第16話 精霊の加護
「あ、その本……学校の図書室で見たことあるな」
ケンは、ルシェがショルダーバックから取り出した一冊の絵本を見て言った。
「赤い野菜と緑の野菜ってやつな」
「うん。この本、前に図書室で借りてレオさんに見せたら、とても感動してね……欲しいなあって言うから、僕のお小遣いでプレゼントしようと思ったんだ……はい、レオさんどうぞ」
ルシェはにこりと笑って、目の前のオレンジ色のスライムに絵本を差し出した。
「やったぁー! ルシェ、ありがとう!」
レオはルシェから絵本を受け取り、嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「あの絵本……どんな内容だったっけ? なんか、赤と緑の野菜が出てきたのは、覚えてるんだけど」
ケンは喜びを体現しているレオを目で追いながら、ルシェに訊ねた。
「あの本は、自信が持てない赤い野菜が、ありのままの自分を受け入れる物語だよ。レオ君は、オレンジ色の自分の体の色が派手すぎるって嘆いていたから、あの本を見せたんだ」
ルシェも、レオ同様嬉しそうに笑っている。
「……そうなのか……」
本を受けとったレオと、本を贈ったルシェの嬉しそうな様に、ケンのモンスターへの印象ががらりと変わる。
先ほど見た、赤い目を光らせた野ネズミモンスターは怖くて不気味だと思ったが、今目の前でぴょんぴょん跳ねているレオは、とても可愛らしく見える。
ルシェは、カウセリングルームに設置された小さなテーブルに、ノートとペンを置いた。
「そのノートは?」
「うん。皆から聞いた話を、このノートに書き留めてるんだ。忘れないようにする為にね」
「お前……その仕事、楽しいんだな……そうだよな、だからお前は変わったんだもんな……俺、お前がさっき言って言葉、なんとなくわかったよ。人もモンスターも、色々ってやつ」
ケンはため息混じりに言い、近くにあった椅子に腰掛けた。
と、突然、ぴょんぴょん飛び跳ねていたレオの動きがピタリと止まる。
「……レオさん? どうしたの?」
レオが
「ルシェ、これ、預かっててくれ……今、司令室からメッセージが飛んできた……どうやら、侵入者がいるらしい」
レオは絵本をルシェに手渡す。
「えっ……侵入者? それって冒険者のことか?」
「いや、経験値を得ることが目的の冒険者じゃなくて、略奪や破壊が目的の侵入者だ」
レオは神妙な面持ちで、眉根を寄せるケンに説明した。
「冒険者と侵入者って、なにか違いがあるのか?」
ケンはルシェに問うが、ルシェは緊張した表情で首を左右に振った。
「僕も詳しくはわからないけど、いつもと空気が違う……冒険者が相手の時は、嫌だけど仕方ないって感じなんだけど、今はピリピリしたものを感じる」
「あぁ、悪いなルシェ……俺はそういうの隠せないから……」
レオは困ったような笑みをルシェに向けた。
本当は、ルシェを不安な気持ちにさせたくないのに。
「俺は現場に行く……場所はこの近くみたいなんだ。ルシェ達はここにいろよ……しかし、リタさんがいる時で良かったぁ……リタさん強ぇからなぁ」
「僕達が行っても、なにもできないもんね……ごめんね、レオさん……」
ルシェは瞳を潤ませた。
まだ子供のルシェとケンは、大人と戦う術を何も持っていないのだ。
「くそっ、なんの役にもたたねぇなんてよ!」
ケンは悔しげに唇を噛んだ。
レオは、ルシェとケンを交互に見て、にこりと笑う。
「お前ら、そんな
「それは……そうだけど……」
ルシェは額を曇らせる。
モンスターは人間と違い、その肉体を失ってもすぐに再生が可能だ。
だが、その際に生じる痛みはどうやっても避けられない。
ルシェはモンスター達から散々『痛いのは嫌だ』という声を聞いているから、それをよく知っている。
武器や精霊魔法などで攻撃を受けると痛みを感じるのは、人間もモンスターも同じなのだ。
ルシェは胸の辺りの服をぎゅっと掴んだ。
傷ついて欲しくない……皆……
ルシェのその様を見たケンが、意を決したように表情を引き締めた。
「レオさん! 少し待ってください!」
ケンは叫ぶと、ルシェのペンを手に取った。
「ケン君、なにを……」
一瞬呆気にとられたルシェは、レオの周りに円を描くケンを見てハッとした。
「そうか、ケン君は土の精霊魔法が得意なんだった……」
「そうだ、レオさんに加護をつける!」
ケンは叫び、自ら描いた円の前に両手をついて深呼吸を繰り返す。
学校で習った時は、うまくできた……あの時みたいに、うまくできるだろうか……いや、できるはずだ、信じろ!
「大地の精霊を司る母なる神よ……どうかお力をお貸しください」
ケンは祈りの言葉を捧げ、ショルダーバックから取り出した小さなナイフで指先を切ろうとした。
「待って、ケン君!」
ルシェは慌てて叫ぶ。
「神様への供物なら、僕が持ってる……これを使って!」
ルシェはポケットからゴールドカラーのヘアピンを取り出した。グリーンの石がついている、リタからもらったものだ。
「いいのか? これ、大事なもんなんだろ?」
ケンが強い眼差しでルシェを見る。
神に供物を捧げると、その供物のエネルギーは吸収される。つまり、ルシェのヘアピンは傷んでボロボロになってしまうのだ。
「うん、いいんだ……それに、僕の方がレオさんと関わりが深いから、僕の持ち物の方が力を貸してもらえると思う」
ルシェは頷き、ケンにヘアピンを手渡した。
「わかった」
ケンは頷き、ヘアピンを握りしめる。
「お前達、いったい何をする気なんだ?」
レオが
「加護をつけるんだ。土の精霊の」
ケンは冷静な声音で答える。
「せ、精霊の加護⁉ そんなの、俺受けたことないぜ……食らったことはあるけど」
「攻撃じゃなくて、守護を頼むんだ」
ケンは言い、ルシェから受けとったヘアピンを地面に押しあてると、再び意識を集中させる。
目を瞑って祈るケンの脳内に金色の扉が浮かび、その扉が開かれた。
よし、神の許可がおりた!
ケンは地面に精霊文字を描き、命を下す。
「出来うる限りの加護を与えよ!」
その言葉と同時に円内が黄色い光に包まれる。
「うおっ! こりゃ、初めての感覚だぜ!」
光を浴びるレオが興奮気味に叫んだ。
やがて黄色い光は収束し、レオはぴょこんと円から飛び出した。
その体の艶が、いつもより数倍増している。
「なんか、めちゃくちゃ守られてる感じがする……ありがとな、ケン、ルシェ……じゃ、行ってくる!」
「気をつけて!」
踵を返すレオに声をかけつつ、ルシェは地面に膝をついたままのケンに近づいた。
「ケン君、大丈夫? すごいよ、さすがだ……僕にはできないよ、こんなこと」
ルシェは、疲労がまざまざと顔に浮かんでいるケンの隣に座りこんで言った。
ケンを気遣うルシェの表情は冴えない。
ルシェは水も土も、どんな精霊の魔法も一切使えないのだ。
劣等感を覚えるのも無理はないと、ケンは思った。
「……精霊魔法が使えるかどうかは、血によるもんだろ……お前の努力不足とかじゃないんだから、気にするな……それより、おまえのピン、ボロくなっちまったぞ」
言うケンの手には、錆びた金属のヘアピンがあった。少し前までそこで美しく光り輝いていたグリーンの石は、もうどこにも見当たらない。
土の精霊の力を借りる為に、神への供物として捧げられたからだった。
「うん……これでレオさんが守られるなら、いいんだ……本当にありがとう、ケン君」
ルシェは目を細めて、錆びたヘアピンを大事そうにケンから受け取ったのだった。
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