戦士
勇者というのは世界を支配する王や教皇といった指導者達の鉄砲玉だ。
それゆえ権力や利益とは無縁で、逆に無償での奉仕や理不尽な命令に従わねなければならない不遇な職業である。
だがプロパガンダとして利用するための名声や名誉だけはあるので、勇者に憧れ勇者を目指す哀れな人々は少なくない。例年では一世代に一人だけだった勇者が現世代では六人も選ばれたことで、最近では一層その数が増えたのが問題になっていた。
勇者に憧れるだけならばいい。中には己の方が優れており勇者に相応しいと思い上がった愚者がいて、身の程を弁えず勇者へ勝負を挑んでくることが度々あった。
弱肉強食の時代であり人同士の争いだけでなく、魔族やその支配下の魔物、最強の種に近い竜族、人類に敵対的な亜人族との戦があり、それらとの歴戦の戦を乗り越えた勇士には腕に絶対の自信が有る者はごまんといる。
人類の切り札。最強の存在と呼称される勇者が安売りされているような現状は、今の勇者が弱いから数で補っているのではないか? という考えへ誘導されるには十分であり、先代勇者が殉職したという噂もあって勇者の実力への疑念が彼らを地獄へ導いていた。
勇者一行が立ち寄ったとある王国の訓練場で二人の益荒男が向かい合っている。一方は勇者パーティの戦士でもう一方はこの国最強の戦士で騎士団長を務めている男だ。二人は国王の「我が国自慢の騎士団長がどれほど勇者に通じるか試してみたい」という願いを叶えるため、訓練場を貸しきって決闘をすることになったのだ。
周りは話を聞いて駆け付けた兵士達に囲まれており。尊敬する騎士団長の勝利を信じているのがその顔から察せられた。本人も戦士に勝てるつもりでいるのか、全身から闘志を溢れさせ野心で燃えた瞳をギラつかせていた。
対する戦士はというと平時の如く涼しい顔をしていた。今日の相手は楽しめたらいいな、程度の気楽な考えしか持っていない。こういう決闘で指名されるのはいつも戦士であり、その対応は最早慣れたものであった。
後方では選ばれなかった武闘家と騎士が不満気な表情で佇んでおり、万が一戦士が負けたら自分達も一戦挑もうと考えている。二人の思惑を熟知している七番目は、その横で面倒事が起きないよう戦士の勝利を祈願していた。
残りの勇者メンバーは不在である。戦士への信頼故か入れ替わっても構わないのかは定かではないが、それぞれの用事を優先したようだった。
「魔法使い殿や錬金術師殿はともかく、僧侶殿すらいないとはな。我が国にも腕の良い神官はいるが高名な僧侶殿には劣るぞ? 決闘となればお互い手加減はできぬだろう、僧侶殿を呼び戻すべきではないか」
蓄えた無精髭を撫でながら騎士団長が忠告した。決闘は基本どちらかが敗北を認めるまで続くが、熟練の戦士同士が決闘する場合はどちらも矜持を優先して死ぬか死ぬ寸前まで戦うことが多い。
ゆえに自身の命を預ける信頼できる神官をお互いに用意するのが通例であった。
神官の不在は死なない自信があるか、神を信じぬ異端者か、決闘の深刻さを理解していない馬鹿のどれかしかいない。
戦士は勝つ自信があるのだろう、と騎士団長は推察した。王に選ばれた勇者としての自負。とはいえそれで騎士団長が勝って
最悪の事態に備えて僧侶を呼び出してもらおうとしたが、戦士は笑って拒否した。
「はっはっはっ、それには及びませんよ。私はしぶといのでね、簡単には死にはしません。たとえ死んでも僧侶が蘇生してくれます。神さえ許すならどれだけ時間が経とうとも蘇らせてくれますからね」
戦士の言葉に騎士団長は目を見開いた。蘇生は時間との戦いだ、死亡してから蘇生の奇跡までの時間が短いほど成功確率が上がり、長ければそれだけ失敗の確率があがる。
完全死亡。魂が肉体から離れ蘇生が不可能になる前に、どれだけ早く肉体を修復し魂を呼び戻せるかが神官の腕の差と言われており、時間経過を無視して蘇生可能というのは普通信じられるものではない。
だが不可能を可能にするから勇者と呼ばれるのだ。僧侶の活躍は吟遊詩人の歌でもよく語られるほど有名であり、その中には完全死亡判定された人を蘇らせたという話もある。
話を盛り上げるための誇張だと思っていたが、戦士の言葉を信じるなら出来てもおかしくはないと騎士団長は思った。それならば仮に殺しても言い訳ができるとも。
「……ふむ、まぁいいだろう。戦士殿がそれで良いなら私がとやかく言うことではないからな。ではお互い全力で戦おうではないか」
「もちろん! 良い勝負をしましょう!!」
お互いが武器を構える。戦士は自身の身の丈と同じ二メートル超の
激しい攻防は七番目の目では互角に見えた。
全身鎧の騎士団長はその重量を感じさせぬ動きで戦士との間合いを保ち、剛腕で振るわれる両手剣の重撃を大盾で堅実に防ぎ、大振りの隙を突いて反撃する。
胸や頭などの重要部分を守る半甲冑で軽装の戦士はそれを強引にかわしたり剣で打ち返したりしているが、それだけでお互い決め手にかけるように感じられた。
兵たちも同様なのか騎士団長の一挙一動に声が上がり、勝利を呼び寄せようと必死に応援している。
「遊んでますわね~~。戦いを楽しむために相手を弄ぶのは勇者ではありませんわ」
「う~~ん、あれはね……。僕でも遊ぶかなぁ……。基本に忠実なのはいいけど、それだけだとつまらないよ」
勇者の二人だけは違うようで、既に興味を失ったのか試合から目を逸らして「戦士は任せた」と七番目を残して訓練場を後にしたが。
それから数刻後。
延々と戦い続けてきた二人の決闘に決着の時が訪れようとしていた。騎士団長に限界が訪れたのだ。全身鎧に両手剣と大盾、その総重量は歴戦の戦士である騎士団長であっても決して軽いものではなかった。
それでも普段なら丸一日戦おうとも膝を屈することはないが、今回の相手は勇者である戦士だ。戦士の動きに付いていくだけでも一苦労なのに、一撃一撃が必殺の威力を持つ戦士の攻撃を躱すか防ぐだけでも心身を削られていく。更に騎士団長の攻撃は一度も戦士に当たることがなく、少しでも手を抜けば強烈なカウンターが襲って来る。絶え間ない攻防は急速に騎士団長の精神と体力を削りきったのだ。
大盾が上空に舞う。
戦士の一撃を受け損ね、大盾が弾き飛ばされたのだ。痺れた左手を一瞬だけ眺めた騎士団長は負けを認め降参した。
「……見事だ。参った、私の負けだ。流石は勇者だな」
「――楽しい勝負でした!! 決闘ありがとうございます!!」
名勝負だったのだろう。
騎士団長の部下からは健闘を称える声がそこかしこで上がり、盛大な拍手が訓練場を包み込んだ。
戦士と騎士団長が激闘を終えて握手をしている姿は、一枚絵に描かれる芸術作品のようですらあった。
大団円であった、ここで終わっていさえすれば。
「休憩したらもう一戦やりましょう!! 次は僧侶も呼んでくるので、死ぬまでやりましょうね!!」
勇者に常識を当てはめてはいけない。その場にいた全員が勇者を除いてドン引きし硬直した。戦士は早速僧侶を探しに行こうとし、それに気づいた七番目が必死の形相でそれを押し留める。
「もう十分戦ったでだろう?!!! 決着はついたのだから二戦目はいいじゃないか!! どうするんだよこの雰囲気!! せっかく皆いい気分で終われそうだったのに、台無しにするんじゃない!!」
「いやいや、これだけじゃ物足りないだろう? さっきのは準備運動みたいなものじゃないか! 決闘なら死ぬまで、いいや死んで一度蘇ってからが本番じゃないか!!」
その後「乱闘でもいいよ! 全員相手なら良いだろう?!」とごねる戦士を説得するも失敗し、戦いの気配を察知した武闘家が戻ってきて「それじゃあ僕も交えて一戦やろうぜ!」した結果訓練場が半壊した。
二人を止められなかった責任を取らされ、国王の前でした七番目の土下座はそれはそれは見事なものであった。
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