魔法使い

 魔法使いは怒っていた。

 先日の戦争で危うく敗北という汚点が付けられる所だったからだ。

 最後には暴れる合図が出て逆転勝利したが、いくら暴れようと勝利の美酒で酔おうと不満が収まることはない。


 勇者一行だからといって先陣を切って魔族と正面衝突する必要などなかったのだ。役立たずの一般人を囮として時間を稼いでいる間に魔法使いの極大魔法を発動させ、味方もろとも魔族とその軍勢を消し飛ばせば良かったのものを。

 もしくは最初から周囲の被害を顧みず勇者パーティの全力を出せば、砦を落とされる前に敵の殲滅も出来たはずなのだ。

 しかし面子に拘って手段を選ぶから、無駄に被害を増やして無用な危機を招く。


 だから勇者なんて嫌なのだ。と魔法使いはため息を吐くが、だからといって勇者を辞めることはできない。


 各国の王によって選ばれる勇者というものは、栄誉ある任務であると同時に化け物じみた人間を縛る鎖でもあるからだ。

 呪い対策や加護を享けやすいようにという名目で固有の名を奪われ、勇者の○○という役職名を授けられる。実際は勇者としての名声と個人の名声を別ち、必要以上に影響力を持たないための制限だ。

 更に勇者の行動は喧伝されることで現地の人々の耳目を集め、民の監視によって迂闊な行動が許されない。

 ついでとばかりに勇者の都合は無視され、要請さえあればどんな無茶振りでもさせられた。これでは腰を落ち着けて人脈を広げたり新しい魔法の研究すらできない。

 

 王達は勇者の絶大な力を頼りにしてはいるものの勇者が反逆するのを恐れ、自分たちに取って代わることがないよう勇者を使い潰そうとしている。それから逃れるには、勇者から解放されるには死ぬか衰えて勇者に適さなくなるか、二つに一つしかない。


 酷い話である。だがそれに反発して逆らおうものなら、他の勇者に魔法使いは殺されるだろう。神の命に忠実な僧侶と王側の姫騎士は当然として、戦えれば何でもいい戦士と武闘家も敵対するのは間違いない。

 こちらの仲間になりそうなのは錬金術師と七番目だが、どちらも当てにはできまい。奴らはが多すぎた。

 錬金術師が味方に付けば勝てる可能性は高い。錬金術師は勇者にならなければ人類史にその悪名を遺す大犯罪者として指名手配されているだろう男だ。何でもありなら錬金術師の右に並ぶ人間はいないため、奴と手を組めれば他の四人と敵対しても勝ち目があるだろう。

 最も錬金術師を信用できるか、裏切られないかは別の問題だ。錬金術師も勇者という鎖で拘束されている怪物に過ぎない、その枷を外せばどうなるかなど考えたくもかった。

 七番目もわざわざ勇者六人揃えた上で追加された七番目アンラッキーセブンが魔法使いが抜けて六人目になればどうなるのか? 呪いを引き受ける七番目人身御供の役割から解放すれば何が起こるか? そもそも戦力になるのか? 魔法使いですら予測できなかった。


 結局は諦めて勇者を続けるしかない。勇者としての仕事を、戦争で魔法使いが使用した魔法によって生じた瘴気や大地に染み込んだ呪念を取り除く、彼女が本来ならやらずに済んだ地味で厄介極まりない作業から逃れることはできないのだ。


 昔は、勇者に選ばれる前は良かった。

 欲しい魔道具や魔法の触媒があればお願いして貰い、試したい魔法や新しく手に入れた魔法があれば自由に無許可で使い、面倒なことは各地で集めた弟子手下や金で引き取った犯罪者奴隷に全て任せ自由気ままに過ごした日々が懐かしい。


 と愚痴を呟く年齢不詳の魔方使い、見た目は年若い少女としか思えない彼女を宥めすかしながら作業を勧めさせるのは雑用係である七番目の仕事であった。


 魔法使いは普段のカジュアルな服装に幅広のつば付き帽子のみだが、七番目は騎士を連想させるフルプレートで全身を防護しなければならないほど、戦場となった地は穢れていた。


 浄化は本来僧侶の仕事だが、彼は現在清められた祭服に襟を通して戦場で死んだ信徒の鎮魂と怨念の除去のため忙しなく働いている。魔法使いの尻拭いをする余力はなく、かといってサボりを見逃してはくれないので「早くしろ」と作業が遅れていれば目で合図をしてくる。


 鍛えていない七番目が全身鎧を着て平気な訳がない。全身にかかる重量に耐え、僧侶の圧力に耐え、魔法使いの過去の自慢話と愚痴に耐え、仕事を完遂しなければいけないのは一種の拷問に等しかった。


 「「はぁ~~」」


 やるせない気持ちで吐きだれた溜息は魔法使いのと重なり、戦場となった地へ霧散した。いくら吐き出せと尽きる事はなく、二人の仕事は夜になろうと終わりはしなかった。

 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る