錬金術師

 この世界には災厄がある。殺害した存在の怨念や罪を犯したことによって生じる負のエネルギーが一定量まで達すると、呪いや不運といった災厄となって降り注ぐのだ。それは世界の調和を保つための機能であり、負の力を源とする魔族や魔物といった闇の存在を除くほぼ全ての生命体に適応される。竜のような強大な力を持つ存在なら災厄を意にも介さないが、脆弱な存在――人間などはに繋がりかねない。

 

 ゆえに神への献身や奇跡によって負力を浄化したり、死んでも惜しくない罪人や不運に対抗できる幸運に恵まれた者を人身御供として身代わりにすることで災厄から逃れて来た。


 しかし業が深ければどれだけ対策しようとも逃げられないことがある。契約によって罪人を身代わりにしていた先代勇者や、誘拐した幸運の持ち主に負債を押し付けていた錬金術師が良い例だろう。


 先代勇者は魔族との激戦の最中に罪人を使い潰したことで災厄に足を引っ張られて死に、錬金術師は何十にも対策を重ねてまで人体実験を内密に行っていたにも関わらず情報が洩れて捕縛され勇者にさせられた。


 勇者という恵まれた立場と化け物染みた力を持つ存在でも、ありとあらゆる知識を追い求め外道に落ちた末に人外へ至った己であっても抗えぬ災厄をどう乗り越えるか? それが今の錬金術師の最優先課題であった。


「ん? んん~? 七番目がいないようだが、またトラブルかい」


 だからこそ勇者パーティーの七番目、人身御供の役目を担う彼を錬金術師は研究対象として気に入っており、その不在に眉を顰めた。

 時刻は早朝。町での補給を終えた勇者一行が旅立つため、集合場所としていた門の前で錬金術師以外の勇者達が揃っていた。若き王が不要だと断ったにも関わらずサポート役として派遣してきた追加人員数名の姿もあるが、雑用係として欠かさず勇者の側に居る七番目の姿が見当たらないのはおかしかった。


 七番目はラッキーセブンと呼ばれる――勇者パーティーの雑用係として選ばれた幸運な一般人と世間では認知されている。実際は違うが勇者と比べれば遥かに劣り、足手まといの無能と評判の七番目には敵が多い。

 勇者を熱狂的に支持し汚点を許せない一部の民衆や勇者一行と敵対する者などに目を付けられて危険な目に合った回数は数えきれなかった。


 それが勇者一行の不幸を引き受ける七番目アンラッキーセブンの役割だとしても、出来るだけ避けようと勇者の側に引っ付き守られるのが七番目の生存戦略だ。勇者の側に居る方が危険な場合は逃げようとするが、それ以外で七番目がいないのは一種の異常事態だった。


 ならばトラブルによる遅刻か誘拐か、七番目がまた面倒な事態に巻き込まれたのだろう……と錬金術師は考えていたのだが。


「七番目なら逃亡したぞ? 儂とお主の仕掛けに引っかからずにのぅ」


 魔法使いの予想外の返事に瞠目する。

 あり得ない、不可能だ。否定の言葉が錬金術師の脳を埋める。

 勇者という刑罰から逃げ出さないよう魔法使いと錬金術師がお互いを見張るために使用している様々な魔法と錬金術、それは他の勇者パーティーにも適用されている。七番目も当然含まれており、もし逃亡しようものなら確実にどちらかが気付き対処するはずであった。

 それが見事に外れた。七番目の実力では到底不可能な奇跡が現実に起こってしまったのだ。

 

 ラッキーセブンアンラッキーセブン。勇者パーティーの運を担当する勇者。勇者に幸運を、己に不運災厄を与え人知の及ばぬ運を巡らせる人身御供に選ばれた者の力を、錬金術師は垣間見た気がした。


「正確には彼らが追い出したらしい、私たちに無断でな」

 憤りを隠そうともしない僧侶の厳しい視線が追加人員に向けられるが、彼らは悪びれる様子もなく堂々としていた。


「僧侶様! 追い出すなんて人聞きが悪い、俺たちは奴が休みが欲しいと言ってたからしばらくの間雑用係を代わってあげただけでさぁ。色々と疲労が溜まっていた様子なんで、安全な場所で療養できるようもしましたがね。でもなければ直ぐに帰ってきますよ。それまでは俺たちが奴の分も勇者様たちをサポートしますんで不自由はさせませんぜ」


 自信があるのか胸を張る追加人員たち。

 勇者を選びし世界の支配者たち――その内の一人である若き王が選んだ盗賊、商人、狩人、吟遊詩人はそれぞれ旅をする上で有用な専門技能を持った人員だ。成長著しい若き王の国でも有数の人材だろう彼らの方が七番目よりも勇者のサポーターとして優れている、と何も知らない人間ならば誰もが思うに違いない。


 知っている側からすれば検討に値しない愚行なのだが、若き王は違う考えを持っていたようだ。


「はっはっはっ、頼もしい限りじゃないか! 私は彼らの意思を尊重しよう! 七番目の代わりが務まるか試してみてもいいんじゃないか」

「え~~。いいの~騎士。戦士はああいってるけど大丈夫なの?」


 能天気な戦士と不満げな武闘家の顔が騎士へ向けられる。政治的な分野はとある王国の姫で知識のある騎士が担当のため、彼女の判断が最優先になる。


「……駄目に決まっています、七番目は直ぐに連れ戻しますわよ。私たちはだと忘れてはいけませんわ。あの方若き王もそれは分かっているはずでしょうに困った方ですわね」

 

 手段を選ばず強引に進めるやり方には批判が多いが、自らの国に急激な発展を遂げさせた若き王の手腕は確かだ。他の支配者達の意向に逆らおうとも使えるならば勇者にすら手駒を捻じ込んで操ろうとする野心は一国の王として立派だが、巻き込まれた方はたまったものではない。


 今後の対応に悩まされ頭を抱える騎士へ錬金術師が助け舟を出した。


「では私が七番目を迎えにいこう。次の任務は決まっているんだ、皆は先に向かっていてくれ」

「お主が行く必要があるのかのぅ? 手配したという話が本当なら七番目の行き先は分かっておるんじゃ、ここは武闘家に任せた方が早いと思うがなぁ」

 

 つば付き帽子を深く被った魔法使いが杖を錬金術師に突き付ける。

 魔法の腕には絶大の自信を持っていた魔法使いは、七番目の運や追加人員の策略程度で己の魔法が破られるとは考えていない。錬金術師が裏で手を回したのではないかと疑っていた。


「彼女は真っ直ぐすぎる、普段ならともかく陰謀が関わることには向いてないよ。それに私なら彼がどんな状態になっていようと――死体になっていようが持ち帰れる。私以上の適任はいないさ」


 それに、と続けて錬金術師が吟遊詩人を指さす。


「私たちの監視は正常に働いている。余計な人員追加で不具合が起きたのは確かだけれど私に関しては問題ないさ。それとも君は一度の失敗で自分の魔法が信じられなくなったのかな」

「……よかろう、七番目はお主に任せる。こちらは儂が調べておくから、お主もちゃんと調べておけよ。帰って来たら楽しい楽しいお茶会じゃなぁ」


 邪悪な笑みを浮かべて魔法使いが杖を収める。

 話が纏まったのを見て勇者一行はそれぞれ出発の準備を始めた。


「いやいや、何連れ戻そうとしているんですか! 俺たちじゃ不満だと?」


 など抗議する追加人員を戦士が宥めつつ、騎士と僧侶が道中の安全を確保するため熱心に話し込み、魔法使いが魔法の再確認をしている中で武闘家が斥候のため先に一人だけ旅立つ。


 錬金術師もまた七番目を追うための翼を背中へ生成し空へと飛び立った。

 半ば脅して聞き出した七番目の移送方法や行先を元に七番目の現在地に当たりを付け、最短距離を最速で突き進む。


 案の定とういうべきか闇討ちや待ち伏せし易いルートが選ばれている。

 七番目なら死ぬことはなかろうが、敵に捕らわれて隠匿されたり追ってから逃れるために七番目が隠れたら探し出す手間が増えて面倒だ。

 多少のリスクや消耗を受け入れてでも七番目を早急に確保した方が良い。


 そう考えた錬金術師の判断は迅速でほぼ正解に近かった。見落としがあるとすれば、今回の一件を千載一遇の好機として七番目が全力で乗っかり勇者パーティーから抜け出そうとしたことだろう。


 

 そうして七番目が勇者パーティから抜けて一週間の時間が経った。


 錬金術師は幾度もの天候不良や魔族の襲撃を乗り切りって七番目への追手を捉えるも情報は得られず、七番目を完全に見失ってしまった。

 その後は自らの判断の甘さを反省して錬金生物の投入を決意し、貯め込んだ素材を大放出して生み出した異形の合成獣たちによる物量作戦で七番目を捜索し、各地でを生んだもののついに七番目の捕獲に成功した。


「くっくっくっ、随分探しましたよ……ここまで梃子摺るとは想定していませんでした。流石は七番目、貴方はいつも私を楽しませてくれる」


 久しぶりの再会はお互い七日間の逃走と追跡で心身共にズタボロになっていたが、錬金術師は喜びを隠しきれない満面の笑顔で七番目は廃人のように生気のない能面と対照的であった。

 

「俺の休暇もここまでかぁ……短い夢だったなぁ。まぁ休暇という割に休めてないし、大変さでいえば普段とあまり変わらなかったけど……」

「感動の再会を祝して語りあいたい所ですがどうやら向こうの方が大変みたいでしてね、急いで戻らなければいけません。もちろん貴方も一緒ですよ」

「向こうが大変……? なんか嫌な予感がするけど何があったんだ……?」

「災厄が暴れてるとでもいいましょうか。貴方の代わりの追加人員ですが戦闘や事故で一人残らず全滅した挙句に蘇生に失敗、祖国は魔族の大物が出張って襲撃してきたせいでほぼ壊滅したとか。

 ……出る杭は打たれるか。くっくっくっ、なに全部災厄のせいですよ。とはいえ一国が滅ぼされて放置はできないのでね、勇者一行が仇討ちをすることになったのです」


 錬金術師が口を閉ざしたことで場を包む静寂。恐る恐る七番目が口を開く。


「追加人員の祖国ってあれだろ……? 発展目覚ましいやつ。大国にもあとちょっとで手が届くって噂の、あそこが滅ぼされたって……その魔族は魔王級にヤバイ奴だよな。え? ちょっと待って? もしかして俺もその仇討ちに参戦するの?? 嘘でしょう??」

「さぁ行きましょうか。皆待ってますよ。私達は七人揃っての勇者パーティーですからね!!」

「嫌だぁあああああああ!! 俺はまだ死にたくないぃいいいいい!!」


 何処に力を残していたのか生気を取り戻した七番目は再度逃走を開始した。錬金術師はそれを追おうとせず傍観する。そして錬金術師の視界から七番目の姿が消えようという時、七番目の口から絶叫が飛び出し倒れた。


「疑っていた訳ではないですが追加人員が全滅というのは本当みたいですね。私と合流したことで吟遊詩人に移っていた逃亡防止用の仕掛けが彼に戻っている。これで勇者一行は完全復活か」


 もはや動けもしない七番目を回収し、錬金術師は仲間の元へ向かって飛び立つ。七番目からすれば完全な死地へ直行しているというのに、背中から生えた翼を軽やかに羽ばたかせる錬金術師はこれ以上ないほどに楽しそうであった。


「嫌だ…… 死にたくない…… 誰か代わってくれ……」

「いませんよそんなのは。代わりたくても貴方の代わりができる人間なんていません。今回の事でそれがよく分かったじゃないですか」


 

 私達と同格の雑用係なんて貴方しかいない。他の勇者も私と同意見でしょう、もう二度と逃げられませんよ。

 と錬金術師に言われ七番目は絶望した。眼から頬へ伝った雫はそのまま蒼穹から大地へと煌めきながら落ちていく。七番目の未来を暗示するかのように。




 六人の化け物と一人の人身御供。彼らの英雄譚は続いていく。

 彼らに与えられた使命を果たすまでか、罪の清算が終るまでか、目的を達成するまでか、死ぬまで続くかは定かではないが―― 


「いいやそんなことはない、誰か代われるなら代わってくれーー!!」


 選ばれし七人の勇者の物語はまだまだ終わりそうになかった。

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勇者パーティの雑用係が羨ましい? 代われるなら代わってくれ ノンギーる @nonjusu

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