ぼくはマントヒヒくん
ペーンネームはまだ無い
第01話:ぼくはマントヒヒくん
パパもママも人間だけれど、子供のぼくはマントヒヒの男の子だ。
人間に生まれてはこられなかったけれど、パパもママもぼくを人間の子供と同じように大切に育ててくれた。
でも、小学校の友達は違う。
友達からは「おまえはマントヒヒだもんな」とよくバカにされる。
苦手な国語や算数の授業のときなんかは特にバカにされるのだ。
今日はテストで0点をとってしまった。
やっぱり思っていたとおり「おまえ、学校じゃなくて、動物園に通ったほうがいいんじゃないの?」だなんてからかわれて、クラス中の笑いものになった。
先生もいっしょになってぼくを笑っていた。
ぼくは「ヒヒっ」と笑った。
おまけに普通のマントヒヒの真似をしておどけて見せる。
すると、みんなはドッと笑って喜んだ。
本当はバカにされるのもからかわれるのも嫌だったけれど、みんなに笑われている間は、こんなマントヒヒのぼくなんかにも生きている価値があるって思えたのだ。
たくさんの蔑む笑顔がぼくへと向けられている。
それから逃げるようにしてぼくはきょろきょろと教室の中を見渡す。
ふと、視線が止まった。視線の先には、この教室でただひとり笑っていない子がいた。
聡一君はクラスの中でも人気者の男の子だ。
勉強もスポーツもできて、何よりも優しい。
だから男の子からも女の子からも好かれていた。
もちろんぼくも聡一くんのことが大好きだ。
ぼくが困っているときに、唯一ぼくを助けてくれるのは聡一くんだったから。聡一くんのことを考えるだけで心臓が高鳴るのだ。
そんな聡一くんが、どこか不機嫌な顔をしてぼくを見ていた。
それだけでぼくの胸はそわそわして心が焦りだしてしまう。
ぼくは聡一くんをなんとか笑わせようとして、ことさらに滑稽におどけて見せたけれど、聡一くんの顔はますます険しくなるだけで、結局ぼくは聡一くんを笑わせることができなかった。
その日の放課後、ぼくが帰ろうとするとクラスの中でもひときわ体の大きな友達が「おまえはマントヒヒなんだから靴なんていらないだろう。はだしで帰れよ」と言ってぼくをからかった。
ぼくは「ヒヒッ」と笑って見せる。
ぼくは重くなった心を隠しながら昇降口へとぼとぼと歩いた。
靴箱の前に立つと、どうも様子がおかしい。
ぼくの靴が無いのだ。
慌てて辺りを探すけれど、靴はどこにも見つからない。
そんなぼくを見て何人もの友達が大笑いした。
ぼくは涙が流れないように気を付けながら「ヒヒッ」と笑う。
友達はひとしきり笑ってから、みんな揃って帰っていった。
ぼくはおどけるのを止めて、ひとりきりで自分の靴を探した。
それでも靴は一向に見つからない。
「どうしたの?」
顔をあげると、そこには聡一くんがいた。
靴を隠されてしまったであろうことを伝えると、聡一くんは「ぼくも手伝うよ」と言って一緒に靴を探し始めてくれた。
日が落ちて校舎が夕焼け色になった頃、音楽室に聡一くんの声が響いた。
「見つけた!」
聡一くんが掲げた手にはぼくの靴があった。
ぼくがお礼を言うと「そんなのいいから、暗くなる前に帰ろう」と言ってくれた。
ああ、聡一くんはなんて恰好良いのだろう。
なんて優しいのだろう。
ぼくなんかのために一生懸命になってくれた。
暖かい気持ちがぼくの胸いっぱいに広がった。
「ぼく、聡一くんのこと好きだなあ」
つい想いが口をついて出た。
聡一くんが「え?」と振り返る。
ぼくは慌てて「ヒヒッ」と笑う。
そして、なんでもないよ、と言おうとした。
いつもどおりに気持ちを押し込めようとした。
でも、ダメだった。
この気持ちは大切なものだと思ったから。
「ぼく、聡一くんが好きみたいなんだ」
勇気を出して僕が告白すると、聡一くんは少し悲しそうに笑って言う。
「ありがとう。でも、ゴメン」
まるでハンマーで心を叩かれたみたいに痛かった。
このまま夕日に溶けて消えてしまいたいと思った。
ぼくは「ヒヒッ」と笑う。
必死にこらえたのに涙声を隠せなかった。
「ごめん、ぼくなんかに好きって言われても気持ち悪いよね」
聡一くんは不思議そうに「全然そんなこと無いけど」と言ってから、一息置いて言葉を続けた。
「だけど、ぼくはきみのことをあまり知らないもの。きみはいつも自分の気持ちを隠してばかりいるからね」
聡一くんの言葉は痛かった。
でも、どこか暖かかった。
ぼくはヒヒッと笑うのも忘れて聡一くんを見つめていると、聡一くんはにこっと微笑んだ。
「でも、さっき勇気を出して好きだって言ってくれたときは、ちょっと格好良かったよ」
その言葉を聞いて、ぼくは思わず「ヒヒッ」と笑ってしまった。
ぼくはマントヒヒくん ペーンネームはまだ無い @rice-steamer
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