第3話 初めまして

「初めまして、こんにちは!」

 リタは目の前の少年に、にっこりと笑いかけた。

 時刻は待ち合わせの時間を十分過ぎている。

 だがすっぽかしたりせず、ちゃんと来ただけ相当マシだ。

「あ、こ、こんにちは……」

 先日の電話口でルシェと名乗った少年は、小さな声でそう言ったきり、黙って俯いた。

 なるほど確かに少年は体が小さく華奢で、エネルギーが感じられない。

 猫背に、まっ黒で長い前髪が目を隠している。

「緊張してますね? そりゃあ、しますよね! なんせ初めてですもの!」

 リタは笑顔のまま、半ば強引にルシェの手を取った。

「私はリタ。たすけスタッフ、兎型のリタです! よろしくね!」

「あ、は、はぁ……ルシェです……よろしくお願いします」

「ルシェ君、とりあえずそこの石段に座って話をしよう」

 リタはすぐ近くの神殿入り口の石段を示す。ルシェは小さく頷いた。

「早速ですが! 君にプレゼントがあります!」

 リタは石段に腰掛けるなり、ルシェに言った。

 首を傾げるルシェに、リタは提げていたショルダーバックから、二本のヘアピンを取り出した。

ゴールド色の金属に、グリーンの石飾りがついたものだ。

「このヘアピンで前髪を留めると、不思議といいことが起こるんです! はい、どうぞ!」

「えっ……はあ、ありがとうございます……」

「まずはよく見ないと、次に進めないからね……怖がらなくて大丈夫。これからは、私が君についてるからね」

 リタは落ち着いた声音で言った。

 ルシェは慣れない手つきで、前髪を留める。

「うん! よく似合う!」

「そ、そうですか……」

 ルシェの小さな黒い瞳が、ようやく見えるようになった。

 そこには、迷いと不信の色がありありと浮かんでいる。

「よく、うちに電話してきましたね……勇気が要ることですよ、知らない人と話をする為にダイヤルを回すというのは」

「僕……自分が嫌いなんだ」

 ルシェはリタと視線を合わさず、地面を見つめたままだ。

「学校も嫌い……友達もいない……なにも楽しくない……ただ、生きてるだけ」

「そうかぁ……ルシェ君、歳はいくつ?」

「十歳」

「うん、十年ここまで生きてきて、まずはお疲れ様!」

 リタはにっこりと笑った。

「う、うん?」

「運動、勉強、精霊魔法、この間の電話で、君はその全てがダメだと言った……そう思うのは、そこに比較対象がいるからだと思う。うまくできない、じゃなくてうまくできないことがダメなんだ、と思ってしまうことがね、いや、もったいないことよ!」

「もったいない?」

 ルシェはちらりとリタを盗み見る。

「うん。それらが全てじゃないからね。なにより大事なのは、君がうまくできるようになることじゃない、やりたい、やっていて楽しいと思うことを見つけることだよ。それはなにも、学校に転がっているとは限らない」

「はあ……」

「まあ、色々偉そうなこと言ったけどさ、私達“たすけ手”は助けを求めてる人全てに力を貸すよ」

 リタはショルダーバックから一枚の紙を取り出し、それをバインダーに挟んでルシェに手渡した。

「それ、たすけ手の事業内容と初めに決めてもらわなきゃならないことが書いてあるから、読んでみて」

「う、うん……」

 言われ、ルシェはまじまじと紙を見つめた。

 説明は、子供であるルシェにもわかりやすい文章で書かれており、五つのイラストが掲載されている。

「スタッフの種類をね、選んでほしいんだ。私は兎型、他に熊型、黒豹型、猫型、犬型がいるよ。まあ、スタッフの空き状況の都合もあるけど」

 兎型のイラストの下には、バランス型、特技は逃げ足が早い。

 熊型のイラストの下には、パワー型、特技は爪による攻撃。

 黒豹型のイラストの下には、パワー型、特技は足が早い。

 猫型のイラストの下には、バランス型、特技は昼寝。

 犬型のイラストの下には、バランス型、特技は散歩。

 散歩? 昼寝? それって特技っていうの?

 ルシェは内心で首を傾げた。

「インスピレーションで決めちゃって! リタさんは兎型だから、オススメは兎型だよ!」

 リタは明るい声音で言った。

「えっ……じゃあ、犬……」

「犬? あー……ごめん、犬型と猫型は人気があって、ちょっと難しいんだよね!」

「そうなの?」

「あっ、そのがっかりした表情! リタさん傷つくわぁ……」

 リタが吐いた深いため息に、ルシェは慌ててリタを見た。

「ご、ごめんなさい」

「なーんちゃって! 大丈夫! リタさんのメンタルは鋼だから全然平気!」

 リタはルシェの瞳をじっと見つめ、にこりと微笑んだ。

「ごめんね、要望に応えられなくて……空きが出たら、交代するから……ひとまず、私がルシェ君を担当してもいいかな?」

「はい……わかりました」

「よし! じゃあ、よろしくね、ルシェ君!」

 満面の笑顔で差し出されたリタの手に、ルシェは恐る恐る手を伸ばした。

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