第17話 侵入者
「おや……レオ君、なんだか体がピカピカしてるねぇ」
リタは静かに近づいてきたレオを見やり、にこりと笑った。
「すっげぇだろ⁉ これ、土の精霊の加護ってやつなんだぜ! ルシェとケンが俺につけてくれたんだ……まったく、泣かせる奴らだぜ」
レオは瞳を潤ませ、こそこそと叫んだ。
リタとレオは気配を消している。ダンジョンへの侵入者が近くにいるからだ。
光は男が手にしているランプのみだが、魔族であるリタとレオは暗闇でも困ることはない。
侵入者の目的はなにか?
それを達成するために、相手がとる手段はなにか?
そして、その手段に対応することは可能か?
二人はそれらを冷静に判断しなければならない。
「人数は……一人か……珍しいな」
そっと岩陰から侵入者を覗き見たレオが呟く。
「見た目三十歳くらいの男……布袋を担いでる……帯刀はしてねぇ……ってことは、使うのは魔法か素手か飛び道具か……」
レオは
男は何かを物色するようにランプを動かしながら、ゆっくりと歩いていた。
その目の前に、体長三十センチ程のモンスターが現れる。
「シロ、クロ、ミック……」
レオが口の中で呟いたのは、野兎モンスター三兄弟の名だ。
男は毛を逆立てて威嚇する三匹を前にして、無精髭を生やした口元をにやりと歪めた。
清潔感のない黄色い歯が覗き、ランプの光を受けてぬらりと光る。
三匹を見る男の視線は、まるで値踏みする商人のようだった。
「これはまた可愛らしい兎ちゃん達だ……高く売れそうだぜ」
男の言葉が終わらない内に、野兎モンスターの長男シロが、男の顔めがけて地を蹴った。
その鋭い歯で男の鼻をかじろうとしたのだ。
ところが、その体が空中でピタリと止まり、ぺしゃんと潰れた。
「えっ……」
レオは言葉を失った。
コロコロ……と男の足元に五センチサイズのサイコロが転がった。
それは、ほんの数秒前まで野兎モンスターだったものだ。
男はニヤニヤと笑いながらサイコロを拾い、それを背負っている袋に無造作に放りこんだ。
「シロが……サイコロになっちまった……」
レオが力なく呟く。
レオは、侵入者の男がこんな技を使うとは、まったく想定していなかった。
「お前らも、高く売ってやる」
目の前で起こった事に混乱し、うろうろしている二匹の弟クロとミックも、男の前で次々とサイコロに変わった。
「よしよし、いい調子だぜ……次はどいつかな……」
男はそれをつまみ上げ、鼻歌混じりに呟いた。
「いったいどうなってんだ……あんな精霊魔法、見たことない」
「レオ君、あれは精霊魔法じゃない……高度な魔法、本来我ら魔族のみが持つ力だ」
リタは口元ににやりと笑みを浮かべた。
「これは、私が出る案件だ……回収して分析に回さないといけない」
「リ、リタさん」
顔色を失うレオの横を、リタがすっと歩いていく。
「そこの顔色の悪い旦那……その力、いったい誰からもらったのかな?」
リタは屈み込んでいる男の背に向かって、にこりと笑って言った。
「あん……なんだ、てめぇ……」
男は立ち上がり、突然背後に現れたリタを渋い表情で振り返る。
その視線の先にいるリタは、男の黄色がかった瞳を見つめ目を細めた。
「そんなに濁った目ぇしちゃって……もったいないねぇ」
「はぁ? うるせぇよ、俺は人にゃ用はねぇんだ……失せろ、ガキが」
男はだるそうに悪態をつき、手にした二個のサイコロを袋に放り込むと、リタを冷たく見下ろした。
その視線を受け止めるリタは、余裕の表情を浮かべて顎に手を当てる。
「いったいいくらで交換したんだ? その力と……一人や二人じゃ、とてもつり合いがとれないもんねぇ」
「……てめぇ……
男の目にあった、リタを馬鹿にするような空気が警戒するようなものにとって代わる。
「私は人じゃない……魔族さ……しかも、魔王様直属の部下だよ」
リタは誇らしげに胸を張り、満面に笑みを浮かべた。
「魔王直属だぁ? 冗談だろ、こんな超低レベルのダンジョンにそんな大物がいるわきゃねぇ……って言いたいとこだが、さっきのあの言葉……」
男はどす黒い色をした顔を歪める。
この女は、知っているのだ。この力が、誰から得られるものなのか、そうする為にどれほどの代償が必要なのかを。
「モンスターなんて、そこらにごろごろいるだろ……ちょっとお持ち帰りしたってどってことないんだから、見逃してくれよ、な?」
男はリタに対する態度をころりと変えた。
なんとか誤魔化して、この場を去るつもりなのだ。
「ごろごろね……確かに、数はいるさ……だが、一匹一匹にそれぞれ名があり感情がある……人間、お前達と同じようにな」
リタは真顔で言い、男に向かって歩き始める。
その瞳の色は、艷やかな黒から鮮やかな赤に変わり、その全身から禍々しい魔力が溢れ出る。
「くそっ!」
リタを睨む男の瞳もまた、リタと同じ鮮やかな赤に染まった。
その瞬間、リタはサッと手を払う。
「なっ……」
リタが払ったそれは天井の岩肌にぶつかり、砕けた岩肌がサイコロになって転がった。
「その力、回収させてもらう」
驚愕し目を見開く男のすぐ目の前に、リタはいた。
「か……」
回収、と言葉を紡ぐ前に白目を向き、男は泡を吹いて倒れた。
「リタさんの瞬殺パンチ、さすがだなぁ……」
レオが感嘆の声をあげながら、岩陰からぴょこんと飛び出す。
まさに目に止まらぬ速さで、リタの拳が男の腹に沈んだのだ。
「まあね……人間対上位魔族じゃ、結果はこうなって当たり前だわ」
リタはため息混じりに言いながら、自身の道具袋から取り出した白手袋をはめた。
そしてすぐさま、気を失って倒れている男の額に右手の人差し指を当てる。
その瞳は、まだ赤いままだ。
「なにをするの、リタさん?」
レオはリタと男に近づき、訊ねる。
「うん……この男から魔力だけを奪うんだよ。向こうとの契約はそのままにしておいてね……そうしないと、この人間の命がどうなるかわからないから」
微かに眉根を寄せるリタの人差し指が、男の額に吹き出す赤い炎をぐんぐんと吸い取っていく。
代償と引き換えに、人間に魔力を与える悪趣味な同族は数えきれないほどいる。
だが、先程リタが見た男の魔法は、かなり高等なものだった。
「これは、野放しにできなくなるかもしれないな……どちらにせよ、私の管轄じゃないけど」
リタはぼそりと呟いた。
レオはその呟きに気づかず、リタの指先に吸い込まれていく赤い炎を見つめ続けている。
「力だけを奪うなんて、そんなことできるんだね……こいつから力がなくなった時点で、相手との契約はなくなるのかと思ってたよ……しっかしこの赤い炎、見てるとくらくらしてくるな」
レオはその感覚に、オレンジ色の額を曇らせた。
「この炎は、とても強くて質の悪い
「うん……なんだか俺、凶暴なモンスターになっちゃいそう」
心配そうに言うレオに苦笑し、リタは左手の人差し指を男の額につける。
「回収は終わったから、次はダミーを仕込むよ」
「おぉ、今度は青い炎が吸い込まれていく……なんだ……この炎……」
レオは、リタの指先から勢いよく吹き出る青い炎に目を細めた。
「さっきの炎と、まったく違って見えるでしょ?」
リタはふにゃりとした表情のレオに微笑んで見せた。
「うん……なんだか落ち着く……まるで透明で冷たい水の中にいるみたいだ」
レオは、ほぅと深い息を吐く。
「これは、何を為すこともできない、偽りの力の炎だよ。こうしないと、私がこいつから力を奪ったことがばれちゃうからね」
「うん……ずっと眺めていたい」
「まあ、気持ちはわかるけどそうもいかないなぁ……さっきの赤い炎の代わりにダミーが満ちるまで、そう時間がかかってもまずい」
「そっかぁ……残念だなぁ……めちゃくちゃきれいなのに……」
リタの説明に、レオは残念そうに肩を落とした。
「これでよし、と……あとはこれを解析してもらって、あの子達を元に戻してもらわなきゃ」
リタは言いながら、赤い炎を吸い取った右手の白手袋を腰のベルトに提げた小袋に入れる。
「それと、こいつだな……ロープでしっかりと縛っておかなきゃ」
リタはベルトに括り付けていたロープで、男の手と足を縛った。
男はリタにそうされても、まったく目を覚ます気配がない。
「さっきの手袋とサイコロを解析班に持っていくの、俺がやるよ。リタさんはその男を裁判所に連れて行かなきゃいけないんだろ?」
「ありがとう、そうしてもらえると助かるよ……じゃあ、これ頼むね」
リタはにこりと笑って、レオに白手袋を入れた袋を手渡す。
「あっ、ルシェとケン、きっと心配してるだろうから、私はすぐに戻るって伝えてくれるかな?」
「そうだよな……わかった、隊長のとこに行ったらすぐにルシェ達に伝えるよ」
「頼んだよ、レオ君……じゃあ行ってくる」
頷くレオに笑顔で頷き返し、リタは男を担ぐと姿を消した。
「さあってと、まずは隊長に報告しなくっちゃ!」
レオはサイコロが入った袋と白手袋が入った袋を抱え、急いで司令室へと向かったのだった。
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