七月七日
壱ノ瀬和実
七月七日
七月七日。人を殺した。
俺は験を担ぐ男だ。
何をするにも縁起の良い日じゃなきゃ気が乗らない。ギャンブル好きの父親の影響だ。
殺せなきゃ失敗。験は担がなきゃならない。
ことを起こすなら大安吉日。右腕から袖を通し、食事はおにぎり一つ。
ナイフで刺すべきか、毒を盛るかで悩んだ。確実なのはナイフだったが、血が飛び散るようなものは嫌だった。毒は入手困難だ。劇薬は手に入れるだけでも難しい。
首を絞めよう。後ろからだ。苦しむ声は聞こえるだろうが、死ぬ間際の顔を見ずに済む。
相手は八十二才の男だった。抵抗するだけの力は、既にない。
決行は七月七日。この日を選んだ。
俺がじゃない。相手がこの日を希望した。
「ラッキーセブンだ。この日に死ねりゃ俺も天国に行けるかも知れねぇ」
そんなことを言って、俺に最後を託しやがったのだ。
俺が殺したのは、父親だった。
親父は自ら死ぬことを選んだ。お袋が死に、一人になって、親父は病に罹った。治る見込みはなく、余命宣告を受けた親父は日に日に弱り、病の苦痛に耐えられなくなった。
「殺してくれ」
弱々しい声で親父がそう言ったとき、俺は内心ほっとしていた。
やっと楽になるんだな……。
殺し方が分からなかった。人を殺そうなどと思ったことはこれまで一度もない。だから、首を絞めるくらいしか思いつかなかった。
水の入ったコップが揺れる。籐の椅子で、親父はぐったりと眠った。
俺は床にへたり込んで、小刻みに吐き出される呼吸と震える指先で、どうにかなってしまいそうだった。
なあ、親父。一体今日は、誰にとってのラッキーセブンだったんだ。
天国にはいけたかい。だとしたら、あんたとってはこれ以上ないくらいラッキーだったのかな。
俺にとっては、どっちだっただろう。
「アンラッキー、だったんだよ。きっと。そうなんだよな、親父」
その答えに辿り着いたとき、俺という人間は、終わってしまう気がした。
七月七日 壱ノ瀬和実 @nagomi-jam
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