第2話 水の神殿前
「えーと……ルシェ君、推定年齢十歳、勉強、運動、魔法、メンタル、オールぺけ……あー、でもうちに電話してきた勇気はあるから、メンタルは激甘で△にしておくか」
女はぶつぶつ言いながら、手にしたバインダーに挟み込まれた紙になにやら記入する。
その紙の一番上には、少し大きい文字で“事前報告書”と書いてあった。
女の髪色は白にも見えるシルバーで、ふわりとゆるいウェーブのボブヘアだ。その頭には、まるで兎のような耳がピンと立っている。
耳の毛色は白で、その先端の部分だけが黒い。
丸くて大きめの瞳の色は黒で、顔の造りは可愛らしいものだった。
「あー……穏やかないい天気だなぁ……こりゃ幸先がいいや」
女は足を止め、ぐいーっと体を伸ばして大きく息を吐き、晴れ渡る青空を見上げた。
穏やかな陽が輝く淡い水色の空に、薄く広がる白い雲。
さえずりながら絡まって飛ぶ小鳥に、番いの蝶。
番いの、蝶。
「あ、なんか今いらっとした。見るのやめよう。書類の記入をしよう」
女は再び手にしたバインダーに視線を落とした。
「クライアントとの待ち合わせは、西大陸北西部の田舎町、水の神殿前に朝十時、っと」
クライアントとのすり合わせを、いつどこで行う約束をしたのかも、報告事項の一つだ。
世界には、水の神殿はくさるほど存在している。
水の精霊を祀っているもので、護符や聖水などを配布している場所である。
精霊は魔族にとって天敵だ。
だが、誰もが精霊を使役する能力、つまり精霊魔法を使えるわけではない。
そんな人々の為のアイテムが護符やお守り、聖水といったものなのだ。
大神殿と呼ばれる大規模なものは、西の大陸に二つ、とある島国に一つ、東の大陸に二つ、合計五つしかない。だが、中小規模のものは、世界中に沢山あった。
今、女リタが向かっているのは、その沢山ある小さな神殿の内の一つだ。
新規クライアント、ルシェからの着信の電話番号から、どのあたりの地域にある神殿に向かえばいいのかはわかっていた。
「まあ、もし仮に間違ってたら、瞬間移動で飛べばいいだけだもんねぇ」
リタはうきうきとして言った。
電話での声で判断し面談を想定、ロールプレイをした結果が、あまり金銭的な利益に結びつかなかったとしても、リタは今日という日を楽しみにしていた。
「見知らぬ誰かと関わりを持つってのが、まず楽しいんだもんね!」
クライアント対応は久しぶりだったし、なにより結果は今から気にしても始まらない。
ざわざわと、あたりの木々が揺れる。
通り過ぎる風が運ぶかすかな水の匂いに、リタは鼻をひくつかせた。
水の神殿の匂いがする。近いな。
リタはにこりと笑って向かう足を早めた。
その黒い瞳に、さほど高くはない石づくりの門柱が見え始める。
「現在時刻は九時五十分……水の神殿、到着っと!」
人気のないその門の前に仁王立ちになり、リタはにやりと微笑んだ。
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