武闘家

 飯時の厨房は戦場である。特に兵舎に常設されている食堂では、料理人たちが連日地獄のような忙しさに耐えながら兵士達の食事を用意していた。

 軍事行動を担う兵士は常日頃から激しく扱かれ腹を減らしている。彼らの胃袋を満たし屈強な肉体を維持させるために、連日運び込まれる大量の食材を休むことなく料理し、大食漢の兵士達を満足させてきた料理人達は歴戦の猛者と言っても過言ではない。


 そんな彼らが膝を屈し敗北した。

 原因は勇者一行である。国王の願いを聞き決闘をしてくれたお礼として晩餐を提供された彼らが、訓練場を半壊させて迷惑かけたことを気にせず食い尽くしたからだった。


 勇者一行は王の命令があれば飲まず食わずで行進し、不眠不休で連戦する機会も多い。次の休憩が何時になるのか補給は何時できるのか分からない以上、食事も取れる時に取ってエネルギーを肉体に貯め込んでおくのは勇者として当然であった。


 結果として勇者の歓待のため大目に用意されていた食料ではまるで足りず、兵舎に備蓄されていた食料すら消費しても止まらず、料理長の謝罪によって食事の提供が終了するまで勇者は食い続けた。


 食後の休憩に浸る勇者一行へ「流石に食べ過ぎだ」と途中で満腹になり厨房を手伝っていた七番目が諫言する。

 ちらと厨房へ目をやれば多くの料理人達が力尽き死屍累々の如く倒れ伏していた。勇者を心からもてなそうとした彼らの努力は素晴らしかったが、相手は人外の領域に至った化け物六人。その胃の許容量も化け物染みており知らずに挑んだ料理人の末路は悲惨なものであった。


 彼らの疲労は僧侶の奇跡で癒せるので最悪気にしなくて良い。

 が、問題は消費した食料である。いくら国王の許可があったとはいえ限度がある、相手も勇者一行の胃袋が底なしだと知っていれば無償で食事を提供しなかったはずだ。


 訓練場半壊の件も考えると国に与える損失が多くなり過ぎた。勇者としてどうなのか? と土下座させられた恨みもあって詰め寄った七番目だが相手が悪かった。


「じゃあ僕が食べた分の食材を調達してくるよ。七番目も勿論手伝ってくれるよね?」


 訓練場と今回の食事で暴れまくった食いまくった 武闘家が手を挙げる。

 

「狙うはねじれ角の大猪、この国の周辺でも一番の大物で賞金首だね。こいつを狩れば数百人分の食料になるし、懸賞金で訓練場の修理費用にもなるからお得だよ!」


 目をキラキラと輝かせながら武闘家が言う。獲物の目撃情報や攻撃手段などもツラツラと語り始めたのを見るに、これはその場の思い付きではなく狙っていたもののように思われた。

 武闘家は強ければ相手を選ばない。それが人だろうが魔族だろうが動物だろうが何でもいいのである。最近では悪名が広がりすぎて決闘を挑んでくる人間が消滅した分、他の存在で戦闘意欲を解消しようとすることが度々あった。

 今回もその一環であることは間違いないだろう。

 国々が協力して発行する手配書ブラックリストに載る高額賞金首は厄介な奴であることが多い。主に高名な冒険者が徒党を組むんで挑むか軍による討伐が視野に入る相手なので、武闘家が目を付けるのも納得の獲物であった。


 武闘家は勇者パーティの中でも一番の戦闘中毒者バトルジャンキーである。勇者となる前から誰彼構わず戦いを挑み、勝とうが負けようが楽しむことで延々と戦い続け、積み重ねた経験と鍛錬の量で己の限界を超え勇者に選ばれた化け物だ。

 

 そんな武闘家だが七番目には友好的であった。武具を身に着けない回避主体の戦闘スタイル、生き足掻くことを重視した姿勢は武闘家と似通っているためシンパシーを感じるからだとか。


 勘違いも甚だしい。己の肉体さえあれば武具が不要でむしろ邪魔な武闘家と違い、七番目は武器も防具も装備した所で弱すぎて役に立たないからしないだけ。周囲の状況や敵の力量を正確に把握し見切って避けるのが武闘家なら、運や直感頼りで一か八かの賭けに勝ち続けているのが七番目だ。死んだら戦えないから生存を優先するのと、純粋に死にたくないから生き残ろうと必死なのでは全然違う。


 だが理由が違えど結果が同じなら変わらない、というのが武闘家の理論だった。自らと同じく勇者パーティの一員に選ばれた者として、共に戦う時はどんな手段を取っても最後まで生き延び勇者たちと並び立つ七番目を武闘家は強者だと認めていた。

 

 あくまでも彼女の基準でだが。武闘家は戦いに比重を置きすぎてかなりズレた価値観の持ち主だった。


「~~というわけで、この時間帯なら南西の禁足地に居るはずなんだよね。し、今から行こうよ! ね!」

「いやぁ、厨房の片づけがまだ終わってないので…… 行くなら一人で行ってくれないかなぁ」

「僧侶?」

「この程度なら直ぐに癒せます。人手が必要なら兵士を頼るでしょうし、七番目はいらないでしょう」

「だってさ。じゃあ行こうか!」

「待ってまってまってくれ! 俺と武闘家の二人!? 他のみんなは?!」

「武闘家の足で小一時間でしょう? 私たちが付いていけば足並みが揃いませんわ」

「儂が魔法を使えばいいがな、面倒じゃから嫌じゃ。国王の命令でもないのにタダ働きなぞやってられぬわ」

「ねじれ角の大猪に興味はある! だが武闘家の獲物だろう!? ここは譲ろうじゃないか!」

「というわけだ、頑張って狩ってくるといい。我らはここで吉報を待つとしよう」

「任せてよ! 朝までには戻ってくるから!!」

「えぇ……そんなぁ……」


 七番目を肩に担ぎ武闘家が上機嫌で出発する。気分はデートだ。

 七番目は料理店に売られて出荷される豚の心情だった。それゆえに気づいていない、自分が地獄の鬼ごっこに巻き込まれていることに。


七番目アンラッキーセブンを連れていったということは……狙いはアレですわね、僧侶」

「結界の準備をしてきます。魔法使い、錬金術師、貴方たちにも手伝ってもらいますよ」

「はぁ~~、ねじれた角は錬金術師と折半で貰うぞ? この程度の報酬はなければのぅ」

「くっくっくっ。彼の苦しむさまを間近で見られないのは残念だが、こういうのもたまにはいいか。解体は戦士に任せていいのかい」

「もちろん! 腕によりをかけて斬ろうじゃないか!! 騎士、場所の確保と根回しは頼んだよ!」

「了解ですわ。どうせ討伐を頼まれたでしょうから、向こうも嫌とは言わないでしょう。これも勇者の仕事ですわね」


 武闘家は最初に食材の調達といった。であるならば狩った獲物を滞在国まで運ぶ必要がある。しかし武闘家が化け物じみた実力を持っているからといって、武闘家ですら小一時間かかる遠方で殺した賞金首を持って帰るのは不可能に近い。

 重量の問題もあるが血の匂いが魔物をおびき寄せるからだ。流石の武闘家も死体の運搬と護衛を両方同時には行えない。

 なのに朝までには戻ると言ったのなら、考えられる行動は一つだ。


 遠方から持ち帰れないのなら、おびき寄せて近場で狩れば良い。


 ねじれた角の大猪は猪らしく猪突猛進するタイプだ。己に逆らう者に容赦がなく、逃げても執拗に追いかけてくるという。


 武闘家ならその性格を利用して、ねじれた角の大猪を傷つけて狙われた後に逃げ帰ってくるはずだ。敵に背を向け意図に気づかれないよう誘導しながら国まで連れてくるのは至難の業だが、武闘家ならば人一人抱えながらでも達成できる。


 七番目ラッキーセブンによって武闘家が得られる幸運と、その代わりに七番目アンラッキーセブンに降り掛かる不運を考えれば尚更だ。


 同格の存在として武闘家の考えを読んだ勇者パーティーの面々は、己の役割を果たすべく動き始める。


 勇者として規格外の彼らはお互いに迷惑をかけあっており、誰かがやらかす時は全員でそのサポートをするのが半ば決まり事となっていた。


 その中に七番目は含まれておらず、小一時間後。何も知らない七番目の絶叫が闇に響き渡り、命をかけた夜間の逃走劇の幕が開いた。

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