「アンラッキー7」を調査せよ!

凪野海里

「アンラッキー7」を調査せよ!

「――そして今週のアンラッキーボーイは……清水しみず家のはやてさん」


 ラジオから流れた機械的な言葉を発した女性に、名指しされた俺。清水颯は思わず「げ」とつぶやいた。


 俺の住む山奥の田舎町には、ちょっとおかしなラジオ番組がある。周波数を77.7、毎週月曜朝7時から70秒間だけ聞くことのできる、番組名「アンラッキー7」

 内容は一見ごく普通の占い番組のように感じるが、特殊な要素が3つある。


 1つ目はその占いの的中率は100%を誇ること。決してはずれることがない。

 2つ目は77.7の周波数のラジオ番組はうちの田舎でしか聞けないこと。

 3つ目はそれゆえに、占い相手は住民に限られること。「アンラッキー7」の番組内で名前を呼ばれた人物は、老若男女問わず必ず不幸な目に遭遇する。さすがに命を取られるとまではいかないが、箪笥の角に足の小指をぶつけるとか、カラスにフンをかけられるとか、そういう日常でよくあるアンラッキーなものばかり。


 ただ、俺みたいな高校生なんかはまだ良い方。たまに100歳を超えるじいさんばあさん、果ては先日生まれたばかりの新生児が選ばられる可能性もある。このあいだなんて、町1番の年寄りである、小田おだ家のクミコばあさんが選ばれたときは、町の住民総出で気遣ったものだ。

 ただ、クミコばあさんはちょっと抜けているところがあって、ラジオを聞いていなかったのか、町じゅうの注目を浴びて喜んでいたし、「アンラッキーガール」呼ばわりされたときは、「まだ私も女の子なのね」と笑っていたが。


 ラジオから聞こえる、機械的な女性の声は続いて、今週のアンラッキーガールの名前を告げる。


「――そして今週のアンラッキーガールは……普光ふこう家の那奈ななさん」

 普光家の那奈? そんな名前のやつ、この町にいただろうか。



「相当堪えてるみたいだね、今週のアンラッキーボーイ!」


 そう言ってからかってきた、幼馴染の――というか昔からの知り合いしかこの町にはいないから、ほとんどが幼馴染になるが――珠枝たまきに俺は「うっせぇ」と返した。


 放課後。俺は運動部でもなければ今日の授業に体育があったわけでもないのに、1日じゅう体操着で過ごした。というのも、朝から散々な目に遭ってきたからだ。

 まず登校中、昨日降った雨でできた水たまりに向かって派手に転び、制服を泥と水で汚した。

 続いて、普段は人懐こいはずの大里おおさと家の飼い犬・モンジロウ(柴犬)にけたたましく吠えられた。

 最後にこれは校門前で起きたこと。そこで待ち構えていたカラスに頭の上めがけてフンを落とされた。


「にしても、アンラッキー7の占いは効果こうか覿面てきめんかぁ。さすが百発百中占い!」

「百発百中なら、それもう占いじゃなくて。予告じゃね?」


 予報でも、予測でも、予知でもない。あらかじめ決まっていることを教えてくれるなら、それはもう予告だろう。俺がこんな目に遭っているのが何よりの証拠なのだから。

 されど占いの被害に遭っていない珠枝にはどうでも良いことなのか、「占いでしょ? 番組でもそう言ってるしさ」と適当なことを言いやがる。


「ま、明日からも頑張れよ。何せこれからあと1週間も続くんだからね」

「そうだが。このつらさは、アンラッキーに選ばれた人間でないとわかんねえよ」


 やがて珠枝は部活に行くと言って、流しっぱにしていた長い髪をヘアゴムでまとめあげながら、教室をでていった。

 俺は帰宅部なので早々に帰らせていただくことにする。どうか道の途中で危ない目に遭いませんようにと願いながら、荷物をまとめていたとき。窓側からコンコンとノックの音が聞こえた。

 思わずそちらを見て、俺は驚きのあまり声がでなかった。人間、すっごく驚くと声がでないものなんだ。そこにいたのは、頭から全身ずぶ濡れの制服を着た女性だった。


「開けてください」


 女性はかすれた声で、おそらく俺に向かって言ったのだろう。俺は言われたとおりにした。言うことを聞かなかったら、呪われるかもしれない。

 窓を開けると、女性はすぐに中へ入ってこようとする――が、窓の縁に手をかけた瞬間足を滑らせた。

 俺は慌てて手をつかんで、引きずり入れようとするが、女性は「待った!」と叫んだ。


「キミが助けようとしても、私とキミとでアンラッキーが2倍になってしまいます!」


 アンラッキーが2倍? 聞いたこともなかったが、もし2倍になるとしたら、俺だけじゃない。他にも1人、アンラッキーのヤツがいるということになる。


「もしかしてお前が、アンラッキーガールの普光ふこう那奈ななか?」

「そうです。そういうあなたは、清水しみずはやてくんですね。はじめまして。今日、引っ越してきた普光那奈です」


 なんとか自力で部屋にあがってきた、普光那奈は、濡れた前髪から覗くマーブルの瞳でじろじろ観察してきた。

 にしても今日越してきて、いきなりアンラッキーガールに選ばれるとか、ツイてねぇな。


「さて、早速ですが。アンラッキーボーイくん。相当、アンラッキーな目に遭っているようですね」

「お互いにな。お前の濡れた髪もそれでか?」

「はい。この町はとってもおかしいです。特におかしいのは、あのラジオ番組とそれを流す電波といったところでしょうか」

「いや、あのラジオ番組はたしかにおかしいけど、的中率が高いのは良いことなのでは。事前に今日がヤバいかわかるなら、いくらでも対策のしようがあるだろうし」


 けれど、普光那奈は納得がいかないのか、「本当にそう思っておいでですか?」とにらんできた。


「あなたも先ほどご友人におっしゃっていたでしょう。百発百中なら、占いじゃなくて予告じゃないかと」


 あの会話聞いてたのかよ。てか、どこから聞いてたんだよ。


「そう、あれはラジオ番組ではありません。強いて言うなら、情報を受けた他者に、さも本当に起こるかのように暗示をかける、一種の催眠番組なのです」

「催眠番組ぃ?」


 なんだ、ここは現実なのか。それともSFの世界に俺が迷いこんでしまったのか。

 あるいは。俺は目の前にいる普光那奈の前髪でほとんど隠れてしまった顔をまじまじと見つめた。

 こいつの頭がただ単純にヤバい奴なだけなのか。


「たとえば清水くん、最近この町におかしなことがあったりしませんか? ラジオ番組以外で。おかしな電波塔が立ったとか、町の外に出られないとか」

「あ、おかしな電波塔なら覚えがあるぞ! 教室からも見える。ほら、あれ」


 俺は校舎からもよく見える、最近建てられたばかりの電波塔を指差した。


「なんでも経年劣化が激しくて、3カ月くらい前に新しく建てられたんだ。そういえばそれからだな。あの変なラジオ番組が流れたのは」

「では早速、調査しに行きましょう」

「は?」


 普光は俺の腕を突然つかむと、かなり強引に引っ張って窓から外へ降りようとした。

 いや待て、ここからいきなり外行くつもりか、この女は!


「ちょ、待て。ここ2階――」

「おわぁっ!」


 俺が言い終える前に、普光は1人で窓の向こうへと消えた。間一髪、腕を離された俺は無事だった。慌てて窓辺に走り寄ると、普光は近くの排水管に器用にぶらさがりながら、忌々し気に舌打ちをしていた。


「チッ。こんなところにもアンラッキーが」

「いや、単にお前がおっちょこちょいなだけだと思うが」


 大丈夫か、こいつ。



 状況を整理すると俺は今、普光と共に例の新しくなった電波塔へと向かっていた。

 あの電波塔には何かある。あれができたから、あの「アンラッキー7」とかいう占い番組――普光が言うには催眠番組が生まれてしまったのだろう。

 もしあれを壊すか、無力化することができれば、俺たちのアンラッキーは消えて。それから二度と催眠番組が流れることはないはずだ。それが、普光の考えらしい。


「でもよくよく考えてみれば、普光の言う通りかもしれない。催眠番組って奴」

「と、言いますと?」

「こないだ、アンラッキーガールに選ばれた近所の年寄りがさ、ラジオ聞いてなかったみたいで。さすがに105歳にもなってるから、町じゅう総出で気遣ったんだけど、結局何も起きなかったんだよな」

「なるほど。ラジオを聞かなかったから、危機を回避できたと。ですがそんなこと、可能なんでしょうか」

「どういうことだ?」

「ラジオなんて、今時聞きますか? まあ、お年寄りなら聞きそうですけど」

「それはたしかに」


 言われてみれば、令和の時代。朝に聞くとしたらラジオではなく、テレビのニュース番組のはずだ。

 なんで俺たちはこぞって、ラジオなんか聞いているんだろう。


「私も本当はラジオなんて聞くつもりなかったのですが、気が付くと、どこからともなく。ラジオの声が耳に入っていましたね」

「あ、てか。そうだ。クミコばあさん。あの日は補聴器が壊れたって言ってて。話かけられても反応にぶかったな」


 そうか、それでクミコばあさんはラジオが聞こえなかったし、ゆえに催眠番組の暗示にもかからなかったのか。


 ワンワンワンワン


 通学路の途中にある、大里家のモンジロウが、俺たちを見るなり激しく吠えだした。普光が眉間に皺を寄せて犬をにらむ。


「なんですか、この犬は」

「ああ、そいつはモンジロウ。普段は人懐こいんだけど、今日はアンラッキーだからかな。やたら吠えるんだ」

「そうですか」


 普光は一度、すぅっと深呼吸をした。


「うっせぇぞ、犬! 少しだまれぇっ!」


 キュゥン


 やたらとドスの効いた声に、モンジロウは尾を股のあいだにはさんで、縮こまる。一方の俺も度肝を抜かれた。


「さて、これで静かになりましたね。先を急ぎましょう」

「あ、ああ……」


 さっさと歩く普光。俺はまだ怯えているモンジロウに向かって「悪い」と頭をさげると、すぐさま彼女を追いかけた。


 普光那奈は、なかなか規格外の女だった。

 アンラッキーガールに選ばれたにもかかわらず、行く先々に転がっているアンラッキーを、ほとんどを力業で解決していったのだ。

 たとえば、頭上で待ち構えている怪しげなカラスに向かって石を何度も投げつけて、追っ払い、フン落としを回避したり。

 あきらかに危ない要素である水たまりを前にして、あえて車道に飛び出して猛スピードで走ってくる車を徐行させることで水しぶきを回避したり。


 ただ、やはりおっちょこちょいなところはあって。


 電波塔へ向かうための看板があるにもかかわらず、矢印とは反対の方向に行こうとしたり。

 明らかに怪しい黒猫に威嚇して無理やり起こし、寝起き最悪な面をしたそいつに、爪で手の甲をひっかかれた挙げ句、追いかけまわされたり――おかげで俺も巻き添えをくらったし――。


 そのせいで電波塔まで2時間もかかってしまった。あたりはすっかり夕暮れだ。

 普光は肩で息をしながら、「ここまで、困難な道のりでした。さすがアンラッキーなだけあります」と歴戦を乗り越えてきた普光者みたいなセリフを吐いていたが。


「いや、転がってるアンラッキーを回避したのはお前の力だし。つかむ必要のないアンラッキーをわざわざ生み出したのもお前だけどな」


 いったい何がしたいのか。


「ですがこれでおしまいです。さあ、この電波塔を壊しましょう!」

「そうはさせません」

「なんだ!?」


 くっ。脳に直接……!

 この声は、毎週月曜日の朝7時に必ず聞いている「アンラッキー7」で流れる機械的な女性のものではないか。


「そう、我こそは町の人々にアンラッキーを振りまきし、張本人。よくぞあの番組をただのラジオではなく、催眠だと見破りましたね。褒めてあげましょう」


 ワァァァァァ

 パチパチパチパチ


 機械的な歓声と拍手が頭にガンガン鳴り響く。

 まさか、ラジオ番組だと思っていたあの声は、全て脳みそにダイレクトに伝わっていたとでもいうのか!


「ご名答、清水颯さん。周波数77.7というのも真っ赤なウソ。それはラジオのチャンネルを合わせたという暗示をかけただけのこと。そんな周波数で合わせたところで、繋がるチャンネルはこの地域にありはしない!」

「な、なら。なんで。クミコばあさんは、アンラッキーにならなかったんだ!」


 頭にガンガン鳴り響く声のせいで、頭痛を覚えながら俺は怒鳴る。この声が直接脳に響くなら、いくら耳の悪いクミコばあさんにも聞こえたはずだ。


「……それは、あの小田クミコさんは認知症を患っているからで。聞こえたとしても、ものの数秒で忘れたからです」


 そうなのか!? いや、クミコばあさん。そんなこと一言も。


「ちゃんと病院で検査してもらいなさい」


 よく言って聞かせます。

 って、なんで機械ごときにこんなこと言われなきゃいけねぇんだよ。そもそも俺たちは何をしにここまで来たんだっけ?


「くくく。本来の目的も忘れてきましたか。そうです、あなたたちがこの場所にやってきたのは、この町で一番見晴らしの良い電波塔のもとで、一緒に夕日を見たかったからなのです。初めて会った男女。お互い一目で恋に落ちてしまった。だから共に夕日を見ようとこの場所まで来たのです」


 俺が、普光――那奈を?

 俺は思わず那奈を見る。彼女も俺を見て、「颯くん」とつぶやいた。

 ああ、そうだ。俺はこいつを好きなんだ。だから一緒に夕日を見ようと――。


「さあ、夕日が落ちました。あたりは暗がり。誰も見ているものなどおりません」


 俺は、ふらふらとしたおぼつかない足取りで、那奈へと近づく。

 那奈はその場に座りながら、顔を前髪で隠したまま、俺のことを見上げていた。


「那奈」


 髪からわずかに見える唇。俺は彼女の頬にそっと手を置こうとして。


「颯くん」

「――って、今日会ったばっかの女に誰が恋に落ちるかぁっ! そもそも俺は女だっつーの!」

「はあっ!?」


 バシン、と激しい音をたてて那奈の頬に平手を打つ。

 勢いのまま倒れた那奈は、叩かれた頬をおさえながら、俺を見上げる。信じられない。目は見えないし、そもそもあたりが夕闇に包まれているからわからないが、そう言いたげな雰囲気は伝わった。


「颯ってのは、母さんがつけた名前! かっこいいからせっかく気に入ってたのに、小さい頃に好きだった奴から男みてぇだって言われてムカついたから一人称を「俺」にしてるだけ! それが高校生になった今でも定着してるだけだから!」

「うっそ」

「嘘じゃねぇっ! あんたもいい加減、こんな茶番やめろ! 催眠番組だかなんだか知らないけど、さっきから1人でベラベラしゃべってんのわかってんだよ!」

「くっ。なら、お前を今すぐアンラッキーガールにして」

「アンラッキーガールはお前だ! てか何がしたいんだよ。意味わかんねぇことすんな!」


 俺はさらに那奈の頬を、今度はパンチする。「ぐへっ」とつぶれたような声をあげたが、かまわない。女相手に女のパンチなんて、大した威力もないはずだ。そもそもこいつは人間なのか?


「何がしたいって、……ただ、私は。みんなと仲良くなりたくて」

「はぁ?」


 那奈はベソベソと泣き出している。まるで俺が泣かせたみたいで居心地が悪い。いや、俺が泣かせたのか。てか、人間なのか正体わかんない奴が泣くなよ。


「この場所に電波塔として設置されてから、見晴らし良いくせに誰も来なくて。だから、アンラッキー7ってラジオを放送すれば、誰かここまで調査しに来るかなと思って待ってたのに、やっぱり来なくて。だから、せっかく出向いたのに。まさか女が釣れるなんてぇ」

「俺が悪いみたいに言うな! 人の性別間違えたあんたの責任だろうが!」


 挙句、わんわん泣き出す那奈。ったく、どうしろと。

 俺はため息をついて、那奈の肩に手を置く。いまだ前髪で顔の良く見えないそいつに顔を近づけて、「なら」と切り出した。


「俺が時々、この電波塔に来てやっから。それなら寂しくないだろ。その代わり、もう変な悪戯すんの禁止な」

「でも、みんながアンラッキーになって慌てふためく姿はめちゃくちゃ面白かったから、続けたいです」

「お前、あんまふざけたことしてっと。町の偉い人に言って電波塔ごと撤去させんぞ」


 そうにらみを利かせると、ようやく那奈は「わかりました」とうなだれながら言ってくれた。

 俺は深く、息をついて。その場にお尻をつけた。

 よし、これで一件落着……だな。うん、だよな?


***


 後日、俺は幼馴染の珠枝を連れて電波塔のもとへとやってくる。


「へえ、これがあんたのことを女と間違えた電波塔ねぇ」

「なんかその言い回し、変じゃね?」

「だってそんないちから説明されたところで、私覚えてないもの。それでも信じたのは、あんたがウソをつくのが苦手だってこと。小さい頃からの付き合いで知ってるから。それだけよ」


 驚いたことに、「アンラッキー7」という番組も、そもそも存在しない周波数77.7のことも。あのあと俺以外の誰一人として覚えていなかった。

 ただ、たしかなことは。那奈という人物はこの町に越してきたことなんてないこと。それから、クミコばあさんはやっぱり認知症になっていたということだった。


「てか、颯さぁ。いい加減来年から大学生なんだし、そろそろ一人称変えた方が良いと思うけど。髪型も恰好もめっちゃ男子極めてんじゃん」

「いいんだよ、これで。これが俺のアイデンティティなんだから」

「何それ」


 珠枝はあきれ顔を浮かべるものの、最後には笑ってくれた。俺もそんな彼女を見て笑ってしまう。


 頭上高くそびえる電波塔が、俺たちの笑い声に合わせて、キラキラと光ったような気がした。

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