再び黒板の前に立つと、書かれた役割について、それぞれ説明してくれた。

私は、運動会当日、旗を倉庫から出して設置したり、先生の椅子を並べたりと、「会場準備」という言葉そのまんまの担当だった。先に自分の椅子を定位置に置いてからの準備で、みんなより早めにきて作業をするらしい。時計、直しておかなくちゃ。また忘れていた。腕時計を、教室の時計を見ながら直した。あと、他にも会場準備の人いるのかなあと、表を見ると、27番会場準備と書かれていたが、誰が27番を引いたのか分からなかった。「誰ですか?」と、みんなの前で立って声を掛けるのも小心者でできなくて、黙っていた。当日になれば分かるだろう。それでいいや。

種目は、花奏と一緒に障害物競争に出ることになった。


体育祭当日。

時計も直したので、ちゃんと早めにバスに乗れた。

「おはよう。」

空いている椅子に座ろうと思ったら、声をかけられた。声のした方を見ると、神崎君が座っていた。

「おはよう。今日は早いバスなんだね。」

そう言って、神崎君の前に座ろうと思ったら、

「隣、座ってよ。知らない誰かが座るよりいい。」

そう言われて、戸惑ったけど、

「うん。」

私は、神崎君の隣に座った。

「もしかして、7番さん?」

私に向かって神崎君が言った。ということは、

「もしかして、27番さん?」

そう、返事をすると、予想外の返事だったようで、目を丸くして、それから笑ったのだ。

「あははは。」

それに私がびっくりしてしまった。神崎君が声をたてて笑ったよ。

「そう、俺が27番さん。今日はよろしく、7番さん。」

神崎君は、笑顔でそう言ったのだった。



教室について、体操着に着替えると、自分の椅子を持って校庭にでた。

「倉庫の場所知ってる?」

私が聞くと、

「体育館の裏だよ。」

神崎君と一緒に歩き出した。

「倉庫に鍵がかかってる…。」

私がどうしようって声を出すと、

「ああ、それなら持ってきたから大丈夫だよ。」

「ありがとう。」

いつの間に持ってきたんだろう。私1人だったら困っただけだった。神崎君は、ちらっと腕時計を見た気がした。

神崎君が鍵を開けてくれて、倉庫の中に入ると、赤や白の大きな旗が、目に入った。

「あれ持っていくんだよね?」

私の方が近い場所にいたから、7本の旗を全部持って入れ物から出そうとした。かちゃかちゃと音を立てるそれは、持ち手は竹で、一枚布がついているだけの代物で、軽そうに見えた。でも、実際持ち上げると重くて、バランスを崩しそうになってしまった。踏ん張ればなんとかなるか。無理に持って行こうとしたら、

「無理するなよ。危ない。一度に持って行かなくても時間まだあるし。俺もいるし。」

そういうと、私が持ち上げた7本全部をひょいっと持つと、2本私に渡してくれて、残り5本は神崎君が肩に持って歩き出した。

「行こう。」

「う、うん。そんなに持って大丈夫なの?」

「これくらい大丈夫。それより2本も持てる?」

振り返ってクスッと笑った。

「2本くらい持てるよ!」

ちょっと怒っていうと、

「あはは。それは頼もしいな。」

面白そうに笑って、少し先を歩く。

それから、旗を所定の位置に置くと、倉庫に戻って、大玉転がしの玉や、その他の先生や来賓の椅子を並べる作業を手伝った。



体育祭が終わって、片付けの時間。

会場準備の係の仕事は、片付けまで含まれていたのだった。

体育祭が終わって、椅子を持って教室に戻ろうと思ったら、

「片付けもよ。」

と、委員長に声を掛けられ、

「椅子は。」

「私が持っていってあげるわ。よろしく。」

と言って、私の椅子も持って教室に行ってしまった。神崎君の方を見ると、椅子を置いてこちらに歩いてきた。

「片付け行こうか。」

「うん。でも、椅子は?」

「あとで取りに来るからいい。」

目の端に花奏が見えた。

「花奏!ちょっといい?」

「何?」

「これから片付けに行かなくちゃいけないから、椅子お願いできる?」

「いいけど。」

「じゃあ、これお願い!神崎君のところに。」

「え!?」

「よろしくね!じゃあ、行こう。」

「ごめん。無理しなくていいよ。あとで取りにくればいいことだから。」

神崎君は、花奏にそういうと、私の後ろを歩いてきた。

「頼まなくてもよかったのに。」

「いいんだよ。クラスメイトじゃん。」

神崎君が頼まないなら、私が代わりに頼めばいい。倉庫の鍵を持ってきてくれたのと同じこと。

心の中で、そう思っていた。

倉庫まで、旗を運んだり、椅子を片付けたりして、やっと作業が終わった頃には、夕方だった。



教室に戻ると誰もいなかった。神崎君の席を見ると、椅子がちゃんと置いてあった。よかった。明日、花奏にお礼を言っておこう。

「それにしても貧乏くじひいちゃったね。」

私は、神崎君に話しかけながら、椅子に座った。

疲れたなあ。

「なんで?」

神崎君の答えは、予想外だった。

「なんでって、もうみんな帰っちゃってるよ。最後まで居残りで片付けなんて、貧乏くじじゃないの?私ラッキー7を引いたのに、やっぱりアンラッキー7……。神崎君も私の不幸に巻き込まれたのかも…。」

自分で言っていて、少し悲しくなった。

「何そのアンラッキー7って?不幸に巻き込まれた?こないだから気になっていたんだけど、なんで謝ったりするんだ?」

「なんでって……。」

なぜだろう。

神崎君しかいない教室。

なぜだろう。

なんでか分からないけれど、私は神崎君に、中学の時に『「アンラッキー7」の杏七』と呼ばれるまで、そして呼ばれてから今までのことを話していた。


きっと、神崎君は、初めて真っ直ぐに私を見てくれた気がしたから。









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